第三百八十話 これ以上は、何もしてくれないの?
「俺が悪いのは理解しているし、文句を言うつもりはない。無いんだが……そろそろ、勘弁して貰えないだろうか?」
マックス殿下とティアナ様が仲良く手を繋いで帰り、『それじゃ私もそろそろ帰りますね~』とエリサが私の部屋を後にして。
「……つーん」
未だに私の部屋に居たままのジークの、その懇願する様な視線に私は思いっきり視線を逸らして見せる。いや、別に怒っている訳じゃない。怒っている訳じゃ無いんだけど……
「……アリス」
……なんか引っ込みがつかなくなったんだよ、コンチクショー。あるでしょ? こう、相手が真剣に謝っていると、こう、こっちも引っ込みがつかなくなるっていうか……振り上げた手を、どう降ろして良いか分かんないというか……
「……機嫌を直してくれないか、アリス?」
未だにふんっとばかりにそっぽを向いている私の側に寄って来たジークが、私の髪にそっと触れる。一瞬、体を強張らせた私に、ジークも手を引きかけるも、そのまま髪を振れるのを継続することにしたのだろう。私の髪の気を一房手に取って。
「……スケコマシ」
「なんだ、それは?」
苦笑を浮かべながら手に取った私の一房の髪に口づけを落とすジークを、きっと真っ赤に染まっているだろう事が分かる熱量を持った頬のまま、私は視線をジークに向ける。
「……そうやったら誤魔化されると思っている?」
そう思われるのは若干、悔しいが。まあ……正直、イヤじゃないけど。
「誤魔化すつもりは無いがな。その……本当に申し訳ないと思っているんだ。勿論、俺の人生の全てを使って償うつもりだ」
「そこまでオーバーな事じゃないでしょうに。はい、このお話はもうおしまい。私も……その、ごめんね?」
真剣な顔なのに、私の髪に口づけを落とすジークに思わず笑ってしまう。そんな私の笑顔につられたか、ジークも苦笑を微笑に変える。
「……ありがとうな、アリス」
「何に対するお礼? まさか、罵られるのが『良かったよ、ありがとう』って感じのドMなの、ジーク?」
「酷い風評被害! 後、淑女がドMとか言うな」
微笑を再び苦笑に変えて。
「ティアナの事だよ」
「……」
「……俺とティアナは……まあ、姉弟の様に育っていたからな。勿論、副王家は王家の『家族』だし、姉弟の様でおかしくはないんだが……そうだな、『親戚のお姉さん』という感じで見ていた」
まあ、そっか。ティアナ様とジーク、同じ王城内で暮らしてはいるも、それぞれのプライぺートスペースは然程近くないしね。食事も毎食一緒、とかじゃないから親戚のお姉さんは言い得て妙かも。実際、親戚のお姉さんなんだけどもね?
「昔からティアナは……こう、完璧でな? 淑女としての作法とか、勉強とか……ともかくなんでも出来る『姉』だった」
「そりゃ、『完璧な令嬢』だもんね、ティアナ様。スモル王国の全令嬢の憧れの存在だし」
リリーとかの例外はいるけど……殆ど皆憧れているしな、ティアナ様には。そんな私の答えに、ジークは笑みを浮かべた後、少しだけ遠くを見つめて。
「――考えてみても欲しい。そんな、全令嬢の憧れで、自身も――親戚の姉として、だぞ? 親戚の姉として慕った女性が、だ」
マックス殿下を前にすると、途端に『ポンコツ』になるんだ、と。
「……」
「……悲しかったな、あれは。『誰だ、これ?』と思ったからな」
「……ご愁傷様」
「……まあ、正直……見るに堪えなかったんだがな。父上も、エカテリーナ母上も、こう……なんとも言えない微妙な表情でティアナとマックス殿下を見ていたし。だって云うのに、ティアナは真っ赤な顔でマックス殿下を見つめて文句ばっかり言っているし、それにマックス殿下は朗らかな笑顔で答えているしで……」
なんだ、その地獄絵図。ああ、いや、見様によっては微笑ましい図……なのかな~? 少なくとも私はそんな下手くそなツンデレをみたくはない。
「……だが、それはそれとして……少しばかり嬉しかったのも事実なんだ。完璧令嬢として、振舞っていたティアナが、マックス殿下の前では素の姿で、取り繕う事もせずに振舞っていたあの姿は」
「……まあ、少しだけ分かるかも」
「そうか? そう言って貰えれば……まあ、ともかくだからこそティアナには『報われて欲しい』とは常々思っていたんだ。大事な『姉貴分』だし、幸せになってくれればと思っていたのだが……」
「……幸せなんじゃない、あれ?」
「そうだな。まさかあそこまでデレデレになるとは思わなかったが。正直、少しだけアてられたぞ?」
そう言って苦笑と共に口づけを続けていた髪を手放すジーク。瞬間、私の口から『あ』という名残惜しそうな声が漏れ、慌てて口元を抑える。
「……どうした、アリス? さっき『あ』という声が漏れていたが? 名残惜しいのか?」
少しだけ意地悪な笑みを浮かべるジーク。そんなジークを睨みつけると、降参するようにジークは両手を挙げた。
「冗談だ。そんな怖い目で見てくれるな。これ以上は――」
「――これ以上は、何もしてくれないの?」
――きっと、私もアてられたのだろう。だってティアナ様、凄く幸せそうだったし。大好きな人に、愛を伝えるのって、本当に嬉しいことなんだな、って私も、そう、思ったから。
そう――思ったから。だから!!
「あ、アリス!? な、何を……!?」
――瞳を瞑って、心持顎を上げた私に、ジークの息を呑んだ声が聞こえた。
アリスちゃん、ご乱心!!




