第九十八話 始まったと思ったらバグってるの? ……ああ、元々バグみたいなゲームか。
ご存じの方もおられると思いますが、私は金融業界に勤めていますが、同時にライトノベルを出版した小説家でもあります。
何が言いたいかというと……『半沢』シリーズの最新刊、マジ最高。めっちゃ面白かった!!
――王立スモル学園
スモル王国が建国と同時に、『貴族、平民の別なく、将来の国家行政を担う若者を教育する場』として作られた王立の教育機関であり、この国唯一の中等教育及び高等教育機関である。入学年齢は特に定められていないが、十五歳から入学するのが一般的である。なんでかって? この国では十五歳になると『デビュタント』と呼ばれる、社交界のお披露目パーティーがあるからだ。なもんで、スモル王国で十五歳の誕生日を迎える事になった貴族子女は殆ど全員、スモル学園に入学する。無論、試験はあるのだが……正直、『貴族向け』の問題のレベルは低く、平民向けのレベルは高い、という構図になっているため、余程のぱっぱらぱーじゃない限り落ちる事はまず、ない。ちなみにこれは『貴族を優遇』という施策ではない。貴族位を持っている人間は大なり小なり国政や地方行政に関わるので、入学すら出来ない余程のぱっぱらぱーは此処で篩に掛ける、という事である。クリフトが前ロートリゲン子爵の嫡男でありながら、子爵位を簡単に継げなかったのはこういう理由もあるのだ。
……んじゃ、なんで勉強会まで開いていたんだ、という話になるんだが……正直、終盤はただ駄弁る会になっていたのでお目こぼしを願えると幸いである。そもそも、ラインハルトを除いて全員、余裕だったし。
……コホン。学風は『独立独歩』。『貴族として必要な教養を身に着け、自らの事は自らで出来る様になる』という気風なので、全寮制で、しかも『メイド』や『執事』といった、普通の貴族社会で生きていた人間に取って『当たり前』はこの学園では通用しない。食事、洗濯、掃除は自分でするのが原則……という、建前になっている。まあ、そうはいっても食堂はあるし、洗濯場には洗濯専用のスタッフがおり、部屋の掃除も授業中に鍵を開けていれば掃除専用スタッフが掃除をしてくれる仕様になっているので、精々、食堂まで歩いて行く、洗濯場まで洗濯物を持って行く、見られたくないものを隠しておく、程度のスキルがあれば充分である。
『わく学』スタート当時、『ジークって王族なのに、なんで世話係いないんだろう』なんて思ったが、実はこういった裏事情があるのだ。まあ、勿論これは手を抜くことに関しては定評のある『わく学』スタッフ、後付けの設定である。会社を辞めたとある開発者によるスレへの書き込みによると、『ジークに限らず、攻略対象にメイドとか執事とか付けるとそれに伴うイラストのお金とか、テキストのお金が掛かるし……そもそも、面倒くさい』という事情だった事が明らかにされている。治安面が大丈夫なのか、という突っ込みも当然あったのだが、『学園内は世界で一番、平和な場所なんです! だから、皆鍵を開けて授業に出るんですし!! じゃないと鍵かけて行くでしょう、普通!!』と力説していた。一応、整合性が取れているのが微妙に腹立たしいと言えば腹立たしい。
「……楽しみですね~、アリスさん!!」
「……そう?」
「そうですよ~。いや、サルバート家のお屋敷も良かったんですけど……私、根っからの庶民でしょ? ああやってメアリさんとかにお世話して貰うのって、ちょっと気を遣ってたんですよ」
馬車の対面に座ってニコニコと笑うエリサ。気を遣ってたって……
「……嫌だったの?」
「嫌じゃないんですけど……ほら、エリサ・ロクサーヌも庶民の出でしょ? アリスさんは『アリス・サルバート』の記憶があるからアレかも知れませんが……庶民的には気を遣いますよ」
「……まあね」
「だから学園の生活ってちょっと憧れてたんですよね!」
「……」
「……アリスさん? どうしました? 朝から浮かない顔してますけど……なんか心配ごとですか?」
「……バレた?」
朝起きた時からずっと抱えていた憂鬱な気持ち。その気持ちを見透かされた恥ずかしさと……微妙な安堵に、私はゆるゆるとため息を吐く。
「いや……今日から遂に『わく学』の舞台が始まるじゃない?」
「そうですね」
「その……今までも思った事はあったのよ。こう……強制力っていうか……そういうの。まあ、何にもなくて此処まで来たけど」
「……今まではなんとかなったんでしょう?」
「……今までは本編が始まって無かったからさ? でも……今日から本編が始まって……」
――もし、もし、だ。
ジークが、ラインハルトが、エディが……学園の門を潜った瞬間に、『あの』わく学のキャラクターの様になったらどうだろう?
