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『ガールズ・ラリー』  作者: ネコロビン


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最終話 決勝レース

ブロロロロロ……!

 六台のエンジン音が、セリオ砂漠に響き渡っていた。

 黒いランドクルーザー。

 緑のランドクルーザー。

 黄色いジムニー。

 オレンジのジープ。

 水色のハイラックス。

 そして、白いパジェロ。

 それぞれのボンネットには、かわいらしいキャラクターが描かれている。

 しかし、今日は誰もそのかわいさを気にしていなかった。

 全国女子高生オフロード選手権。

 決勝レース。

 この六台の中から、今年の全国女王が決まる。

『さあ、いよいよこの時がやってまいりました!』

 上空を旋回する実況ヘリコプターから、興奮した声が響き渡る。

『全国女子高生オフロード選手権、決勝レース! 予選を勝ち抜いた六校が、全国一の座をかけて激突します!』

『今年の決勝コースは、砂丘、岩場、急斜面、そして長い高速区間が組み合わされた難コースです』

『しかも、スターティンググリッドは昨日の予選順位で決定! 最前列には昨年の優勝校、黒百合女学院のくろまる号!』

『そして最後尾、六番グリッドは桜ヶ丘女子高校のもちもち号ですね』

『昨年、一昨年と二年連続準優勝! 今年こそ悲願の初優勝なるか!?』

     ◇

「うわー……」

 白いパジェロの運転席。

 高瀬夏帆は、前方に並ぶ五台を眺めていた。

「本当にいっちばん後ろだね」

「昨日六位だったんだから当然でしょ」

 助手席の橘美緒が、地図表示端末を確認する。

「夏帆、今日は長いレースだからね。最初から焦らないでよ」

「分かってる!」

「それと魔法の使用回数。予選とは別に全部補充されてるから」

「ミサイル四発、防御三回、加速二回!」

「よし!」

 夏帆はハンドルを握り直した。

 そのとき、車外から声がした。

「夏帆ー!」

 最前列にいる黒いランドクルーザー。

 くろまる号の運転席から、黒瀬凛が手を振っていた。

「ずいぶん遠くにいるねー!」

「凛ーっ! すぐ追いつくからねー!」

「待ってるよー!」

「待ってなくていい! 追い抜くから!」

 凛が笑う。

 夏帆も笑った。

 そのやり取りを見て、美緒が呆れたように言う。

「……本当に仲いいね、二人とも」

「だって凛だもん!」

「でも今日は負けられないんでしょ?」

「もちろん!」

 夏帆は前方を見つめた。

 くろまる号。

 昨年、最後の最後で自分たちを抜き去った相手。

 一昨年も、夏帆たちは二位だった。

 そして今年。

 三年生になった二人に、もう来年はない。

「……美緒」

「ん?」

「五台だね」

「うん」

「全部抜こう!」

 美緒は微笑んだ。

「そのつもり!」

     ◇

 スタートまで、あと十秒。

 会場の大型モニターに数字が表示された。

 観客席から大きな歓声が上がる。

 整備エリアでは、早乙女沙織先生と後輩の三好結衣、青山菜月が画面を見つめていた。

「先輩たち、頑張ってー!」

「もちもちーっ!」

 結衣と菜月が声を張り上げる。

 早乙女先生は、静かに微笑んでいた。

「……さあ、最後のレースだよ」

 五。

 四。

 三。

「夏帆!」

「うん!」

 二。

 一。

『スタァァァート!!』

 六台が一斉に走り出した。

 ドドドドドドッ!!

