第二十一話 近衛のお仕事
「……」
「……」
「……」
「……さて」
もう一度、額に流れる汗を拭いて木剣を手に取るラインハルト。いやいや!
「いや、喋らんのかい!」
思わず突っ込む。そんな私の声に、ラインハルトが面倒くさそうにこちらに視線を向けた。
「なんだよ?」
「いや、今の流れなら『実は……』みたいな会話の流れになるんじゃないの? 理由があるんでしょ、アンタにも。最初から敵意、むき出しだったし」
「……」
「ほれ? 言ってみそ? 言えば楽になる事もあるでしょうし」
「……言う必要はない」
「あるわよ」
「なんでだよ?」
「あんね? アンタが望もうが望ままいが、我が家に来るのは絶対なんでしょ? んだったら、来るたび来るたび、拗ねたように木剣なんて振られたら迷惑なの」
雰囲気、悪くなるじゃん。
「……じゃあ、来なければ良いのか?」
「出来んの?」
「それは……」
「出来ないでしょ? んじゃ、さっさと理由を話せ。解決出来ることとか、妥協できる所はこっちも妥協してあげるから」
「……」
「どうしたの? ほれ、言ってみなさい」
「……そこまでして貰う理由はない」
「アンタに無くてもこっちにはあんの。正直、庭で木剣振られたらウザいし」
二人以上人間がいて、円滑に人間関係を進めたいなら、どっかで誰かが少しずつ我慢が必要だ。そんな私の言葉に、少しだけ戸惑った表情を見せた後、ラインハルトは口を開いた。
「……我が家は近衛騎士の家系だ」
「知ってる」
「父も祖父も、曾祖父も……伯爵でありながら、ずっと近衛騎士として生きて来た。近衛騎士とはどういうものか、どういった存在か、俺はその教えや生き様を真近で見て来た」
「……」
「……近衛騎士とは……どういう存在だと思う?」
「……近衛騎士とはって……」
……どういう存在? なんつうか……
「キラキラのイケメン?」
「……なに言ってんだよ、お前?」
うっ! じとっとした目を向けるな! だ、だってさ~。どんなゲームだって近衛騎士はイケメンって相場が決まってんじゃん!!
「……確かに、近衛騎士の条件の中の見目が麗しい、というのは重要な要件にはなる。どの程度『麗しい』かはまあ……判断に任せるけどな」
「話の腰を折る様でなんだけど……ちなみに、聞いても良い?」
「なんだ?」
「なんで近衛騎士ってイケメン多いの? 別に平民からスカウト掛けてる訳じゃ無いんでしょ?」
「詳しい事は俺も知らねーけど……でもまあ、俺の父上もそこそこ顔は整ってるしな。俺の母上も社交界の華と謳われた美しい方だ。その息子の俺も……まあ、客観的に容姿は整ってる方じゃねーの? 近衛騎士は貴族ばかりだし……そういうものじゃないのか?」
「……なるほど」
伯爵というお家柄、近衛騎士というお役目、加えてイケメンなら、確かに引く手あまただろう。イケメンが美人を娶るから、生まれて来る子供もイケメンって事か。なにそのイケメン無限ループ。遺伝って怖い。
「ごめん、話の腰折って。なんか理解したわ。続けて貰っていい?」
「……まあ、近衛ってのはよ? ぶっちゃけ、そんなに強くもねーんだよ。貴族の息子ばっかりだし、そこまで一生懸命鍛錬積んでるヤツってのも……多くはねー」
「そうなの?」
「さっきも言ったけど、『見目麗しい』ってのも要件だからな。王の周りに侍り、外国の使者なんかの接待が主な仕事になってくるんだよ」
……そう言われて見ればそうか。近衛騎士が王の近くにいる限り、近衛が活躍する時ってのはそれ即ち、王宮深く攻め入られた時って事だもんな。そこでどんなに近衛が頑張っても、もう戦況なんてひっくり返しようが無いだろう。そこまで強い奴なら、最初から前線に投入するわな。
「……だが、近衛だって騎士だ。騎士である以上、主君は守る必要がある。そして、決して強くはない近衛騎士は命を賭してでも、主君である王を守る必要がある。どれだけ劣勢でも、どれだけ覆せない状況であっても……その命に代えても、王をお守りする必要がある」
「……王の一番近くにいるから?」
「そうだ。だから……」
言い淀み。
「……俺は、今の父上のお考えが分からない」
「……」
「お前も言った通り、アレン殿下の派閥はかなり厳しい。エカテリーナ様とジーク殿下の仲が改善された以上、アレン殿下が王になる事は……なにが起こるか分からんが、難しいのは予想が付く」
「……だろうね」
「……だからと言って……そんなに軽々と、乗り換えても良いのか? そんなに打算で動いて良いのか? 付いていた王の勢力が弱くなったら、すぐに他所に乗り換える、そんなのが近衛と名乗って良いのか?」
「……それは」
「近衛は、王を守る騎士だ。守るべき王が、守るべき大事な人が……そんなに簡単に大事じゃ無くなって良いのか? 良い筈無いだろう? 近衛は国王陛下の代わりに剣となり、盾となり、陛下をお守りするのが仕事だ。仕事の筈なんだ。なのに……」
そんなに簡単に、『陛下』を、守るべき人を。
「……裏切って……良いのか?」
「……」
「……だから、父上の考えが俺には分からない。此処に来る意味も、意義も見いだせないんだ。なんで、俺は」
――此処に来ているんだろうな、と。
そう言って、少しだけ悲しそうにラインハルトは笑んで見せた。
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