(1)予想外の出来事
アマミヤの塔の第四十一層。
街がある第五層から数えて二つ目の階層に、冒険者たちが集まっていた。
更に、冒険者だけではなくラゼクアマミヤの討伐軍の面々も揃っている。
冒険者たちの中には、ランクが高いパーティも混ざっている。
ある意味で、セントラル大陸での最高のメンバーがこの場所に揃っていると言って良いだろう。
そんなメンバーが集まって何をやっているのかというと、数日前にある情報がクラウン本部にもたらされたのだ。
即ち、第四十一層に大氾濫の兆し有と。
アマミヤの塔で冒険者たちが活動している範囲の階層では、基本的に氾濫が起こることは無い。
現にここ十年では、起こったことが無かった。
それは普段から数多くの冒険者たちがモンスターの討伐に関わっていて、モンスターの間引きが行われているからだ。
基本的に氾濫は、リーダー種が誕生した場合に発生すると言われている。
そのリーダー種がどのように発生するのかは分かっていない。
だが、モンスターの数が少なければ、あるいはリーダー種になる前にモンスターを狩っていれば、発生することはないと言われている。
そのために、常にモンスターが討伐されている塔の中で、リーダー種が発生するとは考えられてなかった。
だが、そんな常識を覆すかのように、クラウン本部にもたらされた情報。
それは一つの冒険者たちからもたらされたわけではない。
複数の冒険者パーティの情報を総合して判断された。
曰く、第四十一層のモンスターの動きがおかしいと。
普段であれば出された依頼に対して、熟練した冒険者であれば見つけることができるようなモンスターが見つからない。
ある特定のモンスターの餌になる餌場が食い荒らされていた。
等々。
明らかに氾濫の前兆であるような状況証拠が語られた。
当然クラウンもすぐさま調査隊を派遣した。
塔の中で氾濫が確認されたことは一度もないために、調査隊のメンバーは最高のパーティが選出された。
この事態を重く見たクラウンが、採算を度外視して最高ランクのパーティに依頼を掛けたのだ。
ただの偶然であるならそれでよし。
違うのであれば、そこそこ程度のランクのパーティでは対処できない可能性がある。
結果として、その時点で一番のパーティに依頼されることとなったのだ。
その結果は、最悪の状況だった。
既にリーダー種も発生しており、その規模は大氾濫に近い物であろうという事になった。
氾濫が発生している同じ階層で、冒険者たちが普通に活動していたにも関わらず発生した大氾濫に、クラウン冒険者部門の上層部は混乱した。
そんな上層部をガゼランが一喝をして、すぐさま冒険者たちを集めるように指示を出した。
ガゼランはそれだけではなく、ラゼクアマミヤにもしっかりと報告をした。
何しろ塔からの収入はラゼクアマミヤのおひざ元の街の重要な税収にもなっている。
そもそもこういう時のために討伐軍が組まれているのだ。
彼らは既に何度も氾濫を抑え込むことに成功している。
討伐軍はすぐさま動員が掛けられた。
さらに、こういう時のためにあるクラウンの冒険者に対する徴用も行われることになった。
もっとも、大氾濫の噂が冒険者たちの間で流れた時には、参加の意思を示す者達が多くいたため、わざわざ強制徴用はしなくてもよかったとも言われている。
セントラル大陸の冒険者達にとっては、既にアマミヤの塔は大きな収入源になっているのだ。
その収入源が潰されてはたまらないということなのだろう。
勿論それだけではなく、この十年で冒険者にとって居心地のいい場所を失いたくないという想いもあったのだが。
ラゼクアマミヤの討伐軍と、クラウンの冒険者を合わせた部隊が集合する間に、斥候スキルを持つ者達によって詳しい調査も行われた。
原因は相変わらず分かっていないが、大氾濫の規模になっていることは間違いはなく、多くのモンスター達が集合しているという。
モンスターの数は二千近くになる。
セントラル大陸の歴史上でも最大規模の大氾濫だった。
場所は第四十二層に向かう転移門の北側とされた。
