変・身!!
議長室の扉が完全に閉じた瞬間、外界の音が切り離された。室内は異様なほど静まり返っている。壁面には淡く揺れる光の玉が浮かび、天井付近には楕円状の球体がゆっくりと回転していた。半円状に長く伸びた机に5人ほどの貫禄のある虫人たち、そして、その机に相対するような位置にある一際大きな椅子に、蜂型の虫人が座ってこちらをみていた。
ユウヤは周囲を見回し、完全に困惑していた。
「……えっと、なにここ?」
返事は返らない。代わりに議員たちのざわめきが広がる。
『本当に外界種とは異なる生物なのか?』
『凶暴性はないという報告だが……』
『議長は一体何をお考えだ……』
声の意味はユウヤには理解できない。ただ複数の声が自分について話していることだけは分かった。視線が突き刺さるように集まる。
「はは……、初対面、ども……」
居心地悪くて、つい軽口を叩くが、場の雰囲気は重苦しいままだ。
女王蜂は沈黙したままユウヤを見つめていた。その視線は感情を含まず、観察に近い。
やがて一言だけ発せられる。
『記録化を行え』
ライダーが即座に反応した。床の一部が開き、古びた装置がせり上がる。金属製の環状機構がゆっくり展開し、内部に淡い光が走った。
だが、いざ操作に入った途端、彼の動きが止まる。古代端末を確認し、触角が迷うように揺れた。
『第三工程……いや第二か……』
『……ついた!あ、消えた…』
『古いからな、これ…、ほっ!』
装置の一部が反応せず、別の箇所を操作し直す。滅多に使うことのない装置だろうか。それにしても、厳粛な場に似つかわしくないもたつきだった。
数度の操作の後、ようやく装置が起動する。ライダーもホッとした様子。光の輪が回転し、ユウヤの身体を上から下へ走査した。
突然の光にユウヤが身を引く。
「うわっ、なんだこれ!?」
光は抵抗を無視して全身をなぞり、空中へ幾何学的な情報投影を描き出す。理解不能な記号列が次々に生成され、装置へ吸い込まれていった。
女王蜂が静かに問う。
『……いけそうか?』
ライダーは投影を確認し、短く頷く。
『ふぅ……。はい、問題ないかと』
議場が再び静まり返った。
*****
女王蜂がゆっくりと立ち上がると、議場の空気が変わった。誰も声を発さない。統治者が言葉を選ぶ時間そのものが、議会の一部だった。
『––エルグ・ネストは長く平和だった』
彼女の声は低く、よく通った。議員たちがわずかに姿勢を正す。
『しかし、非常に僅かずつではあるが、綻び始めているのは諸君らも感じていることであろう。かつての大戦の結果、我々は外界との断絶と引き換えに、この長く平穏な生活を手に入れた』
壁面の照明が静かに揺れる。
『だが境界は歪み始めている。異物の混入、チャネル開口——偶発ではない。かつて我々を脅かしたクヴが、今度はこのエルグ・ネストを崩壊させようとしている』
沈黙が返る。反論はない。
女王蜂の視線がユウヤへ向く。
『閉じたままでは滅びる。我々は、この閉じた世界で、進歩はおろか、停滞どころか衰退してしまっている』
ユウヤは自分が見られている理由すら分からないまま立ち尽くしていた。
議長は続ける。
『昨日現れた二体は、外界から侵入してきたものたちだ。……一体はワートゥだ』
議員たちがざわめく。女王蜂が自嘲気味に続けた。
『交戦的な連中だ。あわよくば勝手に滅びてくれるだろうと思っていたが、希望的観測が過ぎたようだ』
しばしの沈黙ののち、女王蜂が口を開く。
『今は、外界の情報を知るのが急務だ』
そして、ユウヤを指す。
『この者は外部より来た。しかし、アルカディア星とは違う、この世界の枠外の存在だ』
一体の議員が口を挟む。
『この者、信用に足るので?』
女王蜂は即座に否定した。
『分からん』
短い間。
『しかし、コイツは驚くほどここに順応している。報告を聞く限り、帰属意識すら感じる。――賭けるしかなかろう』
議場の空気が張り詰める。
『我らが外へ出られぬなら、世界の埒外より来た者を境界に立たせる、というわけですな』
ライダーが言った。
わずかな沈黙の後、議員の1人が質問した。
『……し、しかし、このモノは言葉が通じません』
女王蜂が答えた。
『それに関しては、考えがある。――高機動外殻を委譲する』
場が大きくざわめく。
ユウヤは何一つ理解できない。ただ、自分の名前も知らない者たちが、自分の頭越しに、自分に関する重大な決定をしていることを薄っすら感じていた。
肩の上のソネットがそんな自分を見つめていた。
*****
議場奥の床が低い振動音と共に開いた。封印区画が解放される音だった。金属床の下から円柱状の収納ユニットがゆっくり上昇する。表面には古代紋様が刻まれ、長年触れられていなかったことを示す埃が舞い上がった。
議員たちの間にざわめきが走る。
『これは中将級機動外殻……』
『まだ使えるものが残っていたのか……!』
上部装甲が展開し、中から姿を現したのは機械だった。ユウヤの頭部ほどの大きさのスズメバチを模した金属体。黒と金の外殻が光を反射し、複眼部がまだ眠ったまま沈黙している。
「スズメバチの……死骸?」
この世界に似つかわしくない、あまりにも虫っぽいフォルムの物体に、戸惑うユウヤ。
女王蜂がライダーへ目配せする。彼は先ほど取得したデータを装置へ接続した。光の線が空中に走り、機械体へ流れ込む。
次の瞬間、複眼が点灯した。低い振動が空間を震わせる。
『――外殻同期準備――』
古代虫語の音声が響く。意味は理解できないはずなのに、どこか機械的な規則性だけが伝わる。
機動外殻がゆっくり浮上した。議場が息を潜める。
女王蜂が一歩前へ出る。議場全体がその動きに集中する。
彼女は静かに、だが明確に命じた。
『ヴェスパ――装殻』
ソネットがユウヤの肩から飛び退く。
次の瞬間、機械体が高速で接近する。空気を裂く音と共にユウヤの目前へ到達し、躊躇なく接触した。
金属脚が身体へ固定される。背部装甲が展開し、無数のパーツが分離しながら組み替わっていく。黒金の外殻が肩から胸へ、腕へ、脚へと連続的に装着されていく。
ユウヤは抵抗する暇もなく包み込まれた。
「ギャーー!!喰われたーーー!!」
外殻が閉じる。
議場が完全な沈黙に包まれる。光が一瞬だけ強く弾け、そのシルエットを刻む。
周囲の声が遮断される。代わりに、直接頭の内側へ声が流れ込む。
《※※※※》
《※※※※:※※》
ユウヤは目を開く。
「何か聞こえる……。機械音声?」
《※※波より言語学習完了》
《接続確立》
《神経同期:安定》
ユウヤの目が見開かれる。
「日本語!? 頭の中に響いてくる。……あ!」
「コイツ……脳内に……直接!?」
一度は言ってみたかったセリフを吐くと、急に視界が開けた。
《外殻–ヴェスパ– 同期:完了》
外界の音がゆっくり戻り、 議員たちの低い声が聞こえる。
『古の外殻……』
『適合した……』
女王蜂は静かに新たな姿となったユウヤを見据えていた。判断の結果を確かめるように、微動だにせず。
議場には歓声も驚嘆もない。ただ、歴史が一歩進んだことだけが共有されていた。




