第三百八十一話 煽るアリス
私の目の前でジークが『ごくり』と生唾を飲んだのが、目を瞑っていても分かる。
「……ど、どうしたのよ?」
流石に気恥ずかしが勝って、私はそう口にする。うん、正直、無茶苦茶恥ずかしいんですけど!! っていうか、私、一体何してるんだろう? い、いや、そりゃ、ちょっとティアナ様にアてられたよ? アてられたけど、自分からこんなの言うなんて……ち、痴女じゃん!?
「……あ、アリス? その……」
ちらっと薄目を開けると、なんだか困った様なジークの視線が目に入った。その視線に、少しだけ『カチン』と来た私は、目を開いてジークに抗議の一方を入れる。
「な、なによ、その顔!! なに? 貴方、そんなに私にき、キスするの嫌なの!?」
「い、いや、そうじゃない! そうじゃないんだが……そ、その、なんだ? アリスが……」
震えているから、と。
「……へ?」
ジークの言葉に、自身の体をまじまじと見つめ……お、おお……
「……私、震えている?」
「ああ。その……なんだ? さっきは俺も少し煽る様な事を言ったが……無理はさせたく無いんだ」
ぎゅっと握った拳の指を、一本、また一本とゆっくり解きほぐしていくジーク。そんなジークの優しさに、少しだけ胸が『きゅん』とする。
「……無理じゃ、ないもん」
「ははは。そうか。それは嬉しいが……無理では無くても、『勢い』ではあっただろう?」
朗らかに笑って見せるジークに、『うっ』と息を詰まらせる。まあ、確かに『勢い』ではあったかも知れない。
「……アリスには無理――では無かったか。勢いでそんな事はさせたく無いんだ。アリスの事は本当に大事だし……だから、こんな事でファーストキスを――」
そこまで喋って、少しだけ気まずそうに私を見るジーク。え? なに? その視線――
「……まさかジーク、私が寝ている間にファーストキスを奪ったとかじゃないよね?」
「それじゃ俺が犯罪者だろうが!? ち、違う! そうじゃなくて……アリス、ファーストキスだよな?」
ありすふぁーすときすだよな? はい? ジークは何を……っ!!
「あ、当たり前でしょう!? 何言ってんのよ、ジーク!! 今までずっと一緒に居たんだし、それぐらい分かるでしょう!?」
「す、すまん! 流石にそうだろうとは思ったんだが!! い、一応確認というか……」
い、いや、そりゃ確かに私がまだ小さい頃にお父様とかが『可愛いね~、アリス』とかでほっぺにちゅーぐらいはされたかも知れないけど!!
「流石に私が身内以外の男にキスなんか許す訳無いじゃん!! ジーク、私の事をそんなに尻軽だと思ってるの!?」
「しり――ち、違う!! そうじゃなくて!! アリスが身持ちが堅いのは知っている! 知っているが……」
そう言って視線を逸らすジーク。なにさ!!
「い、いや……その、な? アリスの大事なファーストキスだから、こう、想い出に残るというか、ロマンチックというか……そういう雰囲気の方が良いかな、と思って」
「乙女か」
私より乙女じゃない、ジーク?
「……まあ、乙女かどうかはともかく、女性にとっては大事な事なんだろう?」
「……まあ」
私自身はあんまり気にした事が無いが……一般的にはそうかも知れない。
「だから……こういう流れはちょっとと思ったんだ」
「ファーストキスじゃなかったら良いの?」
「そういう訳では無いんだが……」
少しだけ困った様な顔で笑うジーク。
「……アリスのファーストキスを大事にと思ったのだが……ふと、『もし、アリスがファーストキスじゃなかったら』と思うとイヤだなと……我ながら、物凄く情けない事を聞いたと思っている。思っているので、勘弁してくれ」
そう言って頭を下げるジーク。そんなジークに、私は少しだけクスリと笑って見せる。
「大丈夫だよ? 私のファーストキスはまだだし……そ、その……」
ああ、恥ずかし。
「……ちゃんと、ジークに売約済みだから」
きっと、私の顔は真っ赤だろう。それは、鏡写しの様に真っ赤な顔をするジークからも想像が出来るってものだ。
「……そ、そうか」
「う、うん」
「……」
「……」
き、気まずい!! 気まず過ぎる!? な、なんか話題!! なんか話題は……
「じ、ジークは良いの!?」
「お、俺? な、何がだ!?」
「い、いや! さっきジーク、言ったじゃん!! 普通の女の子はファーストキスを大事にするって! そ、そういう意味じゃさ? こ、こう……じ、ジークは良いのかな? って」
「良い、とは?」
「だ、だから……そ、その……『普通の男の子』は、こう……つ、付き合っている彼女と、こう……き、キスとか……したいのかなって……」
……うん、何言ってるんだお前って顔してるね、ジーク。私も何言ってるんだろうと思うもん! 思うけど!!
「そ、その……ジークには、いっぱい、いっぱい我慢させてきたじゃん?」
「いや、別段我慢とは――」
喋りかけたジークを手で制す。
「ジークはそうじゃないって言うけど……やっぱりジークは我慢していたと思うんだ。だから……こう、ジークに報いたいって言うか……」
「……」
「だ、だから……そ、そのね? さっきも言ったけど、私は別にロマンチックとか……まあ、憧れが全くない訳じゃないけど、そこまでだから……だから」
そんなに、我慢しないで良いよ? と。
「……煽ってるのか、アリスは」
私のそんな言葉に、顔を覆ったくぐもった声でジークはそう漏らした。




