3話 誕生
第七十三層の<階層合成>を終えた後は、召喚獣たちの過ごす階層を整理することにした。
まずは狼達のいる階層である。
あえて、狼達の数を増やしたりせずに、どういう変化を起こすかを調べていたのだが、思った以上の違いが出て来た。
低級層二層(第七&九層)と中級層一層(第四十七層)に分けて変化を見比べたが、やはりというか、中級層の狼達の方が成長が早かったのである。
そして何より、黒狼へと進化する確率が違っていた。
低級層二層は約百頭のうちの半数が黒狼へと進化していたが、第四十七層では六十頭近くが進化を果たしていた。
さらには、ナナが常駐していることが多い(他の層にも顔を出したりしているらしい)せいか、白狼へと進化する個体も出ていた。
現在の第四十七層には、黒狼約六十頭、白狼約二十頭が進化していることになる。
ナナの時の様に白狼神になる個体が出てこないか期待していたのだが、残念ながらそこまで進化する個体はまだ出ていない。
スキル的にはまだまだと言ったところだろうか。
ナナが大進化を果たしたので、彼らの成長も期待したいところである。
ナナの時のことを考えれば、<白銀大神>はともかくとして、出来れば<白狼神>くらいは期待したいところだ。
もし<白狼神>へと数体でも進化できれば、ナナとその数体、あとは白狼と黒狼を連れて、いよいよ上級層へと拠点を作ってもいいかと考えている。
<白狼神>が生まれなくても、ナナがいれば問題はなさそうな気がしなくもないが、ナナが上級層にかかりっきりになってしまうのもどうかと思っているのだ。
と、そんなことを考えていた考助だったが、ふと思い悩むのを止めた。
こうして一人でつらつらと未来を考えるのも楽しいのだが、何も一人だけで悩む必要はないと思い直したのだ。
何よりも狼達のことが分かっている、話の通じる相手がいるのだから。
そういうわけで、考助はおそらくナナのいるであろう第四十七層へと向かったのである。
コウヒ&コレットと共に第四十七層へと来た考助だったが、いきなり出鼻を挫かれた。
ナナがいなかったのだ。
一応他の狼達には挨拶だけは交わした後に、他の層へと探しに行こうと転移門へと向かった考助だったが、そのナナがミツキを伴って転移門から現れた。
転移門へと向かって歩いてきた考助に向かって、普通サイズのナナが走り寄ってきた。
そして、相変わらずの挨拶込みのタックルをかましてきた。
「はー。相変わらずの懐き様ね」
若干呆れたようなコレットの口調である。
「この姿を見てると、とても大神様とは思えないんだけど・・・」
ナナの進化を確認後、後でコレットから聞いた話なのだが、実は森の民と言われているエルフ族の一部には、大神を信仰している者達がいるということだ。
元々大神は森と共に生きる神獣だったので、森の民と言われるエルフが信仰しているのは、ごく自然の成り行きだった。
だが、はるか昔はそれなりに数がいた大神も、次第に数を減らしていき、ついには姿を現さなくなってしまった。
長寿で知られるエルフの中でも、伝説と言われる程昔の話なので、大神を信仰するエルフ族が減っていったのもまた、ごく自然の成り行きだった。
だが、信仰はなくなったとはいえ、大神の話自体はいまだ伝説あるいはお伽話として語り継がれている。
そう言う理由で、大神の話をお伽話として聞かされて育ったコレットとしては、目の前でその狼が見せる懐き様に呆れてしまうのだ。
もっともその程度で済んでいるのは、白銀大神に進化する前のナナを知っているからだ。
それを知らない第七十三層のエルフ達が、ナナの姿を見れば、どんなことになるのか、と思うコレットなのであった。
ひとしきりナナから懐かれた後に、考助はミツキに向かって聞いた。
「それで? どうしてナナはミツキと一緒にここへ?」
「ナナが、コウスケを訪ねて管理層へ来たのよ」
「ありゃ。入れ違いになったのか」
「そうみたいね。ナナは第七層から管理層に来たみたいだから」
考助がここに向かったとほぼ同時に、ナナが管理層へ来た。
「第七層から? 何かあったの?」
「みたいね。詳しくは私も聞いてないけど」
「え? そうなの?」
「そうなのよ。詳しく聞いても教えてくれなくて。まあ悪い知らせじゃないみたいだけど」
「へー。・・・なんだろ?」
考助とコレットは、同時に首を傾げた。
二人を傍で見ていたナナも、なぜか同じように首を傾げていた。
「んー。やっぱりナナは可愛いなぁ・・・」
その姿を見た考助が、我慢できずにナナの首筋を撫でた。
撫でられているナナも嬉しそうに尻尾を振っていた。
「・・・あ~。その気持ちは非常によくわかるけど、話が進まないからほどほどに、ね」
放っておけば、一日中でも同じことをしていそうな考助に、コレットが釘を刺した。
「ああ、そうだったそうだった。・・・それで? ナナは何の用があって、僕のところへ来たの?」
そう考助に問われたナナは、スタスタと転移門の方へと歩き出した。
「ついて来て、だって」
ナナの言葉を通訳したコレットが、考助にそう言った。
内心で首を傾げた考助だったが、言われた通りに、ナナの後を追い転移門へと向かった。
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ナナが転移門を使って向かったのは、第七層だった。
三つ設置してある厩舎の内の一つに向かう。
厩舎に入る直前に、なぜかナナが「ウオン」とひと声鳴いた。
普段であれば、特に鳴かなくても、群れのリーダーとして、他の狼達はナナのことを受け入れている、ように考助には見えている。
わざわざ鳴いたと言うことは、何かがあるということである。
とは言え、残念ながら狼達のそのような細かい機微までは、考助には理解が出来ていないのだが。
ナナは、そのまま厩舎の中へと入っていき、ある馬房の前で立ち止まった。
同時に考助たちは、何故ナナがここへ連れて来たのかを理解した。
そこには一匹の成体の狼と、そのお乳を吸っている六頭の子狼がいたのである。
非常にかわいらしかったが、その子狼に手を伸ばそうとするほどの愚か者はここにはいない。
それも当然だ。
そもそもこんな姿を見せてくれることさえ、普通であればあり得ないのだから。
間違いなく、ナナがいるからこそ母狼はある程度安心してその姿を見せているのだろう。
母狼は灰色狼ではなく、黒狼だった。
生まれたばかりの子狼達もその毛色は黒だった。
念の為ステータスも確認してみる。
固有名:(なし)
種族名:子狼(黒狼)
固有スキル:噛みつきLV1 集団行動LV1
天恵スキル:なし
称号:考助の眷属(仮)
考助が召喚したわけではないのに、称号には<考助の眷属(仮)>が付いていた。
理屈はよくわからないが、眷属になっている親から生まれた子供は、同じ眷属になるのかもしれない。
他に実例が無いため、比較のしようがないので、確定することが出来ないのだが。
(仮)が付いているのは、召喚時と同じように名づけを行っていないためだろう。
名付けは、もう少し子狼が成長して、母狼が落ち着いてから行うことにした。
眷属の中では、初の新しい命の誕生である。
その姿を考助は、感慨深げに眺めていた。
いつまでもその愛らしい姿を見ていたかったのだが、あまり長時間見ていると、母狼の負担となると思い、考助達はひとしきり眺めた後、その場を後にしたのであった。
考助は子狼を撫でるのを遠慮しましたが、母狼は考助の眷属して自覚があるために、少しの間であれば、撫でさせてくれたはずです。
まあ考助としては、それを知っていたとしても遠慮したかもしれませんが。