討伐軍と冒険者の混成部隊は、第六層からの転移門の傍に一時的な拠点を展開することになった。
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珍しく若干慌てた様子を見せるフローリアに、考助が首を傾げた。
「どうしたの? こんな時間に来るなんて珍しいね?」
フローリアがひょこっと管理層に来ることは珍しくはないが、それは大抵執務を終えた夜がほとんどだ。
それ以外だと、高官たちも混じった会議が主になる。
フローリア単独で前もって知らせることもなく昼間に来ることは珍しい。
「コウスケ、何かやったか?」
フローリアの唐突な質問に、考助は目をぱちくりとさせた。
「何かって?」
珍しく慌てた様子のフローリアに、何かあったなと察するも彼女を慌てさせる理由が分からない。
考助は、落ち着くように視線で促した。
すぐに視線の意味に気付いたフローリアが、一度深呼吸をした。
「すまない。だいぶ焦っていたようだ」
「いいけど、それほど焦るなんて珍しい。本当に何があったの?」
「氾濫だ。しかも過去最高レベルの」
この時点では考助もまだ塔の中で起こったとは考えていない。
考助にとっても、塔の中で氾濫がおこるのは予想の範疇外なのだ。
「それはまた厳しそうだね。どこで起こったの?」
「この塔だ」
端的なフローリアの答えに、一瞬間が空いた。
「・・・・・・は?」
「だから、この塔で大氾濫が起こったんだ。正確には第四十一層だ」
「嘘だろう!?」
思わず考助は叫び声を上げてしまった。
今まで一度もそのようなことが起こる気配すらなかったのだ。
予想外にも程がある。
「本当のことだ」
冷静になったフローリアの言葉に、考助は慌てて制御室へと向かった。
第四十一層の状態を確認するためだ。
その間に、傍で話を聞いていたミツキが他のメンバーを呼びに行った。
塔にとっても重大なことが起こったと判断したためだ。
考助もそれに異を唱えるつもりはない。
「どうだ?」
制御室に駆け込んだ考助に、当然フローリアもついてきた。
そのフローリアに、考助は首を左右に振る。
「いや、何も変化はないよ。確かにモンスターは大量発生しているみたいだけど」
「塔にとっては予定調和ということか?」
「どうだろう? それはわからないな」
考助にとっても初めてのことなので、何も分からない。
ただ一つ言えることは、塔にとって異常であるとは言えないという事だ。
もし異常であるなら、ログに出ててもおかしくはないはずなのだ。
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考助が丹念に調べている間に、他のメンバー達も集まって来た。
一応何か発見できるかと期待してフローリアも残っていたが、特に何も発見できなかった。
「フローリア、ここにいていいのか?」
未だ何か見つからないかと待つフローリアに、シュレインがそう問いかけた。
ラゼクアマミヤにとっても、今回の大氾濫は重大事だろう。
そんな時に、女王であるフローリアが長時間留守にしていいはずがない。
「そうだが・・・・・・」
「何か見つかれば、すぐに知らせを出す。人化できる狐辺りを出せばいいだろう? 今は城に戻るといい」
人化できる狐は、子供たちの養育係として周囲の者達に認知されている。
そのため、こういう時の連絡要員として丁度いいのだ。
勿論、考助の使いとしての証明できる物も渡すことになっている。
「分かった。私は一旦戻る。何かあれば知らせてくれ」
「ああ。当然だの」
念を押すフローリアに、シュレインが請け負った。
フローリアが去った制御室では、ピーチやシュレインも手伝ってアマミヤの塔に何か異常がなかったか丹念に調べられた。
だが、結局異常は見つからず、混成部隊の大氾濫の討伐を待つことになったのであった。
起こらないと思っていた塔の中での氾濫の発生です。
完全に予想外の出来事に、各所が大慌てです(作者も)。
さて、この先どうなるのでしょうか。