 激しいエンジン音。

 巻き上がる砂煙。

 色とりどりのオフロード車が、広大な砂漠へ飛び出していく。

『始まりました! 全国大会決勝レース!』

『くろまる号が好スタート! まめたろう号も続きます!』

『そして最後尾、もちもち号も順調にスタートしました!』

 夏帆はアクセルを踏み込んだ。

 目の前を走るのは、水色のハイラックス。

 若葉女子高校の『こむぎ号』。

 ボンネットには、笑顔のコーギーが描かれている。

「美緒! まず一台目!」

「焦らないで! この先、右カーブ!」

「了解!」

 こむぎ号が大きく右へ曲がった。

 その後ろを、もちもち号が追いかける。

 しかし、前方の車両が巻き上げる砂煙で、視界が悪い。

「うわっ! 見えない!」

「夏帆! 少し左!」

「左!?」

「そっちの方が地面が固い!」

 美緒が地図を指さす。

 夏帆はアクセルを少し緩め、車体を左へ寄せた。

 砂煙の中から、硬く締まった地面が現れる。

「おっ!」

「そこなら加速できる!」

「了解!」

 夏帆がアクセルを踏み込んだ。

 白いパジェロが加速する。

 こむぎ号は深い砂地にタイヤを取られ、わずかに速度を落としていた。

「今!」

 もちもち号が横に並ぶ。

 そして、一気に前へ出た。

『抜いたーっ!! もちもち号、まずはこむぎ号を抜き去って第五位!』

『いい判断でしたね。橘選手の地形把握が見事でした』

「よーし! 一台目!」

「あと四台!」

「いくよー!」

 夏帆が笑う。

 白いパジェロは、次の獲物を追いかけていった。

     ◇

 前方を走るのは、オレンジのジープ。

 山吹女子高校の『ぽんぽこ号』。

 ボンネットには、ヘルメットをかぶったタヌキ。

『さあ、もちもち号がぽんぽこ号に迫っています!』

『この先は急斜面ですね。ぽんぽこ号が得意とする地形です』

 ぽんぽこ号が大きな段差を越えた。

 ドンッ!

