第二十話 きっと、彼女は……いや、失礼じゃないか、おい!
「……来たんですね、ラインハルト様」
「……父上に言われているからな。一緒に勉強なんぞするつもりも無いが……それでも、此処に来る必要はある」
そう言ってふんっとそっぽを向くラインハルト。流石にアレだけ叩きのめされれば、翌日は来ないと思ったが……マジでメンタル、ぶっ壊れてるんじゃね?
「……なにか失礼な事を考えていないか、お前?」
「いいえ」
おっと、危ない。まあ、来たいなら……来たくも無いんだろうけど、来るんなら来て貰っても全然構わないが……
「勉強、しないんですか?」
「男女七歳にして席を同じくせず、と言うのがバッテル伯爵家の家訓だ。一緒に勉強など出来るか」
……いや、じゃあなんでお前の所の父親は我が家にお前を送り込んだんだよ。一緒に勉強会に参加させてくれって来たって聞いたぞ、こっちは。
「……なんだ?」
「いえ……なんでも無いですけど」
んじゃ、なんで来たし?
「……此処に居れば父上も……そうだな。『安心』するからな」
「安心?」
「別に俺に構う必要はない。お前らはお前らで勝手にしておけ」
言うが早いか、背を向けて庭の中央に向かって歩くラインハルト。そんな姿を眺めていると、ジークが傍にやって来た。
「……すまない。ラインハルトは何か失礼な事を言っていなかったか?」
「別に失礼な事とかは無いですけど……なんでジークが謝るんですか?」
「こういう言い方はなんだが……言ってみれば我が家のお家騒動にアリスを巻き込んだ形になっている訳だしな。謝罪ぐらいは必要かと思って」
「……はぁ」
まあ、言われて見れば第一王子派と第二王子派の派閥争いにモロに巻き込まれている感は否めない。否めないが。
「既にウチの家もどっぷり話に噛んでますし……そんなに気にされなくても良いですよ?」
ウチの家だって第一王子派、しかも渦中の人の婚約者に愛娘を送り込んでいる訳だし、全く無関係とはいえない。どころか、私だってこの権力争いのど真ん中に居るんじゃね? しかも、私自身は覚えて無いがジークとの結婚を望んだのは『今』じゃない私なんだろ?
「……それでもだ。お前に傷ついて欲しくは無いからな、俺は」
「そうですか?」
そこまで気にして頂かなくても良いけど……まあ、ジークがそう言うなら、それで良いか。
「分かりました。それでは……今日は、修辞学の勉強でもしましょうか。メアリは一通り修辞学を修めていますので、メアリに講師代わりになって貰おうと思っています」
ちなみにメアリさん、私達より十個上の十七歳だ。学園の入学が十五歳、卒業が十八歳で日本の高校生と同じくらいと考えると。
「……凄いな、メアリ嬢」
「十二歳で卒業してますからね、学園」
本当に。しかも入学したのは十歳、私が生まれたのをきっかけに『お嬢様の為に!』とかなんとか言って飛び級で入学してスキップで卒業したらしい。よくいるチートキャラだ。
「……さあ! ともかく、お勉強しましょう!」
庭でひたすら素振りをするラインハルトを横目に、私たちは室内へ足を運んだ。
◆◇◆
修辞学、という学問は物凄くざっくり言えば簡単な事をどれだけ難しく言えるか、という学問である。うん、『そうじゃねーよ!』という批判は甘んじて受け付ける。冗談はともかく、元々は法廷弁論として発達した学問であり身振り手振りを交え、比喩や擬態法、擬人法、倒置法なんかの修辞技法を用いてどれだけ大衆を説得出来るだけの論陣を張れるか、みたいな学問だ。その性質上、国政や領主として領地の経営に携わる事になる貴族、或いはエリート官僚を目指す平民に取っては重要な学問であり、学園入学に際しての必須科目であったりする。
尚、『わく学』は学園乙女ゲーである以上、定期試験をこなすというミニゲームが付いていたが、この『修辞学』のミニゲームは『実技』と『学科』に分かれており『身振り手振り』を表現したつもりなのか、実技に関しては完全に音ゲー、しかも判定がクソシビアであり、学科に関しても『正しい修辞技法を選びなさい』という問題が百問出る上に……答えが間違っているという鬼畜仕様だったりする。ミニゲームの筈なのに成績次第では留年、即バッドエンドと今後の展開にがっつり絡んで来る辺り、流石『わく学』と言うべきか。
「……疲れた」
そんな修辞学の授業がみっちり二時間。流石に疲れた。ちなみにメアリ曰く、『リリー様が優、アリス様が良、ジーク様が可、でしょうか』という事なので、大学なら全員単位は貰えそうである。まあ、私だって前世では大学まで出たOLだし、これぐらいは出来て当然と言えば当然である。むしろ、リリーが半端ない。
「……ん?」
休憩の為に外に出た私の目に留まったのは庭で必死に木剣を振るラインハルトの姿だった。体中から滝の様な汗が流れ落ち、キラキラと輝いて見える。っていうか……まさか。
「……ラインハルト様?」
「はぁ……はぁ……ん? なんだ、お前か。勉強は終わったのか?」
一心不乱に木剣を振っていたラインハルトに声を掛けると、その動きを止めてこちらに視線を向けるラインハルト。
「まさか、ずっと木剣を振ってらっしゃったのですか?」
「……そうだが?」
……マジか。
「お水でもお持ちしましょうか? 後、タオルも……」
「タオルは要らない。袖で拭けば良いし……水もいらない」
「水もご用意されているので?」
「いいや」
「では!」
水分補給は大事だぞ。しかもその汗じゃ、飲まないと脱水症状になる。
「いらない。お前の家で出された水など飲めるか。昨日も言ったが、敵対派閥だぞ?」
「……」
……はい、カチンと来ました。
「そこまで浅慮だと思いますか?」
「浅慮?」
「はい。仮に……ああ、もう。面倒くさい。いい? もしアンタがウチの水飲んで倒れたりしてみなさいよ? 疑われるの、絶対ウチじゃん?」
私の言葉遣いの変化に、驚いた様な顔を浮かべるラインハルト。そんなラインハルトに構わず、私は言葉を続ける。
「……っていうかさ? そもそもアンタらの派閥ってエカテリーナ様ありきの話でしょ? エカテリーナ様とジークの間がちょっと微妙だから、その隙を付いてアレン王子を擁立しようっていう……言ってみれば、そんな作戦なワケでしょ? んでも、今はジークとエカテリーナ様の仲は良好。つまり、派閥の意味も無いワケじゃん? そんな派閥に対して、隙を見せる様な事、すると思う?」
勝ちが見えている勝負でわざわざ反則を犯す必要はないだろう。そういう事だ。
「……」
「……なによ?」
「いや……お前、意外に頭が回るんだな?」
「……アンタ、私の事なんだと思ってんのよ?」
「なんだって……」
一息。
「……猛獣使い?」
「よし、分かった。物理で話し合いがお好みらしいな?」
必殺のドロップキックが火を噴いた後、リリーとメアリをけしかけてやる! ……あれ? やっぱり猛獣使いか?
「冗談だ。冗談だが……」
木剣を置いて、服の袖で汗を拭いて。
「……まあ、それだけでは無いんだ。俺にも……色々あるんだよ」
そう言って、ラインハルトは遠くを見つめた。
……あ、これ、『語り』が入る、面倒くさいヤツだ。
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