第九十四話 比べても、貰えない
「いや、喧嘩を売っているつもりは全く無いんですが……」
事実しか言って無いし。そう思う私を、まるで親の仇を見る様な目で見やるアレンと……私の服の袖をちょいちょいと引っ張るジーク。なんだよ?
「……前から思っていたが……アリス、お前は一々煽らないと納得行かないのか? 俺の時もそうだっただろう?」
「そういうつもりは無いけど……あんまりに『構ってちゃん』だったんで、つい」
「……ついって」
「おい! 何を二人でひそひそ話をしているんだ!!」
そんな私とジークの姿に怒りそのままで喋りかけて来るアレン。そんなアレンに視線を向けると、まるで射貫くような視線が私を貫く。
「いえ、別に大した話はしてないですよ?」
「嘘を吐け!! どうせ、お前も俺の事を馬鹿みたいだと思ってるんだろう!!」
「あ、惜しいです。馬鹿みたいじゃなくて、馬鹿だと思ってます」
「なんだと!!」
「……っていうかですね? そもそも、お前『も』って言いましたけど……誰が殿下の事を馬鹿にしているんですか? 別に誰も殿下の事を馬鹿にしてなんかしていないでしょう?」
私の言葉にぐっと言葉を詰まらせるアレン。しばしの沈黙の後、絞り出す様にアレンが声を出した。
「……母上だって、兄上だって……俺の事を馬鹿にしている」
「だって、ジーク? 馬鹿にしているの?」
「し、していない!! アレン、俺はお前の事を馬鹿にしてなど――」
「嘘だっ!!」
ジークの声を遮る様な、アレンの叫びが室内に響いた。
「兄上だって、母上だって、俺の事を馬鹿にしているじゃないかっ!! 何時だって、何時だって、俺の事なんか……俺の事なんかっ!!」
「……アレン」
「……ちなみに殿下は、どういった所で馬鹿にされていると思いますか?」
「そんな事、お前に言う必要はない!! お前みたいなヤツに、そんな事を言われる筋合いはない!!」
私の言葉に、ギンっと擬音が付きそうな視線を向けるアレン。
……あれ? ちょっと『カチン』と来たぞ?
「……あっそ。んじゃ、別に良いや。まあ、ぶっちゃけ興味もないし? 貴方が拗ねて寂しそうだから、ちょっと相手してやろうかって思っただけだし~?」
「なんだとっ! っていうか、なんだ、その言葉遣いは!! 誰に向かって口を利いているつもりだ!!」
「おバカな第二王子サマですが、なにか~?」
「き、貴様っ!!」
「あれれ~? もう忘れたの、第二王子サマ? アンタの事を馬鹿にしているお兄様が言ってたじゃない? 『敬語も口調も忖度不要』って。あ、『忖度』って意味、分かる~? 六歳児には難しかったでちゅかね~?」
「き、貴様っぁあああああ!!!」
「うわ、お兄ちゃんそっくりだね、貴方。煽られた時の反応、ジークとまんま一緒なんだけど~? なに? 劣化版かなんかなの?」
「やめろ、アリス。アレンが可哀想だし……何より、それは俺にも効く」
心臓の辺りを抑えて顔色を悪くするジーク。でも、ごめん、ちょっと止まらないかも。久々だな、この感覚。
「れ、劣化版だと!! 俺の何処が劣化版だ!! お前も、俺の事を馬鹿にするのか!! 兄上程優秀では無いと、そう言いたいのか!!」
そこで、一息。
「――比べる価値も無いと、そう言いたいのかっ!!」
――その言葉と共に、『はっ』とした顔をしたのは、一瞬。
「……殿下?」
その後、気まずそうに顔を逸らすアレン。
「……比べる価値も無いって……誰が言ったんですか、そんな事」
「……言われずとも、分かる。母上は何時だって『ジークを支えてあげる様に』と言うし、父上もそうだ」
そう言って、アレンはジークを見やり。
「……兄上だって、そうだ。年齢だって三つしか違わない。王城内にはジーク派、アレン派という派閥だってある。あるが……」
――兄上は、俺に脅威を感じてなんて、くれてない、と。
「……騒乱でも起こしたいんですか、殿下? 兄に脅威を感じて貰いたいと?」
「……そういうつもりは無い。兄上が王位を継ぐのが一番良いと、そうも思っている。思っているが……」
――『比べても貰えない』のは、『期待』もしてくれないのは。
「――『ライバル』と、そう思っても貰えないのは……辛い。ただ、ただただ、庇護する対象なのが」
……それが、悔しい、と。
「……」
……なるほど。私が考えていた事と、全く真逆の感情か。
「……エカテリーナ様を盗られた、という感情は?」
「……無い、と言えば嘘にはなる。なるが……それでも俺は、嬉しかった。兄上は優しかったが、母上と話すときは何時も遠慮があったし、母上もそうだった。その関係性が良くなったのは……嬉しかったんだ」
「……」
