第七十二話 古着屋アリスの経営会議
「あ、アリスさん。お帰りなさい」
「たでーま」
お父様の執務室から帰ってくると、私のベッドの上に座ったエリサとリリー、部屋の隅に控えたメアリが出迎えてくれた。今日は初日という事もあり、反省会を兼ねたお泊り会を開催する事にしたのだ。今はメアリもまだ侍女モードだが、この後は着替えてパジャマパーティーという形になる予定である。
「はぁ……疲れたわね、今日は。皆もお疲れ様」
ため息を吐きつつ私もエリサの隣に腰を下ろすと、控えていたメアリが紅茶とクッキーを差し出してくれた。
「紅茶をどうぞ、アリス様。お菓子もお食べ下さい」
「ありがと。でも……太らないかな?」
「今日はお疲れでしょうし、たまには宜しいのでは?」
そう言ってにっこり微笑むメアリ。その悪魔の誘惑に負けた私はクッキーを一枚、お皿から取ると口に運ぶ。口の中一杯に広がる甘味に頬がほころぶ。
「あー……美味し」
「それはようございました。それで……お疲れの所申し訳ないのですが……旦那様はなんと仰っていましたか? 拝見した所、随分怖いお顔をされていましたが……」
お父様の呼び出しの要件が気になるのだろう。メアリだけではなく、リリーもエリサも固唾を飲んで見守る。そんな姿がちょっとおかしく、苦笑を浮かべて私はひらひらと手を振って見せた。
「大丈夫、大丈夫。あのセリフは頂けないけど、服装自体は可愛かったってさ。エリサ、凄いじゃん。それと、顧客リストも貰ったよ?」
「本当ですか!? いや~、頑張った甲斐がありました! それに、顧客リストって……良いじゃないですか!」
「後で皆で見よう? それで……まあ、今後の経営方針的な事をレクチャーして貰ったってワケ」
「経営方針、ですか?」
「ざっくり言えば、大量生産に走らず、少量生産で行け、みたいな感じかな?」
「ブランドイメージを作るため、ですか?」
「そうじゃなくて……まあ、大量生産しようと思うと仕入れも、在庫も、売り場のスペースも増やさないといけないでしょ? そうなると経営を圧迫するから、そこまでするなってさ」
「……なるほど。確かに規模を拡大するとそれに伴って人も雇わないといけませんし、売り場を借りるお金もタダじゃありませんしね。固定費を吸収出来ませんか」
そう言ってふむ、と腕を組んで何かを考えるエリサ。そんなエリサにだけ聞こえるよう、耳元でこっそり呟く。
「……詳しいね?」
「大学、経営学部だったんですよ。商学系の講座も受けてましたから、簿記も一応二級持ってます」
……マジか。やるじゃん、エリサ。ごめん、アンタはもうちょっとポンコツよりかと思ってたよ。
「ですが、確かにアリスさんのお父さんの言う通り、あまり規模の拡大は出来ないかも知れませんね。そもそも、マーケットの把握も出来てませんし……よくよく考えれば、よくもまあこんな場当たり的にオープンしましたよね?」
「それは私も思ったけど……エリサもノリノリだったじゃん」
まあ、正直お父様的にはこれは『勉強代』くらいの考えだろう。失敗しても、サルバート家が傾く事のない程度での出費だし、儲けに繋がったら儲けもん、程度の考えじゃなかろうか。
「……ですが、あの服、可愛かったですよ? 私も普通に欲しいと思いましたし」
そう言って私とエリサの間に『ずいっ!』と身を滑り込ませてリリーが手を挙げて主張してくる。なんだよ、リリー? ハミ子にされたとでも思って寂しかったのか? 可愛いヤツだ。
「そうですね。流石に私の年齢では少し厳しいですが……アリス様のご年齢にプラスマイナス3歳程度であれば、充分に売れるのではないでしょうか? まあ、値段にもよりますが……」
そう言ってちらりとエリサを見やるメアリ。その視線に気づいたエリサが、肩を竦めて見せた。
「……難しいですね。古着の相場が一着辺り……」
「物にもよりますが……大体、二千から三千スモル、と言ったところでしょうか」
『スモル』はスモル王国の貨幣単位だ。この国、当然紙幣なんて便利なモノはないから、買い物になると大硬貨、中硬貨、小硬貨の組み合わせで買い物をしている……らしい。残念ながら私は一応貴族令嬢なので、自分で買い物をした事が無いので詳細は分からない。いまだに初めてのお使い未体験なのだ。ちなみに、一スモルは大体、一円で一般的な平民の年収は大体、二百万スモルから五百万スモルと考えて貰えば差し支えない。
……いや、分かるよ? 『一スモルが一円で、年収が二百万円から五百万? それって殆ど日本と同じくらいじゃん!』というご意見も、『中世ヨーロッパ風の異世界で生活水準が現代日本と同じなんてあり得ません』というご意見も。でもさ? これ、『わく学』だもん。わく学にそんな高尚な時代考証を求めるだけ、無駄な労力というものだ。大方、設定考えるのが面倒くさかったスタッフが、『良いじゃん。物価水準も日本と同じくらいで。じゃないと突っ込まれて面倒くさいし……』みたいな感じだと思われる。まあ、別にそこには期待していなかったし、今となってはそのお陰で分かりやすくて助かるが。色々アンバランスな世界観ではあるが、わく学の常識は非常識なのである。
「新品だともうちょっと値段、張りますよね?」
「人件費の部分でどうしても値段が掛かりますね。ミシンはありますが、基本は手作業ですし」
「……難しいですね~」
そう言って再び腕を組むエリサ。えっと……ダメなの? 一万スモルとかで売るとかじゃ?
「値段設定は大事ですからね。一万スモルなら一万スモルでも良いのですが、その根拠になる数字が無いと……そうですね、『下』から作りますか、数字」
「下から?」
「売上から作るのではなく、利益から数字を作るんですよ。これくらい儲けたいのなら、これくらい経費が掛かるから、売値はこれだけ、みたいな感じです。失敗する経営計画って大体数字を上から作るんですけど、こっちの方が失敗が少ないイメージですね」
「……おお」
私も社会人で事務をやっていたが……ウチの社長の作る計画って、大体『売上は前期比何パーセントアップ!』とかだったもんな。そら、万年金欠になるわな。
「まあ、その辺りは私が考えます。それよりアリスさん、顧客リストっていうのは?」
「今日来てたお客さんの中で貴族とか近衛の団員とか王城の女官とか……まあ、その辺りの人たちのリスト。此処、当たって見ろって」
「資金力に余裕のある人のリストですか……良いですね! そこに商いをしに行く感じですね!」
「そういう事だね」
お父様の言葉じゃないけど、流石に邪険にされる事は無かろうとは思うし、ある程度は売れるとは思うしね。良い顧客リスト、くれたもんだ、お父様。
「……アリス様が直接王城に行かれるんですか?」
「そのつもり。っていうか、これは私が行かなくちゃ意味ないでしょ?」
「その……私もついて行っていいでしょうか?」
そう言ってキラキラした瞳をこちらに向けるリリー。おお、有り難い。流石に一人で行くのはちょっとしんどいな~って思ってたから、リリーが一緒に来てくれるならこころづよ――
「――今日のあの衣装を着て!!」
――……ナンデスト?




