(1)クラウンの基盤
ラウールは、塔の階層にある店舗から送られてきた資料を確認していた。
その資料には、それぞれの買取窓口で仕入れた素材の種類や数が事細かに書かれている。
素材仕入れ担当の責任者であるラウールは、これらの資料をまとめて、月に一度ある全体責任者会議で報告しなければならない。
塔内やあるいはセントラル大陸内にあるクラウンの仕入れ窓口で手に入った素材を、加工するあるいはそのまま販売するのは、クラウンにとっては重要な売り上げの一部になっているのだ。
素材の仕入れの状況が、クラウンの収入を支えているのでかなり重要な部門を任されている。
そもそもラウールは、クラウンが出来る前はセントラル大陸内で行商を行っていた商人だった。
ラウールに限らず、クラウンの商人部門を担当している各責任者には、元行商という経歴の持ち主が多い。
商人部門の二番目の地位と言って良い部門長からして、元行商なのだからそれも当然と言えた。
何しろクラウンが立ち上がった初期のころは、部門長のシュミットが自身の伝手を使って人材を集めて商人部門を大きくしていったと言ってもいいのだ。
そう言うラウールもその経緯でクラウンに入ったのだ。
シュミットとは直接の面識はなかったのだが、お互いに懇意にしていた大先輩の商人が仲立ちして紹介されたのだ。
もともとシュミットは、その大先輩の商人を引き入れようとしていたのだが、その人自身はそろそろ引退を考えていたらしく、それならという事でラウールが紹介されることになったのである。
とは言っても、そこは後に稀代の商人と言われるようになるシュミットのことだ。
初対面のラウールをいきなり重要なポジションに据えることは無かった。
初めはクラウンの買取窓口を任されることになった。
行商をしていた頃から、素材に関しては自信があったラウールなので、その仕事に不満はなかった。
それどころか、行商をしていた頃には手に入れることが難しかった素材を次々と扱う事になり、どんどんとのめり込むことになっていた。
ラウール自身は意識していなかったが、そのことがシュミットの信頼を勝ち取っていった。
丁度同じころに、塔内にセーフティポイントが設けられることになり、買取窓口が複数になったと同時に、ラウールは各所の買取窓口を纏める責任者に任命されたのである。
そこからさらにクラウンが大きくになるにつれて、ラウールも順調に出世を重ねて行った。
もっとも、クラウン内でそうした出世街道を進んだのはラウールだけではなく、同じ時期に入った同僚たちも同じような道を進んでいる。
勿論、その中での一番の出世頭はシュミットという事になるのだが。
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各所から上がって来た報告を見ていたラウールは、とある階層の報告を見て眉を顰めた。
そこに記されているのは、冒険者部門で依頼に出ていない素材の買取数を示したのもだ。
その階層のある素材だけが、数日前から突出して増えてきている。
「・・・・・・モンスターの活動が活発化してきているのか?」
眉を顰めたて考え込むが、これだけの情報では判断できない。
他には特に変わった兆候があるわけではないので、単に繁殖期を迎えただけかもしれない。
とはいえ、この数年でこの時期に繁殖期を迎えたという事実はなかった。
「ここで考えても仕方ないか」
ラウールは首を振って考え込むのを止めて、傍で資料作りをしていた部下に声を掛けた。
「済まないが、部門長との面会を依頼してくれないか? 『階層で不穏な数値が出ている』と付け加えて」
「かしこまりました」
その女性の部下は、ラウールに一礼をしてから部屋を出て行った。
彼女は元奴隷で、ラウールが一つの窓口を担当していた時から部下だった者だ。
非常に有能なため今でも役に立ってもらっている。
現在では奴隷身分を解放されているが、ラウールの下で働き続けることを希望したので変わらず働いてもらっている。
今では完全にラウールの秘書的な位置に収まっていた。
ちなみに、クラウン内では元奴隷身分だったという者が、かなりの数存在している。
クラウンが初期のころに雇った奴隷たちが、その能力をいかんなく発揮して自らを買い戻したりすることに成功しているためだ。
中には、元奴隷でラウールと同じような立場に付いている者さえいる。
普通であれば、元奴隷が、などと中傷が起きそうなところだが、完全に能力でのし上がっているため明確な反発は起きていない。
それどころか、そんな中傷をした者が出世を見込めなくなってしまうのだ。
少なくとも表向きでは、クラウン内に奴隷を誹謗中傷する者はいない。
当初こそその奴隷の扱いに戸惑う者はいたが、今では完全に定着しているといえるだろう。
そんなことを考えていたラウールの元に、若干慌てた様子でその部下が戻って来た。
「ラウール様」
「どうした?」
「いえ。予約を取りに行ったところ、今だったらすぐに会えるという事でしたが、いかがいたしますか?」
「すぐ行く」
突然の報告だったが、ラウールも考えることもせずに即答した。
シュミットが忙しい人物であることは、商人部門に属している者であればだれもが知っていることだ。
これを逃せば、次の日丸一日会えないという事もあり得る。
内容が内容だけに、そこまで時間を置いていいのかどうか、ラウールには判断できなかった。
すぐに会えるのであれば、それに越したことは無いのである。
「資料を見せてもらいましょう」
シュミットの部屋に行くなり、すぐに資料の提出を求められた。
今までも何度かあったやり取りなので、わざわざ余計な言葉は省かれているのだ。
ラウールも慣れた様子で、先ほどの資料を差し出した。
「・・・・・・なるほど」
数分その資料を眺めていたシュミットが、一度頷いてからラウールを見た。
「これですか?」
「ええ、そうです。単に異常繁殖であればいいのですが・・・・・・」
「そうですね。・・・・・・ちょっと待っててください」
シュミットはそう言って、執務机の一角に手を伸ばした。
そこには通信をするための魔道具が置かれている。
各部門長に渡されている緊急連絡用の通信具で、非常に高価な魔道具である。
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クラウンの商人部門の部門長がシュミットであれば、冒険者部門の部門長はガゼランだ。
シュミットからの連絡を受けたガゼランは、すぐさま調査することを約束してその場は一旦お開きになった。
あくまで数値として出ているのが、素材の採取量が増加しているだけなので、一時的に繁殖が増えているだけの可能性もある。
そのため、該当の階層に冒険者を派遣してより詳しい調査を行う事になる。
結果報告には数日を要するので、その結果待ちという事になった。
結論から言えば、特に氾濫の兆候があるわけでもなく、一時的にそのモンスターが増えただけだろうという事になった。
もし氾濫でも起こればクラウンにとっても他人事ではないので、綿密に調査されたのだが「いつもと変わらず」という結果が報告されたのだ。
より現場で活動している冒険者たちの調査結果なのだから、ラウールとしてもそれ以上の追及をするつもりはない。
何かのタイミングで増えることがあるという事が分かっただけでも、後々の為の資料になるだろう。
こうしたデータの積み重ねが、塔の中で活動をしているクラウンにとっては重要な財産になる。
そんなことを考えながら、ラウールは今日もデータの整理を続けるのであった。
今章は、クラウンの商人部門に焦点を当てて書こうと思います。
折角新キャラでラウールを出したので、今章(?)の間は主人公になってもらう予定ですw