「……だが、それからの母上は……『お母様』は俺に期待をしなくなった。『ジーク殿下はこれぐらいの時はこれが出来た。アレンも頑張って』と言っていたのに、そんな事も言ってくれなくなった。『アレンはジークを支えてあげて』と……それしか、言わなくなった」
「……」
……この辺はエカテリーナ様に聞いてみないと分からないが……あの人、あんなポワポワしてるけど結構現実的な面もあるからな。ジーク派とアレン派の派閥抗争で『アレン派』が勝った未来を想像していたのかも知れない。実際、私とジークが出逢うまではアレン派の方が若干優勢だったらしいし。
「……それから、俺は誰にも期待されてなんかいない。『アレン派』なんて派閥も、今は有名無実だ」
「……」
「正直、ふざけるなと思う。俺はそんな事を望んでなんかいなかった。別に、王になりたいなんて一言も言って無かった。なのに……なのに、勝手に祭り上げて、勝手に失望して、勝手に期待もされないなんて」
……そんな勝手、許されてたまるか、と。
「……だから、アリス・サルバート。俺はお前が憎い。俺が期待されなくなった原因は……兄上と母上が、良好な関係になった原因はお前にあるから……」
少しだけ、苦しそうな顔で。
「……だから……俺は……お前が憎い」
絞り出す様な声で、そういうアレン。あー……まあ、うん。理解は……出来ない訳じゃない。訳じゃないが……
「……それって、ぶっちゃけ、八つ当たりじゃない?」
……うん。これに尽きるよね。いや、まあ六歳児で此処まで追い込まれていれば、そりゃ誰かのせいにしたくなる気持ちは分かる。分かるが……
「……」
「だって、そうでしょ? 私がした事で、ジークとエカテリーナ様が仲良くなった。でも、それって貴方も歓迎すべき事態だったんでしょ?」
「……さい」
「その後の事は、私の知った事じゃなくない? そんなもんまで私のせいにして、逆恨みされたらこっちもたまったもんじゃないんだけど?」
「……るさい」
「そもそもさ? それで『アレン派』を維持できなかったのって貴方の能力の問題じゃ無いの? 言ってみれば、アレン派って『エカテリーナ様』って云う存在があって成り立っていた訳じゃん? あれ? よく考えればアレン派じゃなくない? エカテリーナ派が正しいんじゃないの?」
「……うるさい」
「そう考えればやっぱりジークって凄いね? だってなんのバックも……まあ、第一王子ってバックはあったんでしょうけど、後ろ盾なしで派閥作るんだもんね? 『あにうえと、くらべて、もらえなーい』なんて拗ねて、ごねて、甘えてる弟君じゃ、そりゃ勝てないわ」
「……うるさい!」
睨みつけて来るアレンに鼻を『ふん』っと鳴らし。
「――そんなんだから、『比べて』すら貰えないのよ?」
「うるさぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!!」
血走った目で席を蹴立ててこちらに向かって来るアレン。そんなアレンに対して、ジークが慌てた様な声を上げる。
「アレン、止めろ!!」
……心配するな、ジーク。六歳児相手に、この私が――
「――ドロップキックが来る!! 止まれ!!」
――おい。私の心配じゃないんかい。
「……酷い婚約者だな、おい」
……でもまあ、良い。私がいつでもドロップキックばっかしてる貴族令嬢だと思って貰ったら困る。私だって淑女だぞ?
「お前に、お前に何が分かる!! 俺の気持ちの、何が分かる!! 誰にも期待されず、比べて貰えない気持ちが、お前に分かるかっ!!!」
「分かんないよ、んなもん。でもまあ……喜べ、アレン。そんなに比べて欲しいなら」
――この私が『比べて』やるよ。
「なにを――っ!! !?」
掴みかかってくるアレンをステップで躱す。これぞ、リリー直伝の『淑女っぽく、まるでダンスの様に交わす技術』だ。たたらを踏んで流れるアレンの首根っこを右手でグイっとつかむと、私は左拳をグッと握り込んで。
「――抉り込むように、打つべしっ!!」
「――ごぶぅ!!」
そのまま、アレンの肝臓の辺りを打ち抜く。これぞ、メアリ直伝『リバー・ブロー』!! ドロップキックに次ぐ、私の新必殺技だ。体を『く』の字に曲げたアレンがその場で崩れ落ちるまで、およそ一秒。
「……」
唖然としてこちらを見やるジークに、私は握ったままの左拳をぐいっと差し出して。
「――アレンもジークも……貧弱だね? どっちも一発KOだ」
そのまま、親指をグッと立てて見せると、唖然としていたジークの顔が絶望に染まった。あ、あれ? だ、大丈夫! そんな顔しなくても!! 言質は取ってるし、首とか頭とか、危ない所は狙ってないから!!
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