第九十六話 迷い子の気持ち
今回はアレン視点
「……アレン? その……今日は色々済まなかったな」
俺、アレン・スモルの前に座ったまま、そう言って紅茶を口に運ぶ俺の兄上――ジーク・スモルに、肩を竦めて見せる。
「兄上に謝って貰う事ではありません。俺に詫びを入れるならアリス・サルバートの方でしょう」
「……」
「兄上?」
「……いや……よくよく考えればそりゃそうだろうな、と思ってな」
「でしょう?」
アイツ、俺の腹に気合の入った良い一発入れて来たしな。しかも、『煽った事は済みません』と言っていたけど、殴った事についてはついぞ謝罪をしなかったし。なんとなくうやむやにされた感はあるが、俺は騙されないぞ?
「……」
……いや……その……まあ、嬉しく無かった、といえば嘘になるが。殴られた事が、ではない。『アレンをジークと比べてやる』と……俺にも期待してくれると言ったアリス・サルバートの言葉が、嬉しくなかった訳ではない。
「アレン?」
「いえ……それにしても……アリス・サルバート、ですか」
「……その……なんだ? 色々と問題は……無いとは言えないが、こう、話してみると意外に良いヤツでな? 少なくとも、そんなに毛嫌いするような人間ではない。良くも悪くも貴族令嬢っぽくなくて……こう、話していて面白いしな」
「……今日の印象では良くも『悪くも』の悪くも、が目立ちましたがね?」
「……面目ない」
肩を落としながら、そう言って頭を下げる兄上。そんな兄上に、俺は苦笑を浮かべて見せる。
「……変わりましたね、兄上は」
「……そうか?」
「ええ。アリス・サルバートに出逢ってから、兄上は変わりました。少なくとも、昔の兄上は『誰かの為に頭を下げる』などという行為をして来なかった筈です」
俺の言葉に、兄上は少しだけ驚いた様な顔を見せる。それも一瞬、直ぐに何とも言えない照れた様な表情を浮かべて。
「……アリスに出逢ってから、俺は守りたいものが増えたから」
その後、優しい表情を見せる。
「昔の俺にはさして守りたいものが無かったからな」
「……」
「ああ、勘違いしてくれるな。アレンの事は大事に思っていたし、今だって大事に思っている。だが……その、なんだ。お前には……」
エカテリーナ様が居ただろう、と。
「……はい」
「俺が守らなくてもエカテリーナ様が守ってくれるだろう。俺が守らなくても父上が守ってくれるだろうと……まあ、そう思っていた。正直、若干の遠慮もあったしな」
「兄弟なのに」
「兄弟だから、かも知れない」
そう言って懐かしそうに微笑む兄上。
「……アリスに出逢ってから、確かに俺は変わっただろう。アリスもだし……ラインハルトやエディ、それにリリーやメアリ嬢も守りたいものになったからな」
「……最強じゃないですか。第一王子で次期国王が守りたい、だなんて」
そんな俺の言葉に、兄上は情けない顔を浮かべて見せる。何時だって自信に満ち溢れていた兄上らしからぬその表情に訝し気な表情を浮かべると、兄上は気まずそうに視線を逸らした。
「……どうかな? 物理的な話で言えば、俺はメアリ嬢にもリリーにも勝てん。ラインハルトにだってきっと無理だし……頑張ってエディくらいか?」
「……アリス・サルバートは?」
「……あいつと本気で喧嘩をしたら、第三の必殺技が出てくる気がしてならないのだが」
「……」
……納得してる自分がいる。王国最大の貴族の一つ、サルバート家の令嬢がそんなじゃじゃ馬なんて誰が信じるのかという話であるが……何が怖いって完全に事実なのが怖い。
「……兄上」
「……まあ、殴り合いの喧嘩が全てではない。俺は俺の出来る方法でアリスを守るさ」
「……サルバート家の後ろ盾があれば守る必要など無さそうな気もしますが」
サルバート家は大貴族だ。正直、兄上の嫁取りも微妙なパワーバランスの上に成り立った婚姻といっても過言ではない。ぶっちゃけ、サルバート家に『王家のご威光』なんてあっても無くてもどっちでもいいだろう。
「そうだな」
だって言うのに、兄上は嬉しそうに頷いて。
「――だからこそ、俺はアリスを守りたいんだ。俺が居たから良かったと……アリス自身に言わせたいんだよ」
……なんだろう。絶妙に面白くない。
「……兄上はアリス・サルバートが大事なのですね」
「婚約者だからな」
「それにしてもですよ! あんな横暴、許してはダメです!! 第一王子なのですよ、兄上は!! そもそも、アリス・サルバートのあの喋り方はなんですか!! あんなの、王妃の喋り方ではありません!!」
「アリスもサルバート家の令嬢だ。外では巧くやるさ」
「それにしても!!」
尚も言い募る俺に、兄上は困った様な――それでいて、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべて。
「……まあ、そう言うな。いつでも第一王子殿下では疲れてしまう。アリスの前でだけくらい、『殿下』の看板を下ろしてもいいだろう?」
……面白くない。面白くない、面白くない、面白くない!!
「だったら、俺の前で『兄』で居てくれれば良いじゃないですか! 別にアリス・サルバートの前で王子の看板を下ろさなくても!!」
「……そう言われればまあ、そうなのだがな」
――この感情は、なんなんだろう。
「そうです! 兄上は、俺の兄上なんですから!」
兄上に、『第一王子では無い』顔をさせる、アリス・サルバートに嫉妬しているのか。
「……分かった。これからは、もう少しお前とも語らう事にしよう。済まなかったな、アレン」
それとも。
「……そうです! 兄上は、アリス・サルバートと一緒に居ると悪影響ですよ!! これからは、あんまり行かない方が良いです、サルバート家!!」
俺に、『期待』をしてくれると言った、アリス・サルバートに、最も近い人間であり、婚約者である――
「……」
「どうした、アレン?」
「……いえ」
……そんな訳は、ない。
だって、アリス・サルバートだぞ? アリス・サルバートに一番近い事が、そんなに幸せなんて、そんなもの――
「……」
「……本当にどうした、アレン? 悩み事なら聞くぞ?」
目の前には、心配そうにこちらを見やる兄上の姿があった。そんな兄上に俺は首を左右に振って。
「……いえ。なんでもないです。大丈夫ですよ、兄上」
まるで迷子の様な気持ちを抑えて、俺は柔らかく見える様に微笑んで見せた。
これにて第二章、『九歳児編』終了です。此処までお付き合い頂きありがとうございました……と書くと最終回っぽいですが違います。次回は第三章、『わく学本編、スタート!! の段!!』が始まります。ようやく、『わく学らしい』展開になるのでは無いかと思いますので、変わらずご愛顧いただければ幸いです。『面白かった!』『新章、楽しみ!!』『待ってるぜ!!』という方がおられましたら、アレです。ブックマートとかお星さま入れてくれても……ええんやで……(懇願




