第百四十五話 リゼの気持ち
「……粗茶ですが」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
『店の前でもなんだから』という事でリゼに招き入れられた店内の一室。あまり慣れていないのか、カチャカチャと音を立ててリゼが私と、隣に座ったリリーの前に紅茶の入ったカップを置くと、もう一つのカップを私たちの前に置いて腰をおろした。
「……卑賎の身ですので、貴族様に飲ませる事が出来るような紅茶も作法も心得ていませんが……」
「あ、いえ。今日は本当にプライベートですので……しかも、急にお邪魔したのはこちらです。礼儀とかも言いませんし、別に敬語じゃなくても構いません」
「……そう? そっちのお嬢さんも?」
「アリス様が良いと仰るなら」
「んじゃ、有難くそうさせて貰うよ、アリス様」
「はい」
「んで? なんでアリス様と……ええっと……」
「リリアーナです」
「リリアーナ様はこんな場末の花屋さんにまで顔を出したの? 私になんか用?」
「……ええっと……まあ、その……」
どう話をしたものか。そう思う私を横目にリリーが口を開いた。
「――端的に言います。シャルロッテ・ゲーリング様を御存じですよね? 彼女が貴方を探しています。一度、逢って貰えないでしょうか?」
「リリー!?」
いきなり核心に迫り過ぎだろうが!!
「もうちょっとあるでしょ!? なんでいきなり本題に入るのさ!! こういうのってもうちょっとこう、色んな話をしてからさー!」
「回りくどいですので。リゼ様もお仕事中でしょうし、単刀直入に申し上げた方がお互いの為では無いですか?」
「うぐぅ……」
いや、まあ……そう言われればそうなんだろうが……にしても……はぁ。仕方ないか。
「……えっと、リゼさん?」
「……シャルロッテ様が……私を、探している? 何かの間違いじゃないかしら? シャルロッテ様が、私なんかを探すはず無いじゃない。っていうか、アリス様がなんで?」
「シャルロッテ様の学友です、私。まあ、確かにより正確には探してはいないかも知れないんですが……今でもシャルロッテ様の心の中にはリゼさんが居ると言いましょうか……」
「……どういう事?」
不思議顔で首を捻るリゼ。そんな姿に、私は。
「端的に言って、無茶苦茶絡まれてます、シャルロッテ様に。主に、貴方にした……その、私の仕打ちのせいで」
「…………へ? ちょ、ちょっと待って? 私、別にアリス様に何かされた記憶、無いんだけど!? 何かされてたの、知らないうちに!?」
「あ、いえ、私自身もしたつもりは無いんですけど……言いにくいんですが、私が『サルバート印』を作った時に、リゼさんもお店を王都に出されたとか……ち、誓って言いますが、貴方のお客さんを奪ったりしてはいませんよ!! ですが、まあ……そのせいで貴方の夢を奪ってしまった事にご立腹と言いましょうか……」
「……ああ」
私の言葉にきょとん、とした表情を浮かべながらそれでも何か理解したかのように苦笑を浮かべる。
「……そういう事か。そっか。もう学園に通う年か、シャルロッテ様」
「はい」
「情が厚いしね、シャルロッテ様。『リゼのお店を潰した!』みたいな絡み方をしている、と」
「あの……すみません、その節は」
「ん? ああ、別に良いよ。気にしてないし」
「……本当にですか?」
気にしてない、なんてことがあり得るんだろうか? そんな私の疑問の言葉に、困った顔を浮かべるリゼ。
「あー……まあ、最初はちょっと恨んだよ? 私の期待していた大口のお客、サルバート印に取られたからさ? なんてことをしてくれてるんだ! って思ったもん。それからは喰うや喰わずの生活だったし、実家には戻れないしで……まあ、毎日毎日『サルバート印』の店舗睨んでたし。私も若かったからさ~」
「……」
「……でもまあ、今となってはそんな事は無いかな? あの当時の私に、『サルバート印』を超える……とまでは行かなくても、肩を並べる程度の実力があれば良かった訳だしね。そすれば、あのお客さんだって引き留められたと思うし」
「貴族の力を使って、とかは……」
「そう思っている相手のデザインで娘の服を作ろうと思うと思う?」
「……」
……確かに。そう思っているんなら、娘の服のデザインには採用せんわな。
「……『サルバート印』の服は、革新的で洗練されていた。私が想像し、創造した服じゃ太刀打ち出来ないのは直ぐに分かったよ。だから、まあ……結構早い段階で諦めは付いたかな~。悔しくないと言うと嘘にはなるけど……恨んでは無いね。恨むぐらいならもっといい服を作ったしさ? だからさ? そのことについてアリス様が気にすることは無いよ」
「……そうですか」
そう言って貰えると、ちょっとだけほっとする。と、リリーが唐突に口を開いた。
「一つ、宜しいでしょうか?」
「なに?」
「貴方はシャルロッテ様に取って姉の様な存在だった、とお聞きしております。ならば、シャルロッテ様に頼るという事も出来たのでは無いですか?」
「あー……まあ、ね。シャルロッテ様は情にも厚い方だし、頼ったら助けて貰えたかも知れないね」
「それで無くても……少しぐらい、顔を出すなりなんなりの配意は必要では無いでしょうか? 慕っていた『姉』が急に失踪したら……誰だって心配になるでしょう?」
そう言って胡乱な目を向けるリリー。えっと……リリー?
「……なんかシャルロッテ様の肩を持っている気がするんだけど……気のせい?」
「肩を持っているという訳ではないのですが……純粋に、疑問なのですよ。例えばアリス様? もし、私が急に居なくなったら、アリス様は心配して下さらないのですか?」
「心配するに決まってるじゃん」
「悲しんで下さいますか?」
「わんわん泣く。っていうか……駄目だよ、リリー? 居なくならないでよ?」
リリーの服の袖をきゅっと摘まむと、リリーが美しい微笑みを見せて返してくれた。
「……ありがとうございます。大丈夫、アリス様を残して何処にも行きませんから」
そう言って、リリーは視線をリゼさんに移す。
「……これぐらいの事、リゼ様が本当に分からなかったのか、甚だ疑問ですので。この程度の事が分からなかったのであれば……失礼ながら、シャルロッテ様にお逢いになっても意味は無いでしょうし」
「……」
「大好きな相手が、大事な相手が、そばから居なくなったらどう思うか……それが想像出来ない理由は二つです。一つは根本的に人として何かが欠けている」
「リリー!!」
失礼過ぎだろう!!
「失礼。ですがまあ、この線は無いと思います。でしたら、二つ目の理由は」
――リゼ様に取って、シャルロッテ様は大して大事な相手では無かったか。
「……」
「……だから、シャルロッテ様が悲しんでも、どうでも良いと……そういう事ですか?」
「……あー……もしかしてリリアーナ様ってアリス様の寄子の貴族様だったりする?」
「スワロフ子爵家の娘です」
「やっぱり。発想がパティ様とおんなじだもんね」
そう言って苦笑を浮かべて見せる。
「……そうだね。確かに、リリアーナ様の言っていることも一理あるかもね。そう思われても仕方ないかもしれない」
「……」
「でもさ……大事にしてなかった訳じゃないんだ。その気持ちは本当。だから……アリス様?」
そう言って頭を下げて。
「――一度、シャルロッテ様に逢わせて貰えないかな? 勿論……パティ様にも」