 車体が跳ねる。

 しかし、そのまま速度を落とさず走り続けた。

「うわっ! あのジープ、すごい!」

「ぽんぽこ号は足回りが強いからね!」

 美緒が地図を確認する。

「夏帆、正面から追いかけても厳しいよ!」

「じゃあどうする!?」

「少し右! あっちに緩やかな斜面がある!」

「遠回りじゃない?」

「でも段差が少ない!」

「了解!」

 夏帆がハンドルを切る。

 もちもち号が右側へ進路を変更した。

 一方、ぽんぽこ号は最短距離を突き進む。

 岩を越え、段差を飛び、激しく車体を揺らしながら走っていた。

「美緒! 向こう速いよ!」

「大丈夫! この先で合流するから!」

「了解!」

 夏帆はアクセルを踏み込む。

 比較的なだらかな斜面。

 速度を落とさず、一気に下っていく。

 その先。

 ぽんぽこ号の姿が見えた。

「あっ!」

「ほら!」

 ちょうど大きな段差を越えたところだった。

 ぽんぽこ号が着地の衝撃を吸収するため、わずかに減速する。

 そこへ。

「いっけえええ!!」

 もちもち号が横から飛び出した。

『おおっと! もちもち号、別ルートから合流!』

『並びましたね!』

 白いパジェロとオレンジのジープ。

 二台が並ぶ。

 しかし夏帆は無理にハンドルを切らない。

 次の緩やかな直線まで待ち、車体を安定させてから加速した。

 そして。

『抜いたーっ!! もちもち号、第四位へ浮上!!』

「やったあ!」

「二台目!」

 美緒も笑った。

「夏帆! 次はぷりん号だよ!」

「よーし!」

     ◇

『さあ、もちもち号が猛烈な追い上げを見せています!』

『六位から四位へ。ここまでは順調ですね』

『しかし、この先に待っているのは、星見女子高校のぷりん号!』

 黄色いジムニー。

 ボンネットには、プリンを頭に載せたヒヨコ。

 小さな車体を生かした機動力が武器だ。

 そして、その得意とする場所が近づいていた。

 岩場。

 大小さまざまな岩が並ぶ、複雑な地形。

「うわー! ここでぷりん号かあ!」

 夏帆が叫ぶ。

「相性悪いね!」

 美緒も苦笑した。

 ぷりん号は小さな車体を生かし、狭い岩の隙間を次々と抜けていく。

 しかし、パジェロのもちもち号には同じことができない。

「美緒! あの隙間、通れる!?」

「無理!」

「だよねー!」

 夏帆は大きく回り込む。

 その間に、ぷりん号との差が広がっていく。

『ぷりん号、岩場では圧倒的な速さを見せています!』

『小型車の強みですね。ここではパジェロも苦しいでしょう』

 夏帆は唇を尖らせた。

「むー! ずるい!」

「ずるくないでしょ!」

「だって小さいんだもん!」

「夏帆だって、もちもちの大きさを利用して走ってるでしょ!」

「……それもそうか!」

 美緒が地図を拡大する。

「この岩場、もう少しで終わるよ!」

「じゃあ、そこから勝負!」

「うん!」

 もちもち号は無理に追いかけず、岩場を慎重に抜けていく。

 そして、視界が開けた。

 広い砂地。

 その向こうには、緩やかな下り坂が続いている。

「夏帆!」

「分かってる!」

 夏帆がアクセルを踏み込んだ。

 エンジンが唸る。

 白いパジェロが加速した。

 前方のぷりん号も速度を上げる。

 しかし、大きなタイヤで砂地を力強く蹴るもちもち号が、少しずつ距離を縮めていく。

『もちもち号、ぷりん号に迫ります!』

『岩場ではぷりん号が有利でしたが、ここからはパジェロの力を発揮できますね!』

「美緒! 加速魔法使う!?」

「まだ!」

「えーっ!」

「ここは使わなくても追いつける!」

 夏帆は前方を見つめた。

 黄色いジムニー。

 その後部から、青白い光が漏れる。

「あっ! ミサイル!」

「来る!」

 ぷりん号から一発の光弾が放たれた。

「夏帆、左!」

「了解!」

 ハンドルを切る。

 光弾が右側を通り過ぎ、後方で爆発した。

 ドゴォォン!!

 砂煙が広がる。

 しかし夏帆は速度を落とさなかった。

「美緒!」

「うん!」

 美緒が魔法操作盤に手をかざす。

「ミサイル発射!」

 今度はもちもち号から光弾が放たれた。

 ぷりん号の後方へ向かって飛んでいく。

 しかし。

 青白い結界。

 ドゴォォン!!

 ぷりん号は防御に成功した。

『両車、魔法の応酬です!』

『ぷりん号も防御魔法を使用しましたね』

 美緒が笑った。

「夏帆! 今なら向こうも加速できない!」

「なんで!?」

「防御中は加速魔法を同時に使えないから!」

「あっ! そっか!」

 夏帆がアクセルを踏み込む。

 結界を展開したぷりん号が、進路を守ろうと外側へ寄った。

 夏帆は内側にできた空間を見逃さない。

 車体を滑らせず、きれいな走行ラインでカーブを抜ける。

 そして。

『抜いたーっ!! もちもち号、第三位へ浮上!!』

「よーし!」

「三台目!」

 夏帆と美緒が声を上げる。

 前方には、緑のランドクルーザー。

 まめたろう号が走っていた。

     ◇

 全国大会決勝。

 残る距離は、およそ半分。

『さあ、先頭はくろまる号! その後方にまめたろう号! そして第三位まで浮上したもちもち号が続きます!』

『ここから先は高速区間ですね。各校のドライビングテクニックが試されます』

 長い直線。

 しかし、路面は決して平坦ではない。

 小さな凹凸。

 柔らかい砂。

 ところどころに顔を出す硬い岩。

 少しでも操作を誤れば、車体が跳ね、速度を失う。

「美緒! まめたろう、速い!」

「うん! あのランドクルーザー、直線は強いから!」

「どうする!?」

「まず距離を詰めよう!」

「了解!」

 夏帆がアクセルを踏み込む。

 もちもち号が加速した。

 しかし、まめたろう号も譲らない。

 二台の距離は、なかなか縮まらなかった。

『まめたろう号、見事な走りです!』

『朝霧女子高校も全国大会の常連校ですからね。簡単には抜かせてくれません』

 すると。

 まめたろう号の後部から、魔法弾が放たれた。

「来た!」

「防御!」

 美緒が操作盤に手をかざす。

 青白い結界が展開された。

 ドゴォォン!!

 爆発。

 もちもち号は無傷だった。

「防御、残り二回!」

「了解!」

 夏帆は前方を見つめる。

 まめたろう号は、まだ加速を続けていた。

「……美緒」

「ん?」

「あの車、すごいね」

「うん」

「全然抜けない」

 美緒が地図を確認する。

「……でも、ずっと直線じゃないよ」

 その言葉に、夏帆が笑った。

「だよね!」

 前方。

 長い直線が終わろうとしていた。

 そこから先は、細かいカーブが連続する丘陵地帯。

 夏帆の得意な場所だった。

     ◇

『さあ、まめたろう号ともちもち号が丘陵地帯へ突入しました!』

 緑のランドクルーザーが右へ曲がる。

 その後ろを、白いパジェロが追いかける。

「美緒! 次!」

「左! そのあとすぐ右!」

「了解!」

 夏帆がハンドルを切る。

 もちもち号は車体を安定させたまま、次々とカーブを抜けていった。

 前方のまめたろう号との距離が縮まる。

 二十メートル。

 十五メートル。

 十メートル。

「美緒!」

「うん!」

「加速、一回使うよ!」

「了解!」

 美緒が操作盤に手をかざす。

「加速魔法、発動!」

 白いパジェロを青白い光が包み込む。

 グンッ!!

