第九十七話 物語が始まります!!
窓から差し込む光に、薄っすらと目を開ける。これから始まる新しい日を祝福するかの様に――といいたい所だが、なんとなく憂鬱な気分を覚えながら私はベッドから起き上がり『うーん』と一つ背伸び。部屋着に着替えて、部屋に置かれた大き目の姿見の前に立つ。
「……今日から入学、か。いよいよって感じよね」
鏡の前に映った自身の姿――昔、『わく学』で見たるーびん先生の神イラスト通りに育った自身の姿にため息を漏らす。目は釣り目がちながら、それでもべっぴんさんに育った私の姿に『これ、マジで私』と思う事は多々あったが……流石に七歳で『アリス・サルバート』に転生して八年、十五歳にもなれば慣れるというものだ。
「アリスさーん。起きてます~? 入っていいですか~?」
まじまじと鏡を見つめていた私に、ドア越しに掛かる声がある。その声の主に『起きてるよ』と答えると、ドアが開いた。
「おはよーございます、アリスさん! って、何してるんですか? 鏡なんか見て……自分の美貌に恐れ入ってたりします?」
「そうじゃないわよ。っていうか、美貌云々なら貴方の方で――って、なんで制服着てるのよ? まだ早いわよ?」
「いや~、嬉しくなってつい!」
そう言って『似合いますか?』とその場でブレザータイプの制服を着たまま一回転して見せる美少女――エリサ・ロクサーヌ。栗色の肩まで掛かる髪に、くりくりの瞳が非常に愛らしい。
「いや、似合ってるけど……っていうか、嬉しくなってって」
「だって、嬉しいじゃないですか! この――」
にっこりと微笑んで。
「――私達がデザインした制服で、通えるなんて!!」
――そう。
私達が九歳の時に『起業』した『古着屋アリス』は、今では仕立てやお直しまでする『サルバート印の洋服屋さん』として、そこそこ人気が出てたりする。元々スモル学園には制服なんてものは無かったらしいのだが、エリサが張り切って『やっぱりわく学って言ったらこの制服でしょ!!』とか言い出してデザインしたのだ。まさか、ゲーム内にある制服を作っていたのがエリサだったとは……という感じではあるが、まあその辺はご愛敬だろう。どうせわく学だし。ちなみに『サルバート印の洋服屋さん』はそこまで手広くはやっていないが、エカテリーナ様がご愛用下さっているので知名度だけは無駄に高い。今回の制服の一件もデザイン性もあることながら、どちらかといえばエカテリーナ様のお力とか、サルバート家のご威光っぽいものが強い。貴族ってすげー。
「アリスさ――エリサ様? もう着替えられていたのですね?」
「あ、メアリさん!! どうです? 似合いますか!?」
「ええ、とても良くお似合いですよ。私が学園に通っていた時は制服は御座いませんでしたので……うらやましいですね」
そう言って頬に手を当てて『ほぅ』と息を吐くメアリ、御年二十五歳。昔から美人だ美人だと思っていたが、年を増すごとにメアリの美貌は磨きが掛かり……その、なんだ、妖艶って言うか、こう、その……ちょっとえっちぃ気がする。
「……メアリも着る? サイズ違いはあるけど?」
「ご冗談を、アリス様。流石に二十歳を超えてその制服は着れませんよ」
苦笑して手を振るメアリ。そんなメアリの後ろからひょっこりと顔だけが飛び出した。
「おはよう、アリス」
「え、エカテリーナ様!? ど、どうしてこちらに?」
「今日は晴れの入学式。私も列席するから、アリスと一緒に行こうと思って来た」
「エカテリーナ様が、ですか?」
「そう。こう見えても私、スモル学園の理事長だから」
「理事長なんですか?」
「運営自体は学園長がするけど。今日は私も挨拶をするし、アリスやジークが入学するから、これからちょくちょく顔を出すつもり」
ああ、名誉職ってヤツか。確かに、エカテリーナ様は王妃様だし、『王立』スモル学園なら理事長でもおかしく――
「――って、え、エカテリーナ様!?」
「――どう? 似合う?」
メアリの後ろから隠していた体を出したエカテリーナ様はその場でくるりと回って見せる。その反動で、短めのスカートがひらりと待って、ニーソックスとスカートの間の絶対領域が――って!!
「なんでエカテリーナ様が学園の制服着ているんですか!!」
「可愛いと思って。似合う?」
いや……そりゃ、出逢った当初から全く変わってないエカテリーナ様だから、似合うっちゃ似合うけど……
「アリス、すまん!! こちらにエカテリーナ母上が――って、エカテリーナ母上!? やっぱり制服で来たんですかっ!! その恰好はせめて部屋の中でだけと言ったでしょう!! 今すぐ着替えて!!」
「いい。今日はこのまま学園に行く」
「やめて下さい!!」
部屋に飛び込むなり、目に手を当てて天を仰ぐジーク。その後ろから、呆れた様な表情を浮かべたアレンも入って来た。
「……おはよう、アリス。母上が迷惑を掛けているようだな」
「いや、別に迷惑では無いけど……」
まあ、びっくりはしたが。そんな私にため息を吐きつつ、アレンは視線をエカテリーナ様に向ける。
「母上。流石に三十歳を超えてその恰好は少々厳しいものがあります。年齢相応の恰好をなさって下さい」
「……アレンは私の事を年増だって言いたいの? オバサンの若作りと?」
「そこまでは言っていませんが……まあ、当たらずとも遠からずです」
「……ぶぅ」
「……そんな幼子みたいに頬を膨らませないでください。なんだか見ていると悲しくなるので」
「……どういう意味?」
「息子として恥ずかしい、という意味ですね」
「……アリス。アレンは生意気になった。怒って?」
「……私に振るの、止めて貰っていいですか?」
あの日に出逢って以降、エカテリーナ様とアレン、それにジークの関係性は劇的に改善された。と言っても、元々仲が悪い訳ではない、単純なすれ違いだったので元に戻っただけ、とも言えるが。ちなみに、それからはアレンもちょくちょくウチに遊びに来てたりする。今ではすっかり仲良しだ。
「……っていうか、アレンは何しに来たの?」
エカテリーナ様とジークは分かるんだが、アレンは何しに来たんだ?
「……今日は俺も休みだからな。母上の護衛がてら、着いて来ただけだ。ま、まあ、そのついでにお前の間抜け面でも拝んで行こうかと思っただけだ。他意はない」
「……もしかして、お見送りに来てくれたって事?」
「そ、そういうわけじゃない!! 勘違いするな、バーカ!!」
顔を真っ赤にしてこちらを睨んだ後、ふんっとそっぽを向くアレン。そんなアレンに首を傾げていると、トントンとエリサから肩を叩かれた。
「……青春ですね~、アリスさん」
「……なんの話?」
「こっちの話です。さて! それじゃ男性陣は皆出て行って下さい!! さあ、アリスさん、お着替えしていきましょう!!」
にっこりと微笑んで。
「――『物語』の、始まりですよ!! 今なら私、きっと楽しめると思います!!」
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