第八十二話 だって、わく学だもん
エリサの言葉が耳に入り、脳に到達して、その意味を理解するまでしばしの時間が掛かった。え……あ?
「……私が……エリサとジークを……断頭台に……送っ、た?」
「勘違いしないでください。『アリスさん』ではありません。『アリス・サルバート』というわく学のキャラが、『そうしたかも知れない』という仮定の話ですよ。大丈夫、今のアリスさんがそんな事をするなんて、私はこれっぽちも思ってませんから」
呆然とエリサを見つめる私に、エリサは心持優しめの笑顔をこちらに向けながらそう話す。その顔と声音で少しだけ落ち着きを取り戻した私は、無理矢理に顔に笑みを浮かべて見せた。
「……ごめん、取り乱した」
「いいえ。むしろこちらこそすみません。不確定な、それも仮説でしかない様な話をしてしまって」
「ううん、良いよ」
「……その……もし、聞いていて辛いようでしたら直ぐに言ってください」
……そりゃ、聞いていて気持ちのいい話ではない。今や、ジークやエリサのみならず、ラインハルトやエディ、リリーやメアリや……まあ、クリフトも友人だと思っている。そんな大事な友人の命や、地位を奪ったのが『自分ではない自分』である可能性なんて、あんまり聞きたい類の話じゃない。
「……でも、エリサが必要だって判断した話って事でしょ?」
「……はい」
「……それじゃ、聞かせて? その、『仮説』とやらでは、どんな話になっていたのかを」
「……分かりました。まず、そもそもこの仮説が立ったのが、数少ないジークガチ勢からだったんですよ」
そんなエリサの言葉に、私は目を見張る。
「……いるの、ジークガチ勢なんて」
流石に趣味が悪すぎるとしか思えんのだが。わく学のジークって、どうしようもないポンコツ王子だぞ?
「ポンコツでも顔面の造形は素晴らしいですからね。さすが、るーびん先生と言った所ですが……ともかく、そんなジークガチ勢から、『このままじゃジークが報われない!』という意見が出始めてですね? そこから考察を始めたんですよ」
「考察?」
「はい。だって、よく考えて下さいよ、アリスさん。わく学2のオープニング時点で、国王と王妃ですよ、ジークとエリサって。なのに、そんな簡単に断頭台に送られる事って、あると思いますか? ラインハルトを始めとした近衛騎士団、なにしてたんだよって話になりません?」
「……確かに。でもさ? どういう経緯を辿ったのか知らないけど……わく学2の時点では国が崩壊してたんでしょ? んじゃ、そもそも国が国として機能してなかったんじゃないの?」
「アリスさんの仰る通り、既に国が国として機能していなかった可能性もあります。でも、それだと少し疑問点が残るんですよ」
「疑問点?」
「わく学2のシナリオって、国王なき後のスモル王国の再統一ですよ? 仮に国が崩壊するほどの騒乱があったとしたら……各地の領主だって少なからず傷を負っていると思いません? フランス革命で各地の領主館に民衆が押し寄せたみたいに。なのに、わく学2では領民は普通に生活してますし、領主もある程度自由です。まるで、元々王様なんて居なかったみたいに」
「……」
「そこから考えられる可能性は二つです。一つは、各地の諸侯が一致協力してジークとエリサを断頭台に送った」
「……考えにくくない、それ?」
「明らかに考えにくいです。仮にこの仮説が正しいとすれば、普通は革命後の指導者まで決めて革命をする筈です。じゃないと、絶対揉めるのが分かってますから。指導者、という言い方がアレなら、どこかで音頭を取った人間がいる筈です。仮に、指導者を決めていたけど、途中で空中分解したならば、もうちょっと国内は荒れていても良いと思います。のんびり領地経営しながら統一を目指す、みたいな展開は考えにくいですし」
「……確かに」
「そして、この革命が成功したとしても……普通、敵対派閥の全くいない革命なんてありえなくないですか? ジークの王政で良い思いした人間だっている筈ですし」
「……」
「にも拘わらず、わく学2ではそんな描写は一切なかった。何処の領主も誰々が敵だ、味方だなんて話が一切ないんですよ。まあ、統一に向けて敵対はしますが……それだけです。それって、普通は有り得なくないですか?」
「……まあね」
エリサの言う通りだ。仮に、全員で協力したならリーダーがいるだろうし、そうじゃないならもうちょっと内乱になっても良いと思う。
「……それじゃ、もう一つは?」
私の言葉に、エリサは小さく息を呑んで。
「――内部から手引きした人間が、電光石火の早業でジークとエリサを捉え、そのまま処刑した」
「……」
「これが出来る人間は限られてきます。まず、アレン王子。この時点で彼はまだ王城に住んでいたらしいですし」
「じゃあ!」
「ですが……先程言った通り、彼には魅力と呼べるものが皆無ですし……加えて、人望も全くありません。既にジークが王位についている以上、『アレン派』なんてものもありません。そんな彼が、果たしてジークとエリサを断頭台に送る、なんてこと……出来ると思いますか? そんな彼に力を貸す人間がいるでしょうか?」
こちらにじっと視線を固定して。
「――ジークに『裏切られた』、アリス・サルバート以外に」
「……」
「……より正確にはサルバート公爵家の力でしょう。何処の馬の骨か分からない光魔法の使い手風情に王妃の座を奪われたんですよ? 恨み骨髄になってもおかしくはないです」
「……」
「そして、それはアレンにしてもそうです。だって、そうでしょう? 自分が慕っていた女性が、傷つき、悲しんでいる。ならば、それを助けてあげたい、少しでも力になりたいと思っても……まあ、不思議ではありませんよね?」
「……それは……まあ、うん」
「……もしかしたら、『これで自分に振り向いてくれるかも知れない』なんて、アレンが思ったかも知れません。それはともかく、これで一応の辻褄は合うんですよね」
……確かに。一応、辻褄は合う気がするが……
「……でも、そんなに簡単に行くの? 幾らサルバート家が力のある貴族で、アレンが王子として王城に住んでいるって言っても……」
流石に、そんな簡単に行くわけないと思うんだが……
「行きますよ」
そんな私の疑問に、『当たり前でしょう? 何言ってるんですか、アリスさん』と言わんばかりの視線をこちらに向けて。
「――だって、『わく学』ですよ? そんな穴だらけの陰謀でも、巧く行っちゃうのがわく学じゃないですか」
……結構なパワーワードだな。『だって、わく学ですよ』って。納得したじゃないか、おい。
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