(4)神殿の空気
ディオンとアレクのちょっとした騒動は、シルヴィアが見事に抑えることが出来た。
その様子をリリカは、ハラハラしながら見ていたが、最後には尊敬の念をシルヴィアに対して持つこととなる。
リリカとしては、この神殿で騒ぎなど起こってほしくはなかった。
リリカがこうして毎度毎度神殿の掃除に来ているのは、最初は贖罪の意味もあった。
この塔の支配者であるコウスケが、現人神であると発表されるまで、自分は行政府で騒ぎを起こしていた。
今思えば、恥ずかしいの一言だが、当時は神殿には神職を置くのが当然だと思っていたのだ。
神職にある者が、掃除を神殿の管理をするのが当然だからと言う思いもあった。
そんなことを繰り返していくうちに、段々とこの神殿の雰囲気が好きになって来た。
普通の神殿は、例え一般の参拝客がいなくても、一人や二人の神職がいるのが当然である。
勿論、田舎にある神殿となると話は別だが、この街の規模での神殿としては、まさしく例外中の例外だ。
街の喧騒の中から、神殿に入るときの静けさへの切り替わりや、中にいるときの独特の雰囲気を感じられるようになっていたのだ。
仲間たちにも、頑張るねえ、などと半分からかわれつつも通い続けたのは、その雰囲気が味わえるということに気付いたからだ。
それを意識してからは、仲間たちにもきちんと話していたが、そんなもんかねえ、と首を傾げられるだけだった。
リリカもそれを話して、分かってもらえるとは思ってはいない。
何しろ、清掃作業をよく一緒にしている者達でさえ、首を傾げていたのだから、それも当然だろう。
この感覚が神職にあるからなのか、それとも自分だけが感じられているのかは分からない。
冒険者たちの中には、リリカと同じように神職にある者達もいる。
その中には、リリカと同じようにこの神殿の清掃作業に来ている者達もいるのだ。
通い詰めていれば、当然顔見知りも出来てくる。
そう言った神職の者達も似たようなことを口にする者がいるので、あるいは神職の修業を積んだものが感じられる雰囲気なのかもしれない。
ともかくそう言ったことも含めて、今はこの神殿が好きになっているので、清掃作業をしているのだ。
だからこそ、祭りの最中の神殿に来ていつものように清掃作業を行っていたのだ。
リリカは、ディオンを言葉の力だけで抑えてしまったシルヴィアには、憧憬の念を覚えた。
どう見ても自分と同年代か少し上にしか見えない。
そんな少女と言ってもいい女性が、力を使わずに男を引き下がらせたのだ。
リリカでなくても同じような感情を持つ者は多いだろう。
特にシルヴィアは、この神殿の主神の巫女と言う立場にある。
既にこの神殿に清掃に来ている神職たちからは、神殿長のような扱いになっていた。
主神の巫女と言う立場からすれば、当然と言えば当然なのだが。
いろんな意味で普通とは違うこの神殿において、巫女の扱いも違っていた。
そもそも巫女自体がこの神殿に常駐していないという事自体があり得ない。
しかもその巫女は、この塔のどこかで、現人神その人を直接世話しているという話なのだから、益々普通では考えられない事態だった。
現人神が神と言う立場にあるのに、神域ではなくこの世界に常に存在(顕現)しているのだから、ある意味巫女がその傍にいるのは当然と言えば当然なのだが。
それ故に、シルヴィアの立場を理解した上で、この神殿を訪れる神職たちは、少ししか顔を見せない彼女を特別扱いしているのだ。
勿論今までのリリカもその口だったのだが、今回の件で益々その思いを強くしたと言える。
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リリカは改めてシルヴィアと一緒にいるメンバーを確認した。
先ほどの話からディオンと言う男と対応していた男性は、この街の代官のアレクなのだろう。
塔の支配者であるコウスケと一緒にいるシルヴィアが、この街の代官と一緒にいてもおかしくはない。
祭りを楽しんでいたという話だが、恐らく話に出ていた娘の繋がりなのだろう。
結局、ディオンがいるときは最後まで顔を見せなかったのだが、ディオンが去ってからは仮面を外していた。
仮面を付けているのは、あと四人いる。
既に顔を出しているメンバーがメンバーなので、その者達もそれなりの地位にいる者達なのだろう。
その中の一人が、自分をじっと見ていることに気が付いた。
仮面を付けているので、最初は気づけなかったのだが、今ははっきりとその視線を感じられた。
「? 何でしょう?」
リリカは、その人の雰囲気から若い感じがしたが、念のため丁寧な対応を心掛けた。
何となくだが、シルヴィアと同じような雰囲気を感じたのだ。
「ああ、いや。済みません。失礼でしたね」
そう言って考助は、ようやく仮面を外した。
それに慌てたのは、隣にいたシルヴィアだ。
「コ・・・ここで外さないほうがいいのではないですか?」
危うく名前を出しそうになったシルヴィアだったが、何とか抑えることが出来た。
落成式でしか顔を見せていないとはいえ、その落成式を行ったのはこの神殿だ。
どこかにその参加者がいるかもしれない。
招待客と言うのも考えられるが、あのイベントに駆り出された冒険者も結構な数がいたのだ。
「いや、大丈夫だよ。・・・・・・今はね」
考助がそう断言できたのは、勿論理由がある。
丁度ディオンが去ったあたりから、神々の気配を感じ始めた。
その気配は勿論、この神殿に加護を与えている三大神たちだ。
そして、その理由にも思い当りがあった。
この状況になっているのは、間違いなく三大神の配慮だろう。
考助の様子に気づいているのだろう。
塔のメンバーたちは、何も言わずに黙って考助がこれからすることを見守っている。
その雰囲気を感じ取って、アレクたち夫妻も黙っていた。
「シルヴィア、彼女紹介してくれる?」
名前を聞いていなかったことを思い出した考助が、そう言った。
「あ、はい。こちらはリリカさんと仰いますわ」
「そうか。リリカさんね。リリカさん、この神殿の空気感じ取れていますよね?」
突然の考助の言葉に、リリカは戸惑った。
「空気、ですか?」
「そう。空気。雰囲気でもいいですけど。静けさとか、そう言ったもの。・・・いざ言葉にしようとすると難しいね」
考助は苦笑しつつそう言った。
「それは、恐らく私達の言葉で、神気という物ですわ」
そんな考助に、シルヴィアがフォローを入れる。
そして、リリカが普段感じ取っているものが、まさしくそれだったのだ。
「そうですか。これが神気という物なんですね」
シルヴィアに言われて、初めてリリカも理解できた。
言葉では知っていても、実際に体験するまで理解が出来ていなかったと実感できた。
そんなリリカを見て、シルヴィアが頷いていた。
「そうですか。リリカさんも感じ取れているのですね。素晴らしいですわ」
「え、あの、でもこれを感じ取れているのは、私だけではないですよ?」
同じようにこの雰囲気を感じ取っている神職は、他にもいる。
「ある程度以上の修行を積めば、感じ取れるようになるのですわ。その者達も神職としてそれなりの力があると言えます」
「そ、そうなんですか?」
シルヴィアの言葉に、リリカは首を傾げた。
実際、この神気を感じ取ることが出来るようになると、神職としては一段上に上ったことになる。
本来であれば、それなりの力がある上司なりに付いていると教えてもらえる。
ただし、残念ながら冒険者をしているリリカにはそういった者が存在しないので、これが神気だと分からなかったのだ。
普段リリカと接している神職たちは、当然神気の事は知っていると思って対応していた。
逆に言えば、誰の教えも受けずに、リリカはここにたどり着いたと言えるのであった。




