第十八話 希望と絶望。あ、希望は無かったわ
「な、なんなんだ、コイツは!! 何を考えているんだ!!」
「も、申し訳ありません」
目を覚ましてきょとんとした表情でリリーを見た後、怒り心頭に達したのか、私に対して唾を飛ばすラインハルト。対して私は平謝りだ。
「アリス様が頭をお下げになる必要はありません! 私の責めに御座います!!」
私が頭を下げた事で、びっくりした様な顔をして慌てるリリー。いや、まあ確実にアンタのせいではあるんだけどさ?
「……寄子のした事は寄親の責任。特に貴方、私の侍女になるつもりなのでしょう? なら、私が頭を下げるのが筋よ」
部下の粗相は上司の責任だ。使用者責任、だっけ? それだ、それ。
「で、ですが……アリス様は公爵家令嬢です!!」
「公爵だろうが王族だろうが悪いと思ったら頭を下げます」
まあ、本当は王族が軽々しく頭なんか下げちゃダメなんだろう。公爵だって多分それは同じなんだろうけど……私、前世はOLだしな~。頭なんか擦り切れる程下げてるし、別に痛痒は感じないんだよね。
「……アリスの言う通りだ」
「……ジーク殿下」
「私は――俺は、此処で学問は勿論、『人の心』を学びたい。この勉強会において、身分の上下は不問とする。悪いと思ったら私も頭を下げるし、他のモノも同様にしろ」
「……へぇ? それじゃ俺がアンタに不敬な口を利いても不問にしてくれるって事だよな?」
そう言って挑戦的な笑みを浮かべるラインハルト。その笑顔は獰猛そのもので、まるで獲物を狙う様な――
「――私に一撃でのされた癖に、何舐めた口を利いているのですか、ラインハルト様?」
……それ以上に獰猛な野生児がおられました。リリー!
「リリー!」
「恐れながら申し上げます、アリス様。先程殿下が仰られた事に従い、此処では身分の上下は不問となりました。で、あれば、アリス様が私の為に頭を下げる必要は御座いません」
いや、そりゃそうかも知れんが……でもさ? ラインハルトの顔、真っ赤だぞ?
「あ、あれは油断しただけだ! っていうかだな? そもそも、どこの世界にいきなりラリアットしてくる貴族令嬢が居るんだよ!!」
「此処に」
「此処にじゃねえよ!」
「そもそもラインハルト様? 貴方が『どこでも殴って来い』と言ったのですよ? だから、私は遠慮なく一撃、かまさせて頂きました」
「俺は殴れって言ったんだよ!! なんでラリアットなんだ!」
「……なるほど。ラリアットは御不満だった、と」
「当たり前だ! 首に入ったぞ、首に!! 普通、胸とか腹だろうが、殴るのは!! 首は危ない!!」
仰る通りだ。流石に首は危ないよな、うん。
「……なんだか満足そうに頷いているが……普通は腹にドロップキックもしないからな?」
「……煩いですよ、ジーク様」
「……」
「……どうしました?」
「さっき、俺は言っただろ? 身分の上下は無しだ。『様』付けもいらない」
「……ですが」
「無論、公の場では『様』や『殿下』は要るだろう。だが……此処でぐらいは、『ジーク』と敬称を付けずに呼んで貰えないか?」
まるで懇願するような目でこちらを見るジーク。なんだ、コイツ。可愛いじゃねーか。
「……分かりました。その……ジーク」
「っ!! な、なんだ、アリス!?」
え? ちょっと食い気味で怖いんですけど!! なに興奮してるんですか、殿下!?
「よ、呼んでみただけですが……」
「そ、そうか! 呼んでみただけか。うん……うん! 良いな! 良いぞ!」
……なにが?
「って、なんでそっちは微妙にいい雰囲気になってんだよ!! こっちの話を聞け!!」
私たちのやり取りを聞いていたラインハルトの怒りが頂点に達した。いや、まあ……そんなにいい雰囲気でも無いと思うが……
「……はぁ。それではどうすれば納得されるんですか、ラインハルト様? ラリアットがダメなんですか? もうしわけございませーん。もうしませーん……これで良いですか?」
「良いわけねーだろうが!? っていうかお前、それで本当に許されると思ってんのか!? だとしたら一周回ってすげーぞ!!」
「そのように褒められると、照れてしまいます」
「褒めてねーよ!!」
「ええ、知っています」
「お前、俺の事馬鹿にしてるのか!?」
「馬鹿にしてる訳ではありません。馬鹿だと思って、馬鹿と接するようにしているだけです」
「し、子爵令嬢風情が!!」
「……あらあら? ご自身は殿下に不敬な言葉遣いをしても不問だろうとご確認されていた癖に、自身が不敬な口を利かれるのは気に喰わないと?」
「そ、そういう問題ではない!!」
「そういう問題でしょう? 本当に……情けない男ですこと」
そう言ってリリーは扇子を口元に当てて――って、ちょっと待て。今、その扇子何処から出したんだよ?
「メイドの主人への愛は時に空間を超越しますので」
「しないよ!? 後、ナチュラルに心を読まないでくれる!?」
っていうか、愛関係なくない?
「マウントを取りに行く以上、相手を嘲る為の小道具は何処からでも取り出す必要がありますので。臣下であるリリー様の下に屈するという事は、それ即ちお嬢様に屈したのと同じですので。全ての臣民をお嬢様に跪かせる日もそう遠く無いかと」
「世界征服でもするつもりか」
望んで無いんですが、私。
「……分かった」
おろ? リリーVSラインハルトに何か動きがあったか?
「勝負だ!! 先程は所詮、女子供と馬鹿にして遅れをとったが、本気を出せばお前なんぞに負けるか!! どちらが上か、はっきりさせてやる!!」
「あらあら? 仮にも騎士を目指す殿方が女子供相手に本気で立ち会うと? 大した騎士道ですこと?」
「へ、屁理屈言うな!!」
「どこがですか? 屁理屈どころか正当な訴えじゃないですか。アリス様~。この人、か弱い令嬢に手を上げてこようとしています!! 怖いです!!」
「お前のツラの皮のアツさが怖いわ!! か弱い令嬢はラリアットなんかしてこねーよ!!」
肩ではぁはぁと息をしながらそんな事を言うラインハルト。うん、その通りだね。
「……はぁ。分かりました。それでは正々堂々、勝負しましょうか。まあ、女子供相手に手を上げる時点で正々堂々も無い気もしますが」
「ぐぅ……わ、分かった! それではハンデをやろう!! お前は武器を使っても良い!! 俺は素手で行く!!」
……あかん。それは止めておいた方が良いって。
「あの……ラインハルト様?」
「なんだ!!」
「その……リリーに武器を使わせるのは止めておいた方が良いかと」
「……武器の扱いになれているのか? だが、それぐらいのハンデは――」
「その子、弓で熊仕留めますよ?」
「――……はい?」
「ちなみに素手で猪もヤッてます」
「……」
……おお。ラインハルト、ポカンとした顔してます。そんなラインハルトを見やり、リリーはポンと手を打って、美しい笑顔を浮かべて。
「……ああ、ハンデで素手で行きましょうか? お恥ずかしながら私……素手が一番、苦手ですので」
……やめてあげて! ラインハルトの顔、絶望に染まってるから!!
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