(46)神と眷属
ガゼンランの塔を攻略して神となったアスラは、当初は神として世界に名前を出していた。
だが、当時の世界に大きな変化が訪れた。
最初はあまりに小さな変化の為、既に神となっていたアスラでさえ気づかなかった。
そして、気が付いた時には手遅れという状態だったのだ。
その変化というのが、聖力と魔力の分離である。
アスラが名前を出して統治していた時は、実は聖力と魔力は、もっと混沌とした一つの力として扱われていたのだ。
ところが、アスラも気づかなかった小さな変化が、このふたつを明確にわけることになった。
アスラが気付いたときには、既に進行が進んでいて、大元の原因が何だったのかすら分からなくなっていたのだ。
止めようにも止められなかったのである。
アスラとしては、別に聖力と魔力が分けられること自体は、特に問題は無かった。
世界がそれを選択したのであれば、それはそれでよかった。
だが、一つ大きな問題があったのが、その変化によって多くの種が失われたことだ。
アスラは懐かしそうな表情を浮かべて言った。
「当時は、その『力』が使えるのが当たり前だったわ。当然私の種族も。でも『力』が世界から無くなって、当然その『力』を扱っていた種族も消えたというわけ」
考助はアスラの表情を見ていたが、特に後悔や悲しみといった負の感情は浮かんでいなかった。
その考助の視線に気付いたのだろう。肩を竦めた。
「いつの話だと思っているのよ? とっくに割り切れているわ。というよりも、割り切るためにあんなことをしたのだけれど」
「あんなこと?」
「世界中から私の痕跡を消すことよ」
そう言ったアスラに、考助は目を瞬いた。
『力』の消失とアスラの痕跡を消すことが繋がらなかったのだ。
「わからない? 『力』の消失の理由を、私が消えたために無くなったことにしたのよ。実際は関係ないんだけれどね」
エリスたちを動かして、アスラが存在した証拠や話を消えるようにしていったのだ。
そうすることによって、消えていく種族と同じように、アスラの存在も無くなったかのように見せかけて行ったのだ。
その過程はともかく、結果としては考助が知る今の世界へとつながることになる。
もっとも、そのこと自体が今語られている神話の時代よりもさらに古い時代の事だ。
そんな時代の事は、アスラのことに限らず今となっては全く残っていない。
今はもう遠い昔の事、といったアスラを見て、考助は本当にそう思っているということがわかった。
既にアスラにとっては過去の事なのだ。
考助は折角なので、話題をずらす目的で別の事を言った。
「ようやくエリスたちが<女神>じゃなく、<天女>となっている理由が分かったよ。要するにエリスたちは眷属なんだね」
誰にとっての眷属かといえば、勿論、アスラにとってだ。
アースガルドの世界にとっては、エリスたちが神として認識されているのは間違いではない。
だが、もっと根源で見れば、神ではなく神の眷属という事になる。
考助から見れば、コウヒやミツキがその立場になるという事だ。
「そういう事よ。それに、考助の事だから他の事も気づいているのでしょう?」
アスラとエリスたちの関係に気付いたのだからと、さらにアスラが続け、考助がそれに答えた。
「アスラが攻略したのがアマミヤの塔じゃなくて、ガゼンランの塔だったこと?」
「それよ」
自分の存在を消すなんて豪快なことをするアスラの事だ。
普通に考えれば、西大陸の真ん中なんて半端な所ではなく、世界の中央にあるアマミヤの塔を攻略していてもおかしくはない。
当然考助もそのことに気付いていて、さらにその理由も推測していた。
「こんなのはどうかな? アスラにとっては、当時ガゼンランの塔が世界の真ん中だった」
その考助の答えに、アスラが満面の笑みになった。
「正解よ。それじゃあ、今の世界は?」
「階層合成」
「それも正解」
考助の即答に、アスラが嬉しそうな表情になっていた。
考えてみれば、ごく単純なことだ。
以前アスラは、自分が複数の世界の神だと言っていた。
それは、アースガルドの世界以外にも管理している世界があると考えていい。
だとすれば、そもそもアースガルド世界が元々は一つの世界ではなかったと考えてもおかしくはないのだ。
勿論、そう考えるのには、根拠がある。
塔の管理というのは、世界を管理するための訓練ツールか世界を管理しているそのものとして存在している、と考助は考えていたのだ。
そもそも塔のレベルを上げる条件に<神族になる>というのがある。そのこと自体が世界を管理するのが前提になっているような気がしていた。
それらの考えは、今日アスラからの答えで全て肯定されることになったというわけだ。
話を戻すと、今のアースガルドの世界は、塔の階層でいうと五つの階層が階層合成されている世界ということになる。
そう考えれば、東西南北四つの大陸からさらに先に行けないのも塔と同じことだ。
先に行けないのではなく、先が無いのだ。
アスラは、そうした世界をさらに他にも管理しているという事なのだ。
考助が、アマミヤの塔で百層を管理しているように。
もしくは、更に別の塔(のような世界)を所持しているということもあるかも知れない。
だがそれは、今の考助にとってはどうでもいいことだった。
何しろ、世界の管理なんて面倒なんてことはするつもりはないのだから。
この世界がどういったものかということまで、深く関与するつもりは全くないのである。
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アスラの回答に色々納得した考助は、最後に今後の事について聞くことにした。
「それで、アスラの事についてはどうする?」
もし第七十層に冒険者が到達することがあれば、あの神殿はすぐに見つかるだろう。
今のところは、そこまで到達できるパーティが存在しないのも確かだ。
だがそれは、問題の先伸ばしでしかない。
いずれ、そこまで到達できるパーティが出てこないとは限らないのだ。
そんな考助の問いに、アスラは肩を竦めて答えた。
「私は別にどちらでもいいわ。それこそ今更だもの」
「どちらでもと言っても、あの神殿は?」
首を傾げた考助に、それまで黙って話を聞いていたエリスが口を挟んだ。
「考助様、あの神殿はもう一度ボタンを押せば、元の状態に戻ります」
「えっ!? そうなの?」
全く気付いていなかった考助が、驚いてエリスを見た。
確かにそれなら、今まで通り痕跡を完全に消すことが可能だろう。
何しろあの神殿を出すには、神族となった者がボタンを押す必要があるのだ。
結局考助は、アスラの存在を秘匿し続けるかの問題は先延ばしにすることにした。
幾ら本人から自分が決めていいと言われていても、簡単に決めていい問題ではないと思ったからだ。
さらに言えば、既にリリカを含めて考助の仲間たちには、存在が知られてしまっている。
彼女たちが秘密を漏らすとは思っていないが、それでも何が起こるかは分からない。
少し大げさなことを言えば、命を盾にしてまで秘密にしていろなんてことを言うつもりは全くないのだ。
そのことを考えれば、彼女たちともきちんと話す必要がある。
その際にも、どこまで話せばいいのか、しっかりと考えてから話す必要がある。
いずれにしても、考助一人で抱えていい問題ではないのだった。
ようやくここまで話が書けました!
ガゼンランの塔の問題からこの世界の成り立ち(?)についてでした。
あと二話か三話でこの章も終わりを迎えます。
 




