第八十七話 え、エカテリーナ様ぁ!? その2
「アレ……ン……王子?」
ジークの弟であり、スモル王国第二王子であるアレン・スモル。エリサの言葉通りなら、わく学の隠しキャラだった人物である。
このアレン・スモル、隠しキャラ、という事もあり殆ど情報が出回っていない。色々詐欺だらけの『わく学』だが、唯一タイトルに詐欺が無いのは『学園物』という所であり、その名の通り学園内での活動がメインというか、その活動しかないというか……一応、上下二年は同じ学園に通うという設定になっているため、三つ下のアレンと学園で逢う事は無いのである。
……まあ、上下二年はいる筈なのに、先輩や後輩なんて出て来ないんだが。もっと言えば先生も出て来ないし、授業シーンもないんだが。どうやって勉強してるんだ、わく学の生徒って。リモート授業かなんかなの?
「……お初にお目に掛かります、アレン殿下。私はリリアーナ・スワロフと申します。スワロフ子爵家の娘に御座います」
私のとなりでスカートの端をちょんと摘まんで頭を下げるリリー。その姿に、私も妄想を打ち切って、意識を引き寄せてリリーに倣って頭を下げる。
「……お初にお目に掛かります、アレン殿下。私はアリス・サルバート。サルバート公爵家の娘に御座います」
「……」
「……アレン殿下?」
私とリリーの挨拶に対しての返事が無い。そのことを少しだけ不審に思いながら、私はおそるおそる顔を上げる。
「……アリス・サルバート……? お前……『あの』アリスか……?」
そこには少しだけ驚愕に染まった顔でこちらを見つめるアレン王子の顔があった。え? な、なんで? なんでそんなびっくりした顔をするの? わ、私、なんか――
『――アリス・サルバート。アリスさんなんですよ、ライバルキャラって』
不意に、頭の中でエリサのセリフがリフレインされる。ま、まさかアレか? これが、アリス・サルバートガチ勢と言われた、アレンが私にホレるきっかけになったという――
「貴様……よくもぬけぬけと俺の前に顔を出せたな?」
――あ、あれ? アレンの顔が憤怒の表情になっているんですけど……
「で、殿下? ぬけぬけと俺の前に顔を出せた、とは……一体、どういう意味でしょうか?」
な、なんで殿下が怒っているのか、さっぱり分からない。いや、殿下、初対面ですけど……誰かと間違っていません?
「どういう意味、だと? 貴様……よくもそんな惚けた事を言えたものだな!! 俺が知らないとでも思っているのか!!」
こちらにビシッと指を突き付けて睨みつけて来るアレン殿下。形相こそ怖い顔をしているも……まあ、所詮三つ下の六歳児だ。全然、怖くはない。
「知らない、と仰られても……」
いや、マジで身に覚えがない。殿下、なんでこんなに怒っているの? 頭に疑問符を浮かべたままの私に、尚もきつい視線を向けたまま殿下が口を開く。
「聞いたぞ! 貴様、ワイズにドロップキックしたんだろう!!」
……おうふ。そこまで悪行が知れ渡っているのか……
「……その……まあ、はい。ですが! あれはワイズ様にも非があるのですよ?」
「……それは分かっている。どうせ、いつものワイズの『悪い癖』が出たんだろう? リリアーナ嬢にも迷惑を掛けたようだし……その点は詫びる。だが!! 普通、いきなり貴族のレディがドロップキックなんかするか!? そんな奴が何処にいる!!」
「……此処に」
「ふざけているのか!?」
いや、別にふざけているつもりはないが……でもいるものはいるんだもん。仕方ないじゃないか。
「……まあ、それに関しては此方に非もありますが……でも、ですね? ワイズ様から親の敵の様に見られるのはともかく、殿下からその様な非難を受ける謂れは……」
私の言葉を手で遮って。
「ワイズは俺の友人だ」
「……あ、はい」
なるほど、『オトモダチ』の為か。
「……聞いた話に寄れば、お前はリリアーナ嬢を守る為に体を張ってワイズを止めたと聞く。それは友を守るための行為だろう?」
「まあ、そうですね」
「ならば! 俺にとっての『友』であるワイズがやられた以上、俺が怒るのは間違っていないだろう!!」
……確かに。筋は通っている。私がワイズの行動に怒りを覚えたのと同様に、殿下が私の行動に怒りを覚えている、というのもまあ、真っ当と言えば真っ当だ。真っ当だが。
「……なんだ、その顔は? 不満なのか?」
「あ、いえ……」
別に不満ではない。不満では無いけど……
「……もうちょっと、お友達選んだ方が良いんじゃないですか?」
「絶対馬鹿にしてるだろう、お前!!」
「あ、いえ、別に馬鹿にしてる訳じゃないんです!! 訳じゃないんですが……ねぇ?」
「なんだよ、ねぇ? とは!! 確かに、ワイズは多少、性格に難があるところはある。嫉妬深い所はあるし、女性関係で問題も無いとは言えない。性根だって、決して真っ直ぐであるとは言い難い」
「ボロクソじゃないですか、殿下」
実は嫌いなんですか、ワイズの事。
「だが! ワイズはずっと、俺の側にいてくれたんだ!! 問題のあるやつだが、俺には優しかった!!」
「……」
……どことなく、それには裏がありそうな気はせんでもないが……でもまあ、殿下がそう感じているなら殿下の自由だ。
「……分かりました。それで? 殿下はどうなされたいと?」
「……え?」
「『え?』って。殿下は私に文句があるから、今この様に仰られているんでしょう? なら、どうすれば私の事をお許し頂けると?」
思う所は色々あるが……まあ、言ってる事自体は筋が通っている気もせんでもないしな。
「ど、どうすればって……」
対して殿下はきょとんとした表情を見せた後、おろおろと視線を中空にさまよわせる。待つことしばし、殿下がおずおずと口を開いた。
「ど、ドロップキック」
「はい?」
「ワイズの敵討ちだ。俺にも、お前がワイズにしたように……ドロップキックをさせろ!!」
「……分かりました」
まあ、その辺が妥当な所か。目には目を、じゃないけど暴力には暴力だ。お父様も言ってたしな。殴られる覚悟も無いのに殴るなって。
「わ、分かりましたって……い、いいのか!?」
「はい。まあ、事情はどうあれ暴力をふるったのは事実ですし」
「だ、だって! で、でも……お、お前は女の子だし……」
「殿下が言い出した事ですよ? ほら? 一思いに『ドーン』とやっちゃって下さい」
そう言って私は両手を広げて『さぁ!』と言って見せる。そんな私の姿に目を丸くして膠着する殿下。
「……そ、そこまで言うなら……こ、後悔するなよ!!」
ぎゅっと拳を握って、そう宣言。握った拳が震えており、きっと暴力に慣れていないのだろうことは容易に想像が付く。身長も低いし、体重も少なそうだから蹴られてもさして威力は無いだろうな、なんてことを考えていると、アレン殿下に近づく影があった。エカテリーナ様だ。
「は、母上?」
不意に自身の側に近づいてきたエカテリーナ様に目を丸くするアレン殿下。そんなアレン殿下に一つ頷き、エカテリーナ様は右手を振り上げて。
――スパーン、と良い音が室内に響き渡った。エカテリーナ様の右手が、アレン殿下の頬を張ったのだ。呆然とするアレン殿下を見下ろしたまま、エカテリーナ様は冷たい視線を向けて。
「――見損なった、アレン」
とても冷たい声で、そう言った。
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