白鳥と黒鳥1
白雪姫はかくありき。
父親からアヤを紹介された時、リズの頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
執務室の中で、父やその側近の傍らに立つ艶やかな黒髪と白い肌を持った少女は、黒目がちの瞳をまっすぐリズに向けている。見知らぬ土地、威圧感のある大人に囲まれながらも、気圧された様子はない。
リズには、彼女の周りだけ空気の色が違っているように見えた。澄んでいて、静かだ。自然と目が引き寄せられる。
ドレスにたきしめられた異国の空気が、彼女の一挙手一投足に合わせて零れ落ち、彼女を包んでいる。そんな錯覚をリズは覚えた。
『初めまして。メンターを引き受けて下さりありがとうございます。不勉強でご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、ご指導のほどよろしくお願いいたします』
きれいな発音の共通語で挨拶を口にした少女は、リズに対して深く頭を下げた後、少し慌てたように身を起こし、手を口にあてた。
『ごめんなさい。こんなふうに頭を下げる必要はこちらではないのでしたね。早速失礼をしてしまいました。今後は遠慮せずに指摘してください』
ほんのりと頬を赤らめ、恥ずかしさをごまかすように笑う。
目の前の少女はリズよりも一つ年上だと聞いていたが、外見は全体的に小作りで、むしろ年下のように見える。一方で話しぶりは、優美な言葉遣いをしそうな容姿に反して率直で快活だ。
この少女が王子の運命の女。
リズは自国の王子が長いことこの姫君に片思いをしていることを知っていた。
長く領主職を拝命している一族の出であるリズは、王子の指導役を一時期務めており、彼から「彼女にふさわしい人間になりたい」という言葉を聞いていたのだった。
今日この場で引き会わされる前は、何度も聞かされた噂の人物がいかほどのものかと、少しばかり物見高い気持ちもあった。
思い出は美しく飾られるもの。
人はよくもわるくも変わるもの。
現実はいつだってままならない。
王子が夢見るように語っていた少女だって現実ではどう成長しているか分からないと少し意地悪な気持ちもあった。
父親経由で姫君のメンターの打診があった際に、リズは承諾をするかしばし悩んだ。
王子が現実を前にして長く見ていた恋の夢から醒めてしまった時、一方では王子の愚痴を聞きながら、一方では姫君を支える、そんな難しい立場になることが目に見えていたからだ。王子と王女の婚姻は、相手が想像していた人物と違っていたからと言ってそう簡単にやめられるものではない。しかも今回の婚姻は、王子側が強く請うたものだった。
だが政治が絡む中で現実との折り合いをどうつけるのかを、ふたりのために考えられるのも自分だろうとも思った。だからリズはある種の悲壮感も胸に抱いて、この場に臨んでいた。
だがどうだろう。
物語られる姫と現実の彼女を比べた時、現実の在りように失望を覚えるのだろうと予想していたのに、そうはならなかった。
目の前の姫君は品位もあり、人当たりもやわらかで可憐だ。
遠い異国にやってきたというのに、不安をおもてに出すこともなく、笑顔を常に浮かべている。今は、少しだけ王子の気持ちに寄り添える気がする。
いや、この時点で姫君の評価を確定してしまうのはまだ早いだろうか。
『どうかされましたか?』
『いえ、こちらこそ、失礼いたしました。エリザベスと申します。みなはリズと呼びますので、どうぞ姫様もリズとお呼びください。非才なる身ではございますが精一杯務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします』
リズが軽く片膝を折ってお辞儀をすれば、よろしくお願いしますね、という返答とともに、ころころと楽し気な笑い声が少女の唇からこぼれ落ちた。
何かおかしな物言いをしただろうかと眼差しで問えば、小さく一度首を横に振られる。
『ぶしつけでしたね。気分をわるくなさったらごめんなさい。他意はないの。リズさんはこんなに美しい女性なのに、まるで騎士物語に出てくる騎士様のようだと思ったのです。どうか、そんなにかしこまらないで。この国の方は私のことをアヤとお呼びになるので、どうぞあなたもアヤと呼んでください。私と握手をしてくださる?』
そっと右手を差し出され、リズはもちろんです、と答えながらその手を軽く握り返す。
『どうぞよろしくお願いします、アヤ』
触れた姫君の手のひらは、少し冷たくぎこちなかった。
リズパートが思いのほか長くなってしまったので三分割しています。
2023/8/19~8/21まではリズパート。
8/22~王子パートです。王子パートも2~3分割予定。(まだ書き終わっておらず…)
ストックが切れてしまったので、王子パート完了後の三章目更新はしばし時間がかかる想定です。
王子と姫君のお話なので、もうちょっとこのふたりのすれ違いを何とかして一区切りとしたく。