 もちもち号が一気に加速した。

『出たーっ!! もちもち号、ここで加速魔法!』

『カーブを抜けた直後ですね。絶妙なタイミングです!』

 まめたろう号が迫る。

 夏帆はハンドルを握り締めた。

「いっけえええ!!」

 しかし、まめたろう号も加速魔法を発動した。

 二台が並ぶ。

『おおっと! まめたろう号も加速! 譲りません!』

 緑と白。

 二台のオフロード車が、ほぼ同じ速度で走り続ける。

「夏帆! この先、右カーブ!」

「分かってる!」

「向こうは外側!」

「じゃあ私は内側!」

 夏帆がアクセルを少し緩めた。

 まめたろう号が前へ出る。

 しかし夏帆は焦らなかった。

 内側の走行ライン。

 カーブの手前で十分に減速し、車体の向きを変える。

 そして、出口が見えた瞬間。

 アクセルを踏み込んだ。

 もちもち号が内側から飛び出す。

『おおっと! もちもち号、イン側から並びました!』

 まめたろう号のドライバーも、すぐに反応した。

 しかし、次のカーブは左。

 今度はもちもち号が有利な位置にいた。

「夏帆!」

「うん!」

 白いパジェロが、緑のランドクルーザーの前へ出た。

『抜いたーっ!! もちもち号、ついに第二位へ浮上!!』

「やったあああ!!」

「四台目!」

 美緒が笑う。

 夏帆も笑った。

 だが、その目は前方を見つめたままだった。

 黒いランドクルーザー。

 くろまる号。

 残るは、あと一台。

     ◇

『さあ、いよいよ先頭は二台に絞られてきました!』

『黒百合女学院のくろまる号! そして、最後尾から四台を抜き去った桜ヶ丘女子高校のもちもち号!』

『昨年の全国大会決勝を思い出しますね!』

『ええ。今年もこの二校が優勝を争うことになりました』

 中継ヘリコプターが、二台を追いかける。

 広大な砂漠。

 夕日が傾き始めた空。

 その下を、黒と白の車両が疾走していた。

 もちもち号の車内。

「……美緒」

「うん」

「追いついたね」

「うん」

 夏帆は笑った。

「あと一台!」

「うん!」

 美緒が魔法の残り回数を確認する。

「ミサイル三発、防御二回、加速一回」

「十分!」

「向こうもまだ残してるはずだからね」

「分かってる!」

 前方のくろまる号が、少しずつ大きくなる。

 その運転席で、凛がバックミラーを確認していた。

「……来たね」

 助手席の倉橋梓が笑う。

「本当に来ちゃったね」

「予選六位だったくせに」

「夏帆たちらしいじゃん」

 凛はにやりと笑った。

「……よし!」

 ハンドルを握り直す。

「今年も負けないよ!」

     ◇

『くろまる号、もちもち号との差は約五十メートル!』

『残り距離は十キロメートルを切りました!』

 夏帆はアクセルを踏み込む。

 しかし、くろまる号も加速する。

 差はなかなか縮まらない。

「美緒! 速い!」

「うん!」

「やっぱ凛、すごいね!」

「だから去年優勝したんでしょ!」

「あはは! そうだった!」

 夏帆が笑った。

 その瞬間。

 くろまる号の後部が青白く輝いた。

「ミサイル!」

「来る!」

 光弾が飛んでくる。

 夏帆はハンドルを切った。

 しかし、光弾は車体を追いかけてくる。

「追尾型!」

「防御!」

 青白い結界。

 ドゴォォォン!!

