巣立ち
本日3話目。
「……よかったんですかい?」
室内にいるのはエニシと村長で家主のゴリアだけ。他は全員エニシによって追い出されていた。
「……いいのよ。あの子たちはもう私の下を巣立って行ったわ。今更私が出来ることなんて…」
咳き込み、もたれ掛る。
「………姐さん」
このゴリア。かつてエニシに惚れていた。
だが、告白する勇気もない上に、彼女が選んだ男が素晴らしく何も言えなかった。そして、旅の途中で立ち寄ったこの村で二人と別れることになったのだ。
別れた仲間のことを想いながら過ごす日々。惚れていた女性を忘れられず、未だに独り身を貫いていた彼の下に十数年ぶりに思い人から連絡があったのはそんな時だった。
突然の報せに胸が躍ったが、内容を見てその心は複雑だった。
思い人の大切な人であり、自分にとっても仲間だった人物の死。さらにはその命を奪った病に思い人までが侵されている。そして、二人の大切な娘を預けたいと書かれていた。
苦悶に満ちた日々を過ごした。
だが、彼は結論した。自分が信じた仲間を、その娘を預けられるということは自分にしかできないことだと。
そして思い人と仲間の面影を持つ少女。この少女を立派に育てようと心に誓った。
そんな時、思い人から思いがけない提案を受ける。
『二人の娘が独り立ちできるように芝居をうってほしい』
その願いに彼も他の仲間たちも快く引き受けた。元々、彼女たちを受け入れた段階で彼女の望むようにさせてやるつもりだった。
本当はもっと段階を踏むつもりだったが、事態は最悪の方向へ歩き出した。
彼女――エニシの容体が急変したのだ。
魔物討伐に出向いた先で体調を崩し、重傷を負って担ぎ込まれた彼女を見た時には彼らも血の気が引く思いだった。
そのことは彼らに決心させた。
実の娘には彼女から頼まれていた通りに神職に就かせ。父親譲りの才覚を見せた彼女は見事に【予知】スキルを発現させていた。
嬉しくなると同時に、彼女が母親の死を【予知】するのではないかと恐怖した。
だから、彼女を母親に近付けないように…。
妹の心配をしなくてもいいように…。
そう思い彼女たちを鍛え上げた。母親に会わせないことはとても心苦しかったし、それで恨まれているのもわかっていた。だが、彼女たちの未来と最期の願い。それを天秤にかけることはできなかった。
そして、今最期の瞬間にこうして立ち会っているのが自分一人でいいのかと疑問に思ってしまう。
『…マツリが多くの仲間たちを連れて君の最期の瞬間に立ち会うのを見たよ』
エニシは夫が今際の際に告げた言葉を思い出していた。
(……あなた。たしかに最期の最期にあの子に会えて嬉しかったわ。だけど――)
【予知】を聞いてからずっと心に決めていたこと。
それは娘を笑顔で送り出すこと。
決して自分の死にざまを見せないこと。
(あの子は大切な家族も出来たわ。もう、私が一緒にいなくても十分やっていける)
その勝手な願いを叶えるためにかつての仲間たちを頼った。自分の身勝手な願いで彼らには多大な迷惑をかけてしまった。
(特に――ゴリアには)
彼が自分のことに好意を抱いているのは知っていた。
昔は旦那がゴリアの真っ直ぐな好意に嫉妬を抱いていたぐらいだ。彼は告白などをするようなことはなかったが、エニシを真剣に想っていた。
その想いを利用しているようで心苦しかったが、彼はそれでも自分を支えてくれた。
(だから、これは私の罪滅ぼし。あなたにはそっちに行ってからいくらでも甘えさせてあげるから許してね)
ほんの少し罪悪感を抱きながら、それでも自分を信じて支えてくれた彼に何かを残せただろうか?もたれ掛り、遠くを見つめる。
「…マツリ、ムサシ。あなた達を…私の娘たちをずっとずっと愛してるわ」
最期まで娘のことを想い、この世界に落ちてきた女性エニシはその生涯を終えたのだった。
「……マツリ?ムサシ?」
追い出されるようにラギリ村を出たが、マツリとムサシがピタリと足を止めていた。
振り返り、その視線の先には薄らとラギリ村が見えている。
「………ママ」
「母さん…」
立ち止まり、滂沱の涙を流し
「「ありがとう」」
二人は母親に最期の別れをしたのだった。
というわけで、囚われの巫女編はこんなところで終了となります。この後、後日談のような話を投稿してから第3部に入ります。しばらくは後日談の作成と設定集の編集を行うので本編の更新は遅れるかもしれません。




