第十九話 サルバート家の寄子はマジでヤバい。
「……有り得なくないか? サルバート家の所の寄子。ヤバすぎだろう?」
「……こう……それに関してはコメントのしようがないと申し上げましょうか」
私の制止も聞かず、『じょ、上等だ!! 猪がなんだ! そんな事で俺が怖気付くと思ったのか!!』なんて言ったラインハルトだったが……結果は惨敗。秒で意識を刈られた上に、顔面への蹴りやらパンチやらを喰らって敢え無く二度目のダウンとなった。上下の別は無いとは言え、流石に我が家での出来事だ。放置しておくわけにも行かず、救急セットを家から引っ張り出して来た私がラインハルトの治療に当たっている。え? なんで公爵令嬢の私が治療してるかって? いや、普通に考えてリリーとかメアリにさせれんでしょう、怖くて。二次災害起きるわ。
「……っ! し、染みる……」
「男の子でしょう? 我慢為さって下さい」
「……誰のせいでこうなったと思っている」
「え? ラインハルト様のせいでしょう?」
「う……」
まあ、流石に此処までやる必要はあったのかってぐらいボコボコにしたのはこちらの落ち度だが……女子相手に本気で掛かって行って返り討ちにあったのは自業自得だろう。
「リリーは……いえ、リリーに限らずメアリもですが、一般の貴族令嬢より強いです」
「一般の貴族令嬢どころの話では無いけどな、アレ。化け物じゃねーか」
「……もう一回、勝負します?」
可愛い貴族令嬢に向かって化け物とはなんですか、化け物とは。
「そ、それはもういい! そうだな! 化け物は失礼だった! 猛獣だ!」
「あんまり変わってない気もしますが……まあ、そうですね。かなり強いです。私、言いましたよね? 止めておけって」
ウチの寄子が規格外であることは認めるし、過剰な攻撃を加えた事に対しての謝罪はしても、元々喧嘩を吹っかけて来たのはラインハルトだ。それに関しては詫びるつもりも、引くつもりもない。
「……」
「……違いますか?」
ぎゅっと拳を握りしめ、唇を噛みしめるラインハルト。さて、どんな暴言が飛んでくるかと身構えていた私に、ラインハルトは肩の力を抜いてほうっと息を吐く。
「……そうだな。確かにお前……アリス嬢は止めていた。それでなくてもちょっと女に負けたぐらいでいきり立ったのは俺の責任だろう」
「……へ?」
「……済まなかった。それと……治療、ありがとう」
そう言って頭を下げるラインハルト。は? なに、この子、なんでこんなに素直なの? あ! ま、まさか……
「……ええっと……もしかして、治療受けたからそんな事言ってます? 気持ち悪いほど素直なんですけど?」
そうだとすれば、流石『わく学』というべきか。なんせ、攻略対象がなんでヒロインにホレたのか、その心の動きの描写のお些末さには定評のあるゲームだ。そのポンコツ具合は『チョロイン』という言葉の派生形として、『チョーロー』という言葉を生んだ程である。語呂の悪さ、此処に極まれりという感じであるが。
「……お前も俺の事を馬鹿にしているのか? 自らに悪い事があれば素直に認めるし、施しを受ければ礼ぐらいはする」
そう言ってふんっとそっぽを向くラインハルト。ええっと……マジでか。ごめん、正直そんな事出来ない子だと思っていました。
「施し、という程大した事をしたつもりも無いですが……まあ、感謝は受け取っておきましょう。どう致しまして」
「ああ、そうしろ。それと……俺が悪いのはまあ認めるが、お前の所の寄子も、もうちょっとなんとかしろ! 意識失った相手に殴る蹴るって明らかにやり過ぎだろうが!」
「……それに関しては……ハイ。申し訳なかったです」
そう言って丁寧に腰を折る。うん、流石にアレはマジでやり過ぎだったからね。リリー曰く『でも、手加減はしました。痣の出来ない殴り方もしましたし』とか言ってたが。なんだよ、痣の出来ない殴り方って。暴力のプロか。
「……まあ、それも偏に俺の鍛錬不足が招いた結果だが……まだまだ精進が足りん」
「……精進でどうこうなるレベルじゃない気もしますが……その、頑張って下さい」
「ふん! お前に言われるまでもない。頑張るさ」
そう言って、不敵な笑みを見せるラインハルト。
「……お前こそ、良いのか? 俺が今以上に精進しても?」
「? どういう事でしょうか?」
ラインハルトが精進して強くなろうが……まあ、成長しなかろうがどっちでも良いと言えばどっちでも良いのだが……頭に疑問符を浮かべる私に、ラインハルトは不敵に笑って。
「――そんな事も分からないのか? 俺はお前らの、敵対派閥のリーダーの息子だぞ? そんな俺が実力を付けて」
――お前らは良いのか、と。
「……」
いや……正直、驚いた。ラインハルト、唯の脳筋キャラかと思っていた。そこまで考える事が出来るとすれば、最初に取った態度も、メアリの言った通り――
「……え?」
――では、無く。
「……なんだ、『え?』とは」
「いや……ラインハルト様がどんなに強くなっても、リリーには勝てないんじゃないですか?」
『女子供』と馬鹿にしていたリリーに、秒で仕留められた癖にそんな事を言えるメンタルに、だ。結構ガチ目で驚いたんだが。
「おまっ!?」
「いや……なんか逆に凄いです。ある意味、尊敬します」
「馬鹿にしてるだろう!?」
「いや、本当に。普通は言えないです、そんな事。メンタル、本当にお強いんですね」
別に痺れたり憧れたりはしないが、メンタル強いって結構な武器だし。この場合、メンタルが壊れてるのかも知れないけど。
「~~っ!! も、もう良い! 今日は帰る!!」
「あ、もう帰られるんですか? お帰りはあちらです」
「分かってる!!」
そう言ってふんっとそっぽを向いて大股で門に向かうラインハルト。そんなラインハルトを見送っていると、ジークが隣にやって来た。
「アリス……お前、本当に鬼だな?」
「何がです?」
「……いや、なんでもない。そ、それより、アリス? 先程私もリリアーナ嬢に稽古を付けて貰ったんだ」
「そうですか。それは……良かったですね、殿下! 楽しかったですか? リリーは強いので勉強になったでしょう!」
「……お前、本当に鬼だな? 婚約者が他の女性と……まあ、良い。それで、少しその……肘を擦りむいてしまって」
そう言って肘をこちらに向けるジーク。ああ。
「治療ですか?」
「そ、そうだ! その……あ、アリス? よ、良かったら――」
「救急箱はそちらにありますよ? 使いますか?」
「――……」
「……ジーク? どうしました?」
「……もう良い」
なんだか拗ねてしまったジークに首を傾げ――明日からどうなるのかな~なんて呑気な事を私は考えていた。
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