 激しい爆発。

 もちもち号は無傷だった。

 しかし、その間にくろまる号との差が広がってしまった。

「うわー! 凛めー!」

「向こうだって勝ちたいんだから!」

「分かってるって!」

 美緒が操作盤を確認する。

「防御、あと一回!」

「了解!」

 その後、もちもち号もミサイルを放った。

 しかし、くろまる号は巧みなハンドル操作で岩場の陰へ逃れた。

『くろまる号、見事な回避!』

『さすが昨年の優勝コンビです!』

 夏帆は思わず笑ってしまった。

「……やっぱ凛、うまいなあ!」

「感心してる場合じゃないでしょ!」

「だって!」

 夏帆はアクセルを踏み込んだ。

「だから楽しいんじゃん!」

 美緒は一瞬きょとんとした。

 そして、笑った。

「……そうだね!」

     ◇

 ゴールまで、あと五キロメートル。

 二台の差は、約三十メートル。

『さあ、いよいよ最終区間に入ります!』

『この先は砂丘を越え、最後の長い直線へと続きます』

『ここで勝負が決まるかもしれませんね』

 くろまる号が砂丘を駆け上がる。

 その後ろを、もちもち号が追いかけた。

「美緒! ジャンプする!」

「えっ!? 待って!」

「大丈夫!」

「夏帆!」

 白いパジェロが砂丘の頂上に達する。

 そして――。

 ふわり。

 車体が宙に浮いた。

 ほんの一瞬。

 白いウサギが、青空へ向かって跳ね上がる。

 ドンッ!!

 着地。

 夏帆はハンドルをしっかりと握り、車体の姿勢を整えた。

 そのまま加速する。

『跳んだーっ!! もちもち号、豪快なジャンプ!』

『着地も見事です! しかし、あそこで飛ぶとは思いませんでしたね』

「夏帆ーっ!」

 美緒が叫ぶ。

「だから飛ばないでって言ったでしょーっ!」

「だっていけそうだったんだもん!」

「もう!」

 美緒は呆れたように笑った。

 しかし、その表情はすぐに真剣なものへ変わる。

「……夏帆!」

「ん?」

「追いついてる!」

 夏帆が前方を見る。

 くろまる号。

 その背中が、はっきりと大きくなっていた。

 差は十メートル。

「よーし!」

 夏帆がアクセルを踏み込む。

「行くよ、美緒!」

「うん!」

     ◇

『並んだーっ!!』

 実況の声が響き渡る。

『もちもち号、ついにくろまる号に並びました!!』

 黒いランドクルーザー。

 白いパジェロ。

 二台が砂煙を巻き上げながら走る。

 凛が横を見る。

 夏帆も横を見る。

 一瞬だけ、目が合った。

 凛が笑った。

 夏帆も笑った。

 そして、二人は同時にアクセルを踏み込んだ。

『両車譲らない! 全国大会決勝、最後の最後まで大接戦です!!』

 ゴールまで、あと二キロメートル。

 前方には長い直線。

 しかし、路面には小さな起伏が続いている。

 くろまる号が少し前へ出る。

 もちもち号が追いかける。

 夏帆はハンドルを握り締めた。

「美緒!」

「うん!」

「加速、残ってるよね!」

「一回!」

「使うよ!」

「待って!」

 美緒が地図を確認する。

 残り距離。

 直線の長さ。

 加速魔法の持続時間。

 すべてを頭の中で計算する。

「……まだ!」

「了解!」

 夏帆はアクセルを踏み続ける。

 前方のくろまる号も、まだ加速魔法を使っていなかった。

 ゴールまで、あと千メートル。

『さあ、残り一キロ!』

『両車とも最後の加速魔法を温存していますね!』

『いつ使うのか!?』

 観客席から歓声が上がる。

 整備エリアでは、結衣と菜月がモニターに釘付けになっていた。

「先輩ーっ!!」

「頑張ってーっ!!」

 早乙女先生も立ち上がっていた。

 拳を握り締め、二台の走りを見つめている。

「……行け、夏帆」

 小さく呟いた。

「美緒!」

     ◇

 ゴールまで、あと五百メートル。

「夏帆!」

「うん!」

「三!」

 美緒が数え始める。

「二!」

 夏帆がハンドルを握り直す。

「一!」

 美緒が魔法操作盤に手をかざした。

「加速魔法、発動!」

 青白い光が、もちもち号を包み込んだ。

 グンッ!!