国が亡びる? 無茶苦茶な学園生活になる? アリス・サルバートの未来はない?
――否。
「……耐えられないかも知れない、私」
ジークに冷たい目で見られたら? ラインハルトに相手にもされなかったら? エディに小馬鹿にしたような軽蔑の視線を向けられたら?
「……それが……怖い」
――きっと私は、この九年の間で皆の事が大好きになってしまったんだろう。だからこそ、失う事が、震える程に、怖い。
「――今まで、感じた事のない恐怖が……あるの」
そう言って俯く私の頭を、エリサが優しく撫でてくれる。
「……心配性ですね、アリスさんは」
「……だって!」
「まあ、気持ちは分からないでもないですけど……でもね、アリスさん? 私はそんなに心配してないんですよ」
「……心配していない?」
「はいー。これは私がエリサ・ロクサーヌだからかも知れないですけど……私、今日、こんなにわくわくしているんですよ?」
「……」
「ゲームのエリサの登場シーン、覚えていますか?」
「……初登場シーン? ええっと……」
……確か、前日の夜に緊張しすぎて眠れなかったんだ。貴族ばかりが通う学校、『光魔法の遣い手』として急遽スモル学園に通う事になったエリサは緊張のし過ぎで眠れなくて、寝坊して……
「……パンを咥えたまま、ジークとぶつかるんだっけ?」
「はい! 『流石にベタ過ぎるだろう』と言われた、あの伝説のオープニングです」
「……あったね、そんなのも」
あの瞬間に『ひくっ』と口の端が吊り上がり、背中に冷や汗が流れたものだ。『ま、まあ、序盤はベタでもね! これから面白くなるんだし!』と励ましてゲームをプレイした私を称賛したいやら、そこで『そっ閉じ』しなかった危機意識の無さを責めたいやら……
「でも! 今の私はこうやって馬車に乗ってアリスさんと一緒に学園に向かっているんですよ? お腹もいっぱいですし、パンなんて咥えてません!! あんなイベント、起こらないんですよ?」
「……そっか」
「……それに」
そう言って茶目っ気たっぷりに笑って見せて。
「――アリスさんの事です。私が道を誤ったら……殴ってでも止めてくれるでしょう?」
「……暴力キャラを根付かせるの、止めてくれない?」
「てへ?」
そう言って舌を出すエリサに苦笑を浮かべ――それでも、私は心の中で頭を下げる。
「……ありがと」
「いえいえ~。あ、着きましたよ、アリスさん!!」
先に走っていたジーク達を乗せた馬車が校門をくぐり、次は私たちの番だ。校門を潜った私たちの馬車から、エリサが、続いて私が下りる。先に馬車から降りて私達を待っていてくれたジークに手を振って、長旅という程ではないがそこそこ距離があった旅路に、固まった体を解そうと、うーんっと背伸びをして――
「――あ、危なーい!!」
――不意に、聞こえる声。そちらに視線を向けると、何かを咥えたままこちらに走ってくる少女の姿があった。
「――っ!!」
背筋に走る、悪寒。ヤバい、ヤバい、ヤバい。私の頭の中で緊急アラートが鳴る。
――ヤバい。
あれは。
あれは、きっと。
あの、手羽先を咥えて走ってくる少女は、私の生活をぶっ壊しに来た、『世界』の、悪意に塗れた『世界』の使者に違いな――
……。
………。
…………『手羽先』?
「きゃーーーーーー!! どいてくださーい!!」
ど、どいてくださいって!! っていうか、アンタ、スピード落としなさいよね!! それじゃ――
「――って、なんでよけた方に来るのよ、貴方!!」
私が避けた方向に同じく方向転換する少女。い、いや、ちょっと待って! それ――
「きゃ!!」
「大丈夫か、アリス!!」
急ブレーキをかけた少女と私の体が少しだけ接触。反動で後ろに倒れそうになった私の体を、優しくジークが抱き留めてくれた。じ、ジーク……あ、ありがとう!
「……ありがと、ジーク」
「婚約者として当然だ。なにより……役得だな。朝からアリスに触れる事が出来て」
「……ヘンタイ」
ちょっと感動したのに!! そんな私の視線に、肩を竦めて見せた後、ジークは私にぶつかった少女に険しい視線を――
「……なあ、アリス? なんで俺、睨まれているんだ?」
「……さあ?」
そこには鬼の形相を浮かべる少女の姿があった。ええっと……な、なんで? っていうか、何が起こっているの?
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