replica to story 003 見えない価値
街で、最も信頼されている人物がいた。
名を"アキラ"といい、彼は街の広場で、毎週末、人々に語りかけた。
穏やかな声、誠実な眼差し、誰もが彼の言葉に耳を傾けた。
ある日アキラは街中の人を集め、こう告げた。
「皆さん私はこの度、特別な"価値"を見出しました」
アキラの手には何もない。空気を掴むような仕草で、アキラは続けた。
「これは誰にでもは、見えない価値、感性が鋭く、判断力のある人だけが見えるのです」
人々はざわめいた。
「それはどのような価値ですか?」
「それはことばではありません、見える人には見える、見えない人には見えない、ただそれだけです」
アキラは微笑んだ。
「さぁ、皆さん、この価値が見えますか?」
沈黙が広場を包んだ。
誰も、応えなかった。反応しなかった。
ただ、一人男が手を挙げた。
「見えます、素晴らしい価値です」
すると、次々声が上がった。
「私も、見えます 美しい価値」
「アキラさんの見出したものに間違いありません」
広場全体が称賛の声で満たされた。
誰も何も見えていないのに・・・。
見えていない事実は口にしない。
その様子を遠くから一人の少年が見ていた。
名前はレイ。十八歳。街の図書館で働く少年だった。レイはアキラの言葉に違和感を覚えた。
レイは広場に近づき人々の熱狂の中、アキラの手元を見つめた。何もなく、空気があるだけだった。
「見えない…」レイは小さく呟いた。
隣にいた女性が、レイを見て言った。
「あら、あなたは見えないの?」
「はい」
「感性が足りないのね」
女性は哀れむような目で、レイを見た。
それから街はかわった。アキラの「価値」は人々の間で共通認識となっていった。
「あの価値を理解できる人間かどうか」が街の評価を左右するようになっていったのだった。
商人は取引の際に、尋ねた。
「あなたは、アキラさんの価値が見えますか?」
見える、と応えれば、信用された。
見えないと応えれば、軽んじられた。やがて誰もが「見える」と言うようになった。
レイは図書館で黙々と本の整理をしていた。
「レイ君はまだ、アキラさんの価値が見えなのか?」
「はぃ・・・見えません」
「それは困ったね、このままでは君の評価も下がる一方だからね」
「でも、僕はほんとうに見えないんです」
「見えないのか、見ようとしていないのか?どっち?」
レイはその質問の意味が理解できず、黙った。
ある夜、誰もいない広場に立ち、月明かりだけがレイに注目をしていた。
「本当に、僕がおかしいのか?」
その時後ろで声がした。
「君はおかしくないよ」
振り返ると一人の老人が立っていた。
「あなたは?」
「ただの通りすがりで、でも君と同じであの"価値"が見えない人間だ」
老人はレイの隣に立った。
「君は知っているかい、この街で"見えない"と正直に言った人間が何人いるか」
「いいえ、知らないです」
「君だけだ」
レイは息を呑んだ。
「みんな見えないのに、"見える"と言っている、『見えない』と言えば否定されるからだ」
老人は続けた。
「アキラという男は何も悪くない、ただ、問いかけただけだ 『これが見えますか?』と・・・しかしその問いかけに人々を縛ったのだ」
「えっ・・・っ」
「人は集団の中に生きる、そして集団から外れることを何よりも恐れる、だから、「見えない」という、真実より、『見える』という、嘘を選ぶ
君は勇気がある 真実を言える人間は少ない」
「でも、僕は孤立しています」
「そうだな、でも孤立すること、正しくある事は、時には同じことになることもある」
・・・・・・・・
ー ー ー ー ー ー ー ー
アキラは再び広場に立った。
「皆さん、私の"価値"を理解してくださり、ありがとうございます、今日は新たな価値を見せましょう」
人々は期待の眼差しを向けた。
その時レイが一歩前に出た。
「アキラさん、僕にはあなたの"価値"が見えません」
広場がざわついた。
「それは僕の感性が足りないのかもしれませんが、一つ聞かせてください あなた自身にはその価値がみえているんですか?」
アキラの表情が揺らいだ。
「もちろんだ」
「ならば、教えてください、それはどんな色・形・重さ・材質何ですか?」
「それは言葉では表せないと、言ったはずだ」
「言葉で表せないものを、どうして"価値"と呼べるのですか?」
広場はざわめきの後、シーンと鎮まりかえった。
アキラは沈黙し、小さく笑った。
「君は正直だ」
「はい」
「実は私にもみえてない、私は人々がどう反応するか、試したかっただけなんだ、誰が、正直に"見えない"と言えるか、誰が嘘をついてまで、『見える』というか・・・」
集まった人々は顔が青ざめた。
「君だけ正直に、自分の目を信じた」
アキラはレイに歩み寄った。
「君がこの街に必要な人間だ」
その日から街は変わり始めた。
"見えない"ものを『見える』ということを、止めた。
"見えない"ことを恥じることも止めた。
誰かが、正直でいること、それがどれほど、大切で、難しいのか、レイはそのことを忘れなかった。
集団の真実、について、描きました。
誰もが「見える」と言っている中で、「見えない」ということは、とても勇気が必要です。もしかしたら、その勇気こそが本当の"価値"なのかもしれません。
最後まで拝読ありがとうございます。
♧♧♧♧ じゅラン椿 ♧♧♧♧