 白いパジェロが猛烈な勢いで加速する。

『出たーっ!! もちもち号、最後の加速魔法です!!』

 しかし。

『おおっと! くろまる号も同時に加速魔法を発動!!』

 二台が並んだ。

 黒と白。

 どちらも譲らない。

「いっけええええ!!」

 夏帆が叫ぶ。

 隣では美緒も叫んでいた。

「夏帆ーっ!!」

 くろまる号の車内。

 凛が歯を食いしばる。

「……負けない!」

 梓も叫んだ。

「凛! あと少し!」

 二台が並ぶ。

 わずかにくろまる号が前へ出る。

 しかし、もちもち号が追いつく。

『並んだ! 完全に並んだーっ!!』

 ゴールまで、あと百メートル。

 五十メートル。

 二十メートル。

『どっちだ!? どっちが先だーっ!?』

「いっけえええええ!!」

 そして。

 二台は、ほぼ同時にゴールラインを通過した。

『ゴォォォォール!!』

 砂煙が舞い上がる。

 観客席から、割れんばかりの歓声が上がった。

『これは分かりません!!』

『写真判定ですね!』

『全国大会決勝! 最後の最後、まさに鼻差の勝負となりました!!』

     ◇

 もちもち号が、ゆっくりと減速していく。

 夏帆はハンドルを握ったまま、大きく息を吐いた。

「……はあっ!」

 美緒もシートにもたれかかる。

「……すごかった」

「うん!」

 二人は顔を見合わせた。

「どっち!?」

「分かんない!」

「勝ったかな!?」

「分かんないってば!」

 夏帆は笑った。

 美緒も笑った。

 そして二人は、大型モニターへ視線を向けた。

 そこには、写真判定の映像が映し出されていた。

 二台の車両。

 ゴールライン。

 そして、ほんのわずかな差。

『……判定が出ました!』

 実況の声が響く。

 夏帆が息を止めた。

 美緒も画面を見つめた。

『今年の全国女子高生オフロード選手権!』

 一瞬の沈黙。

『優勝は――!』

 大型モニターに、学校名が表示された。

『黒百合女学院!! くろまる号です!!』

 観客席から大歓声が上がった。

『黒百合女学院、見事な二連覇達成!!』

『そして桜ヶ丘女子高校! 惜しくも第二位! 三年連続の準優勝となりました!!』

     ◇

「……あ」

 夏帆は小さく声を漏らした。

 大型モニター。

 黒百合女学院の名前。

 そして、その下に表示された桜ヶ丘女子高校の名前。

 二位。

 また、二位だった。

「……負けちゃった」

 夏帆が呟く。

「……うん」

 美緒が答えた。

「また……二位だね」

「……うん」

 しばらく沈黙が続いた。

 夏帆はハンドルを握ったまま、動かなかった。

 やがて、ぽつりと言った。

「……美緒、ごめん」

「何で謝るのよ」

「だって……最後だったのに……」

 夏帆の声が震えた。

「私……もっと速く走れたら……」

「夏帆」

「あとちょっとだったのに……」

 ぽろり。

 涙が一粒、頬を伝った。

「……悔しいよぉ」

 もう一粒。

 そして、止まらなくなった。

「うぅ……ぐすっ……」

 美緒が困ったように笑った。

「ちょっと、夏帆……」

「だってぇ……!」

「そんなに泣かないでよ……」

 美緒の声も、少しずつ震え始める。

「もう……夏帆が泣くと、私まで……」

 美緒は目元を拭った。

 しかし、涙は止まらなかった。

「……えーん!」

 とうとう美緒まで泣き出した。

「美緒まで泣かないでよぉ!」

「夏帆が先に泣いたんでしょぉ!」

「うわあああん!」

「えーん!」

 二人は、車内で子供のように泣き続けた。

 三年間。

 ずっと全国優勝を目指して走ってきた。

 一年生の夏。

 二年生の夏。

 そして、三年生の夏。

 三度挑戦して、三度とも準優勝。

 あと少し。

 あとほんの少しだった。

 でも、その少しが届かなかった。

 車内には、二人の泣き声だけが響いていた。

     ◇

 しばらくして。

「……ぐすっ」

 夏帆が鼻をすすった。

「……美緒」

「……なに?」

「……私たち、すごかったよね」

 美緒が顔を上げる。

