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短中編「堕天使受肉体愛好家の『A』」
毎日2エピソードずつ鋭意連載中!
松尾アヤが呪文を中止し、俺に、というより俺のその向こう側にいる存在に語りかけ始めた。
「そこな者よ。いるならば答えよ。答える口を持たぬなら、この男の口を使え」
なかなか言うじゃないか。
男性に天使が受肉することは神学的にあり得ないとされる。ならばと魔なる存在の依り代にしてしまったら、それはもはや悪魔崇拝だ。だいぶギリギリを攻めているな。
まあ、天使も悪魔もここにはいない。いや、天使は間もなく降臨する。
「聞こえぬか。どうだ」
俺は頭を抱えたまま上半身をくの字にかがめ、雰囲気たっぷりにつぶやいた。
「聞こえる」
三人の女子生徒が同時に息を呑むのが聞こえた。
「そなたは何者だ。答えよ」
松尾アヤは威厳たっぷりに語っているが、そこには虚勢が見え隠れする。オカ研部長としての、涙ぐましい使命感。いいよ、答えてあげなくちゃな。
「俺は」
たっぷりと間を取りながら、サングラスを外す。
「天使を堕落させる者だ」
言い終えると同時に顔を上げ、松尾アヤを直視した。ばちんと効果音が聞こえてきそうなくらい、きれいに二人の目が合う。
松尾アヤはびくんと身体を震わせた。どうだ。手に持っていた本を床に取り落とす。うまくいったか。
「部長?」
臼井モカが心配げに声をかける。
「だめよ」
松尾アヤが俺から視線を外して、自らの掌を見つめてつぶやいた。どうした、失敗なのか?
「だめよ、だめよ、だめよ。こんなの、だめ、だめ、だめ、だめ!」
松尾アヤは両手で顔を覆って悶絶し始めた。秋野ユウヒのときと反応が違う。
しかしどうだ、松尾アヤは堕天の誘惑と戦っているように見える。凄まじい精神力で誘惑を断ち切れるとでも言うのか。
これはこれで見ものだ!
「ねえ、録画止めた方がいい?どうすんの、モカちん!」
「わかんない、ちょっと待って!」
部長の豹変に狼狽する二人。黙って見ているといい。
いつか天使を制御するため高潔さを義務付けられた者が、その天使の本質が暴れ出したがために、高潔さを掃き溜めに捨てようとしている。
さあどうなる。答えを出せ、松尾アヤ!
一分と経たないうちに松尾アヤの悶絶は止まった。答えが出たらしい。
フードを再び背中側へ戻すと、薄明かりの中に松尾アヤの表情がくっきりと浮かんだ。毒素を出し切ったような晴れやかな笑顔は、まさしく奇跡を前にした恍惚、トランス状態そのものだ。
熱病に冒された患者の目のように潤んだ瞳が、じっと俺の目を見つめる。
立ち上がるかどうか迷っていた俺の前で、松尾アヤは床に両膝をついた。その勢いで両手までもを床について四つん這い状態になる。
目の位置が俺よりも少し下がり、上目遣いで見つめられた俺は心拍数を上げた。
松尾アヤは四つ足歩きで滑るように円陣の中央へ近づいてくる。臼井モカが声をかけているが、まったく耳に入っていないようだ。
目の前まで迫った松尾アヤは上半身を起こして俺の両肩にその両手を乗せた。体重をかけてくるでもなかったが、俺は身体をゆっくり後ろへ倒し、床に仰向けで寝そべる。
のそりと俺の上に馬乗りに跨った松尾アヤは、ちょうど俺の脚の付け根あたりに尻を乗せて座った。
素晴らしい。女性上位。騎馬に乗るだなんて無粋な言葉は使いたくない。なにせこの世で一番美しい体位なのだから。
俺の肩に手をかけたまま、松尾アヤが上半身をかがめ、その顔を俺の顔に近づける。
俺は目をつむらなかった。最後のゼロ距離に至るまで、接近する松尾アヤの瞳を見続ける。
まず互いの鼻頭が一ミリ以内の至近でニアミスし、それから唇が重なった。
今回ははじめから顎を軽く浮かせていたので、彼女の舌先が遮られることなく俺の中に侵入してくる。俺は自らの舌でそれを受け止め、むしろ攻めるように激しく絡ませた。
これだ、この感覚。三年前の興奮がよみがえる。
舌先から脊髄を通って下半身へと電気が流れていくのが見えるようだ。
12 へつづく
※タイトルの『A』には3つの意味が?!
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