第三十八話 エヴァンス家の教育方針
「……エヴァンス侯爵」
「ファーストネームで呼んでよ、アリス嬢」
「遠慮しておきますわ。お父様は?」
「リンド? 私にチェスで負けて地団駄踏んでるよ」
「お父様」
負けたのか、チェス。
「まあ、そんな事は良いよ。どうせリンドが負けるなんて何時もの事だし」
「……お父様」
しかも何時もの事なのか。あれ? お父様ってもしかして知的遊戯弱い? それともエヴァンス侯爵が強いのか?
「まあそんな事よりもさ? ウチのエディを勝手に引き抜かないでくれるかな? 可愛い四男坊なんだし?」
笑顔のまま、視線だけきつくなる。ふむ、可愛い四男坊か。そっちがそういう態度で来るんだったら、こっちにも考えがある。
「あら? エヴァンス侯爵はエディ様の事を『可愛い』と思ってらっしゃったのですか?」
「そりゃそうでしょ。血の繋がり――は、まああるっちゃあるけど、薄いとは言え、僕が乞うて迎え入れた子だよ? 可愛く無いワケ、無くない?」
「そうですか? 皆様のお話ではそうは感じられなかったのですが?」
「……皆様のお話、ねぇ。どうせあれでしょ? 四人も養子を取って競い合わせているとか、そんな話じゃないの?」
「……そうです。事実とは違う、と?」
「うーん……そうだね。事実と違う事はないかな?」
肩を竦めて苦笑を浮かべるエヴァンス侯爵。その仕草に、若干、カチンと来る。
「……子供は貴方の駒ですか? ゲームを優位に進めるための、その為の駒に過ぎないのですか?」
「そうは言ってないよ? っていうかさ? それを言うならアリス『ちゃん』だって、ウチのエディを駒にしようとしているんじゃないの? サルバート家か、アリスちゃん本人の為かは知らないけど……ともかく、優位に進めるためにエディを勧誘しているんじゃないの?」
アリス『嬢』からアリス『ちゃん』。形の上だけでも取り繕っていたエヴァンス侯爵の小馬鹿にした様なその態度。だが、そんなもんに乗せられてやるつもりは無い。
「……エディ様の情操教育の観点から言っても、その様な環境でお過ごしになるのは宜しく無いのではないですか?」
「情操教育の観点、ね。アリスちゃん、難しい言葉知ってるね~」
「茶化してます?」
「ちょっとだけ。というより……まあ、よそ様のお家の教育方針に口を出さないで欲しいかな、とはちょっと思うけど」
「子供同士を競い合わせるのが教育方針ですか?」
「端的に言えばそうだね」
「そして、要らなくなったら捨てるのですか?」
「だから……それが違うんだって」
そう言ってやれやれとため息を吐くエヴァンス侯爵。
「別に私はエディを捨てるつもりなんか無いよ?」
「飼い殺すおつもりで?」
「……一々アリスちゃんの棘が凄い。そうじゃなくて……そもそもさ? 子供同士で競争させるって、そんなに悪い事かな? 僕はそうは思わないんだけど?」
「……」
「平等って言えば耳に聞こえは良いけど、本当に平等なんてこの世界に有り得ないからね。誰だって競争するでしょ? そしたら勝ちも負けも出て来るじゃん?」
「……この年代からそれを学ばせる必要があるのか、という話です」
「んじゃ、どの年代になれば良いの? 学園に入学したら? 学園を卒業したら? 卒業して、職に就いたら? 爵位を継いだら?」
「……そ、それは……」
「どのタイミングがベストか、なんて誰にも分からないからね。そして、私はそのタイミングは早ければ早い方が良いと思ってる。理由は簡単、世間は優しくもないし甘くも無いから。だから、まだまだ世間が優しくて甘い、家の中では競争してくれれば良いと思ってるんだよ。失敗したら、こうやって親が責任が取れるうちに、沢山競争して、色んな事をして……そして、沢山失敗すれば良い」
そんなエヴァンス侯爵の言葉に、エディが弾かれた様に顔を上げる。
「失敗……しても、良い……?」
「ん? 失敗すれば良いじゃん、エディ。何をそんなに驚いているの?」
「あ……いえ……で、でも! わ、私はこうやって失敗してしまったら……しゃ、爵位は……」
「爵位、欲しいの?」
「ほ、欲しい訳では! その、兄上達の方が優秀ですし……」
「優秀なのと侯爵を継ぐ能力はまた別物だけどね。まあ、他の兄弟が爵位を欲しいって言えばそりゃ競争になるだろうし、私が侯爵に相応しいと思った人に爵位は継がせるけどね。でも、その基準は別に失敗したとかしないとかじゃないよ。そんな事言ったら私なんて学園の講堂の屋根吹っ飛ばしてるからね。大失敗じゃない、アレなんて」
そう言ってカラカラと笑って見せるエヴァンス侯爵。た、確かに……アレに比べれば、エディのやらかした事なんて大した事じゃない。
「……一つ、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「一つと言わずにどうぞ、アリスちゃん」
「エヴァンス侯爵は……爵位を誰かに継がせるおつもりですよね? エディ様を含めたご兄弟の」
「今のところはその予定。これ以上、兄弟を増やすつもりは無いしね」
「では……継げなかったご兄弟は、どうなさるおつもりでしょうか?」
「本人の意思次第、かな~。したい事があるんだったら応援するし、エヴァンス家の後ろ盾があれば、なんでもある程度はこなせるし。もし、貴族になりたいと言うんだったら、陛下にお願いして従属爵位を継がせても良いと思ってる。エヴァンス侯爵位と合わせて四つだからさ? これ以上兄弟を増やすと、もし爵位が欲しいって言われた時に対応できないし」
「……」
「確かに、兄弟間で競争は良くないんじゃないかってアリスちゃんの意見も分かるけど……でもさ? 私は自分が引き取った……というと言い方は悪いけど、自分の子供として迎え入れた子供には幸せになって欲しいんだよ。幸せにも色々あるけど……少なくとも、能力が低いよりは高い方が色々と都合は良いのは分かるでしょ?」
「……はい」
「したい事が見つかった時に、やるかやらないはその時の判断だよ? でもさ? 能力が低くて『出来ない』のは可哀想じゃない?」
「……そうですね」
頷く私に、エヴァンス侯爵は嬉しそうに微笑んで。
「だから私は子供たちに競争させるんだ。それがきっと、彼らの為になると信じているからね」
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