「……うん」

「六位から……ここまで来たんだよ」

「……うん」

「凛たちと、あんなにいい勝負できたんだよ」

「……うん!」

 夏帆は涙を拭った。

 そして、小さく笑った。

「……楽しかったね」

 美緒も涙を拭う。

「……うん」

 少しだけ間が空いた。

 それから、美緒が笑った。

「……すっごく楽しかった!」

 二人は顔を見合わせた。

 そして、また泣きながら笑った。

     ◇

 表彰式。

 巨大な優勝トロフィーが、会場中央に運ばれてきた。

 銀色に輝く、美しいトロフィー。

 その台座には、歴代優勝校の名前が刻まれている。

 今年、新しく加わるのは黒百合女学院の名前だった。

『優勝! 黒百合女学院!』

 凛と梓が、二人で大きなトロフィーを掲げた。

 観客席から大きな拍手が上がる。

 その隣。

 夏帆と美緒も、笑顔で拍手を送っていた。

「凛ーっ!」

 夏帆が手を振る。

 凛が振り向く。

「おめでとーっ!!」

 凛は一瞬驚いた顔をした。

 そして、笑った。

「ありがとーっ!!」

 表彰式が終わると、凛と梓が二人のところへやってきた。

「夏帆、美緒!」

「凛! 梓!」

 四人が顔を合わせる。

 凛は少し照れくさそうに笑った。

「……すごかったね、最後」

 夏帆も笑う。

「うん! あとちょっとだったのに!」

「本当にちょっとだったよね」

 梓が言う。

 美緒が頷いた。

「うん。写真判定でも、ほとんど差がなかったもん」

 凛が夏帆を見る。

「……正直、負けたと思った」

「えっ!?」

「最後、もちもちが横に来たとき」

 凛は小さく笑った。

「もう抜かれるって思った」

 夏帆は少しだけ驚いた顔をした。

 そして。

「……来年は絶対抜くつもりだったんだけどなあ」

 ぽつりと言った。

 凛も、梓も、美緒も。

 その言葉に、少しだけ黙った。

 来年。

 もう四人は、ここにはいない。

 高校三年生。

 これが最後の全国大会だった。

 けれど。

「……ねえ、夏帆」

 凛が笑った。

「卒業しても、また一緒に走ろうよ」

「えっ?」

「どこかでさ。今度は大会じゃなくてもいいから」

 夏帆の顔が、ぱっと明るくなった。

「いいね!」

「ね!」

「絶対だよ!」

「もちろん!」

 四人は笑った。

 そして、もう一度拳を合わせた。

     ◇

 翌日。

 全国大会の会場には、帰り支度をする学校の姿があった。

 車両運搬トラックに車を載せる学校。

 工具を片付ける学校。

 最後の記念写真を撮っている学校。

 桜ヶ丘女子高校の整備スペースでも、帰り支度が進められていた。

「夏帆先輩ー! こっちの工具箱、積んでいいですか?」

「いいよー!」

「美緒先輩! タイヤの確認終わりました!」

「ありがとう、菜月!」

 白いパジェロ。

 もちもち号は、昨日の激戦で泥と砂にまみれていた。

 車体には小さな傷がいくつも増えている。

 しかし、ボンネットの白ウサギは、いつものように笑っていた。

 夏帆が雑巾を手に取る。

「……よし!」

 ボンネットを丁寧に拭き始めた。

 そこへ美緒がやってくる。

「夏帆、まだ洗ってるの?」

「うん!」

「もうすぐ積み込むよ」

「分かってる!」

 夏帆は白ウサギの顔を拭いた。

「……もちもち」

 小さく呟く。

「三年間、ありがとね」

 美緒が隣に並んだ。

「本当に、よく走ってくれたね」

「うん!」

 夏帆は笑った。

「一回くらい優勝させてあげたかったなあ」

「……そうだね」

 美緒も笑った。

 すると、後ろから声がした。

「先輩!」

 結衣と菜月だった。

「ん?」

 夏帆が振り向く。

 結衣は少し緊張した様子で口を開いた。

「あの……来年は、私たちがもちもち号に乗ってもいいんですよね?」

 夏帆は目を丸くした。

「え?」

「私、ドライバーとして頑張ります!」

 結衣が胸を張る。

「私はナビゲーターです!」

 菜月も続いた。

 二人は顔を見合わせる。

 そして、夏帆と美緒をまっすぐ見つめた。

