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第二十六話 この剣を、永久に『キミ』に捧ぐ


「ラインハルト? お疲れさん」


 アリスの家に初めて訪れてから、一か月。もう既に何度訪れたか分からない、見慣れたサルバート家の門の前で、見慣れない光景と、見慣れた顔、聞き知った声が聞こえて来た。掛けられた声に軽く手を上げ、俺はそいつの元に歩みを進める。


「……馬車はどうした、ジーク?」


「まだ来てないんだ」


「……珍しいな。王子であるお前の馬車が遅れて来るなんて」


 いつもは時間通りに到着するジークの馬車が珍しく来ていない事に首を傾げると、少しばかりジークが苦笑をして見せた。


「まあ、こういう日もあるだろう。別段、焦る事も無いし」


 そう言って門柱に腰を掛けるジーク。少しばかり悩んだ後、俺もその隣に腰を掛けた。


「……どうした、ラインハルト? お前の馬車、来てるけど……帰らないのか?」


「一人で居るのも暇だろうから、話し相手ぐらいにはなってやるよ」


「……なんか変なモノでも食ったか?」


「食ってねーよ!! つうか、別に珍しい話でも無いだろうが……その、学友なんだしよ」


 ふんっとそっぽを向いて見せれば、少しだけ驚いた様な顔を見せた後、ジークが微笑んだのが分かった。


「助かる。一人は暇だからな」


「だろ?」


「ああ。だが……意外だったな。お前が真面目に通う様になるとは。それどころか、毎日勉学に、稽古に勤しんでるだろう?」


「俺だってそう思う」


 本当に。最初はぜってー、途中で来るの止めようと思ってたくらいだしな。


「どういう心境の変化か聞いても良いのか?」


 どういう心境の変化、か。そうだな……


「……親父に好きな様に生きろって言われたからな。だからまあ……好きな様に生きて見ようかと思ってな」


「此処に来るのは『好きな事』なのか?」


「好きな事って云うか……まあ、面白いな」


 ジークと話をするのも結構面白いし、リリー嬢……リリーに稽古を――まあ、同い年の、しかも女の子に稽古を付けて貰うってのも情けない話ではあるが、稽古を付けて貰うのも楽しい。メアリ嬢――メアリ『姉さん』の勉強は厳しいが……それでも、最近は『良くできましたね、ラインハルト』と褒めて貰う事も多い。


「……面白い、か」


「ああ。面白い」


 そして、何より。



「アリスか?」



「……まあ……うん」


『大人にならなくても良い』という言葉は、俺にとっては魔法の言葉だった。どこかで、父に、兄に早く追いつかなくてはと、負けるわけには行かないと――近衛騎士として、立派に生きなければいけないと思っていた俺の頑なな心を溶かしてくれたのは、きっとアリスだ。


「……一応、言っておくが」


「分かってる。お前の婚約者だろ?」


「……分かっているなら良い」


 不満そうなジークの顔に思わず苦笑が漏れる。


「……王族だろうが、お前。そんなに感情が顔色に出て良いのかよ?」


「……良くはない。良くはないが……アリスに限っては無理だ」


 ふんっとそっぽを向くジーク。なんだかんだ、コイツもアリスにベタ惚れだよな~。


「……そういうお前はどうなんだ?」


「俺?」


「そうだ。アリスの事、どう思ってるんだ?」


「どうって……」


 ……どうもこうも。


「……変なヤツ」


「……まあ、間違いではない」


「リリーや、メアリの姉さん従えてる時点で普通じゃねーだろ? つうかなんだよあの二人。無駄にハイスペックじゃね?」


「……まあな。ある意味、アリスの側にあれほどの人が、しかも二人も居てくれるのは安心と言えば安心だが……」


「……」


「……分かってる。逆に不安じゃないのかと言いたいのだろう?」


「よく分かってるじゃねーか」


 どう考えてもあの二人、アリス大好きだもんな。もしかしたら、一番ジークの『婚約者』としての立場を脅かすのってあの二人かもしれねーぞ?


「……そうならない様に努力するつもりだ。リリー嬢にもメアリ嬢にも、アリスの婚約者として認めて貰える様にな」


「……その為に一生懸命、此処に通っている、と」


「……無論、アリスの事だけを考えている訳ではない。いつか、『王』として、この国の頂きに立つものとして……この国が素晴らしい国になる様にしたいと思う。メアリ嬢は見識が広いし、学ぶことは沢山ある。お前だってそうだろ? だから、リリー嬢に稽古つけて貰っているのではないか?」


「……まあな」


 情けない話だけどな。


「……それじゃ、それがお前の目標か?」


「……そうだな。よりよい国にしたいと思う。その上で……その隣で、アリスが微笑んでくれていたら、言う事はない……かな?」


 自信なさげにそう言って笑うジーク。


「……良い目標じゃねーか。良い国に、楽しい国にしてくれ」


「ああ。頑張るさ。まだまだ努力は必要だが……途中で諦めるつもりはない」


 そう言ってジークはこちらに視線を向ける。


「お前はどうなんだ?」


「俺?」


「ああ」


「俺は……」


 俺の家は近衛騎士の――騎士の家系だ。


 父上は『別に世襲ではない』って言っていたけど……でも、やっぱり染みついた生き方ってのは簡単に変える事は出来ないし……なにより、やっぱり『騎士』が好きなんだよ、俺は。騎士としての生き方が、好きで、好きだから。




「――やっぱり俺は、剣を捧げたいかな」




 だから、やっぱりこの生き方は変えられない。


「……私に捧げてくれるのか? そのお前の剣を」


「……そうだな」


 ジークに剣を捧げる、か。まあ、コイツは立派な王になりそうだし、それも悪くはない。悪くは無いが。


「騎士ってのは、守りたいものの為に剣を捧げるもんなんだよ」


「……私では捧げるに足りない、と?」


「そうじゃなくて」


 その言葉に苦笑を浮かべる。どんだけネガティブなんだよ、コイツ。別にそうは言ってないだろ? お前だって、守ってやりたいよ。でもな?



「――お前『も』、守りたいものだけど……同時に、アリスも、リリーも、メアリ姉さんも守りたいもんなんだよ、俺は」




 ――俺の守りたいものは、多すぎるんだ。




「……浮気性か」


「どこがだよ? 一貫してるだろ?」


「あれもこれも守りたいんだろ?」


「ちげーよ。俺はお前も守りたい。お前の婚約者であるアリスを守りたい。アリスの侍従であるリリーとメアリ姉さんを守りたい」


「……」


「確かに浮気性っぽく聞こえるかも知れないけどな?」


 これってさ?


「未来の『王家』を守りたいって事にならねーか?」


「……」


「違うか?」


「いや……確かに、違わない」


「だろ?」


「ああ……そして、立派な目標だと思う」


「まあ、まだまだだけどな?」


 リリーやメアリ姉さんより弱い時点で、守るなんて言ってらんねーよな。


「……努力が必要だな、お互い」


「だな。まあ、頑張ろうぜ」


 丁度、ジークの馬車がやって来た。『それじゃあな』と、ジークに片手を上げて俺は馬車に乗り込む。小窓から見えるのは、馬車に乗り込むジークの姿で。



「……まあ、お前とアリス、二人が同時に危機に陥ったら――助けるのはきっと、アリスだけどな」



 ――この感情はきっと不敬だろう。


 そう思いなおし、俺は少しだけ肩を落として馬車の背もたれにその身を預けた。



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