「来年は、私たちが全国大会に出ます!」

 夏帆は一瞬黙った。

 それから。

「……もちろん!」

 満面の笑みを浮かべた。

「もちもちをよろしくね!」

「はいっ!」

「ただし!」

 夏帆が人差し指を立てる。

「この子、結構わがままだから!」

「えっ!?」

「油断するとすぐ跳ねるし、砂地が大好きだし!」

「……それ、夏帆の運転でしょ」

 美緒が呆れたように言った。

「えーっ!?」

 四人が笑った。

 すると菜月が、ボンネットの白ウサギを見つめた。

「あの……先輩」

「ん?」

「このウサギ、私たちが描き直してもいいですか?」

 夏帆は少し驚いた。

「もちもちの絵?」

「はい! もちろん、元の絵は残したいんですけど……」

 菜月は少し恥ずかしそうに笑った。

「来年は、私たちらしく、ちょっとだけかわいくしたいなって」

 夏帆は美緒を見た。

 美緒も夏帆を見た。

 そして、二人は同時に笑った。

「もちろん!」

 夏帆が答える。

「かわいくしてあげてね!」

「はいっ!」

 美緒も頷いた。

「今度は耳の大きさ、間違えないでね」

「だから、あれは間違えてないってば!」

 夏帆が叫ぶ。

 ガレージ代わりの整備スペースに、笑い声が響いた。

     ◇

 帰り道。

 白いパジェロを載せた大型トラックが、セリオ砂漠を離れていく。

 運転席には早乙女先生。

 その隣には夏帆と美緒。

 後方の荷台では、もちもち号がしっかりと固定されていた。

「いやー! 疲れたー!」

 夏帆が座席にもたれかかる。

「昨日は大変だったからね」

 美緒が笑う。

 早乙女先生も笑った。

「二人とも、本当にお疲れさま」

「先生!」

「ん?」

「優勝できなくてごめんなさい!」

 夏帆が言った。

 早乙女先生は少し驚いた顔をした。

 そして、首を振った。

「何を謝ることがあるの」

「え?」

「全国大会で三年連続準優勝なんて、立派な成績じゃない」

「……でも」

「それにね」

 早乙女先生は前方の道路を見つめた。

「先生は、二人が楽しそうに走ってるところを見るのが、一番好きだったよ」

 夏帆が黙った。

 美緒も、何も言わなかった。

「三年間、よく頑張ったね」

 先生が微笑む。

 夏帆は少しだけ鼻をすすった。

「……先生」

「ん?」

「また泣いちゃうじゃん!」

「あはは! ごめんごめん!」

 車内に笑い声が響いた。

 そのとき、夏帆が思い出したように顔を上げる。

「あっ!」

「どうしたの?」

「先生!」

「ん?」

「結局、先生が高校生の頃、全国大会で何位だったの!?」

 早乙女先生は一瞬きょとんとした。

 そして。

「……さあ、何位だったかなあ」

「またそれーっ!?」

 美緒が笑い出す。

「夏帆、まだ聞いてたの?」

「だって気になるじゃん!」

「ふふふ。秘密」

「せんせーっ!!」

 トラックの車内に、また笑い声が響いた。

     ◇

 それから数か月後。

 桜ヶ丘女子高校のガレージ。

 白いパジェロが、静かに置かれていた。

 ボンネットには、大きな白ウサギ。

 ただし、以前とは少しだけ違っている。

 耳の先に、小さなピンクのリボンが描き加えられていた。

「結衣! 準備できた?」

「うん!」

「じゃあ、行こう!」

 二人の女子高生が車に乗り込む。

 三好結衣と青山菜月。

 新しいドライバーとナビゲーターだ。

 結衣がエンジンをかける。

 ブロロロロロ……!

 白いパジェロが、ゆっくりと動き出した。

 ガレージの前では、早乙女先生が二人を見送っている。

「気をつけてね!」

「はーい!」

 もちもち号が校門へ向かって走り出す。

 そのボンネットには、三年間をともに走った白ウサギ。

 今度は、新しい二人を乗せて。

 また、どこかの砂漠で。

 また、どこかの荒野で。

 きっと、砂煙を巻き上げる。

 全国優勝を目指して。

 そして――。

 白ウサギは、今日も元気に走っていた。

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