第百四十六話 パティの思いとシャルロッテの決意
リゼに逢いに行った日の夜、リリーと私は連れ立ってシャルロッテの部屋を訪れていた。ちなみにパティには先に声を掛けてシャルロッテの部屋に行って貰ってる。
「……どうぞ。お入りになって」
コンコンコンと三度、ノック。室内から聞こえて来た承諾の声にドアを開ける。
「……お邪魔しまーす」
「夜分、失礼します。シャルロッテ様、パトリシア様」
「ああ、いいよいいよ。気にせず入って~」
「……それは部屋主であるわたくしのセリフでしょう、パティ。まあ……夜も遅いですし、手短に済ませて貰えるかしら?」
「うん、そうする。座っても?」
「立ち話で終わる話ではないのでしょう? 椅子はそちらを使ってくださいな」
やっほーといった感じで手を振るパティと、渋面を作りながらも招き入れてくれるシャルロッテ。そんな二人に『ありがとう』と返して椅子に腰を掛ける。
「……まあ、夜も遅いし、単刀直入に言うね? 今日さ?」
――リゼさんに逢ってきた、と。
「! リゼ!? リゼに逢って来られたのですか!?」
「ちょ、アリス、マジ? リゼお姉ちゃんに逢って来たの!?」
「うん、マジ」
「り、リゼは!! リゼは元気にしていたのですか!? 王都に住んでいるのですか!? 病気や怪我をしていたり、そんな事は無いのですか!?」
椅子を蹴立ててこちらに歩み寄るシャルロッテ。その表情の真剣さに、『あー、本当に心配してたんだな~』というのが分かり、場違いだと思いながらもなんだかほっこりしてしまう。
「……安心して。リゼさん、元気そうだったから。結婚もして、可愛い娘さんもいて……幸せそうだったわよ?」
「ああ……リゼ……」
私の肩に手を置いたまま、シャルロッテが涙ぐみながら安堵のため息を漏らす。そんなシャルロッテの手を肩から離して、私は口を開いた。
「……それで、シャルロッテ様、どうする? 逢いに行きたいんなら段取りするけど……あ、勿論、パティも」
「逢えるのですか!?」
「うん。リゼさんからも『逢える段取りをして欲しい』って言われているし……乗りかかった船だから、私もお手伝いぐらいはするよ」
「そ、それはご迷惑では……」
「いや、私だって此処で放置したら寝覚めも悪いし……まあ、再会も気になるしね」
「……」
「……どうしても嫌、かな?」
「……いえ。ええ、『いいえ』です。貴方に最大の感謝を、アリス・サルバート」
そう言って苦笑を浮かべるシャルロッテ。
「……本当に感謝しています、アリス・サルバート。この恩は必ず」
「いいよ、別に。そんなに恩に感じて貰う事でもないしさ」
実際、動いたのはクリフトだしね。私、何にもしてないもん。
「……そうですか。ですが、それでは私の気持ちも収まらないので……」
「ま、その辺はおいおいで良いよ。んで? シャルロッテ的には何時が良いの、面会日?」
「面会日とは言い方が……ですが、まあそうですわね。じっくり面会をしなくちゃいけませんね? 結婚して、子供までいたのにわたくしに報告も無いとは……寂しいじゃないですか。お説教ですね、これは。ねえ、パティ?」
そう言って楽しそうに笑い、パティの方向を向くシャルロッテ。
「――私は、逢いたくないかな?」
その笑顔が、固まった。表情を強張らせたまま、パティは口を開く。
「……アリス? リゼ姉さん、結婚してるんだよね? 子供も居るんだよね? 幸せそうに暮らしていたんだよね?」
「見る限りは、そうだね」
「別に病気したり、怪我したり……少なくとも、連絡できなかった訳じゃないんだよね? 幸せそうに――暮らしていたんだよね?」
「……うん」
「……ロッテが辛くて、悲しくて、深く、深く落ち込んでいたのに……リゼ姉さんは勝手に幸せになってたんだよね? ロッテが――私が、どれだけリゼ姉さんが居なくて寂しかったかなんか、何にも気にせずに……」
――自分だけ、『幸せ』になっていたんだよね? と。
「連絡の方法も、連絡の時間もあったのに……それをせず、私たちが悲しんでいる間、自分だけ幸せになっていたんだよね?」
「……」
「……そんなの……許せない」
「あ……ぱ、てぃ?」
シャルロッテの呆けた様な言葉に、パティの声が。
「許せない!! そんなの、絶対に許せる訳がないっ!! リゼ姉さんに取って、ロッテは……私たちは、所詮『その程度』のものだったんだ!!」
――心の底からの咆哮が聞こえる。
「……」
「……」
「……」
「……少し、宜しいでしょうか?」
誰しもが沈黙する中、手を挙げたのはリリーだった。
「リリー?」
「……リリアーナ様?」
「私は、パトリシア様の意見に賛成で御座います」
「リリアーナ様! だよね!!」
「ええ。私も立場はパトリシア様と同じ様な……まあ、寄親を何よりも慕う寄子ですので。パトリシア様の憤りは至極尤もだと思います」
「……リリー」
「……想像もできませんが……仮に、メアリ様がアリス様に何にも連絡もなしに何処かに出奔し、そのせいでアリス様を悲しませることがあるのであれば、私は死してもメアリ様を許すことは無いでしょう」
「そうだよ!! リゼ姉さんのせいで、ロッテは悲しんだだもん!! そんな人にロッテが逢う必要はないよ!! リゼ姉さんに取って、ロッテはその程度のものだったんだよっ!! そんな人に逢ったら、ロッテがもっと辛くなっちゃう!! だから、私は絶対反対!! いいじゃん、ロッテ!! 無理して逢わなくても!!」
「え……で、でも! パティも言っていたでは無いですか!! リゼに逢いたいと!」
「逢いたかったよ!! 文句の一つも言って、その後は笑い合いたかったよ!! でもさ……こんなの……こんなの、無いじゃん……あんなに悲しんだのに……あんなに心配したのに……これじゃ、私たち……」
――ばか、みたいじゃん、と。
「……パティ」
「……私たちがした心配は……迷惑だったのかも、知れないじゃん……」
ロッテを見つめ、涙を流すパティ。そんなパティの頭を一撫でして、シャルロッテはこちらに視線を向ける。
「……アリス・サルバート。面談の用意をお願いできますか?」
「ロッテ!!」
「……良いの? パティ、だいぶ反対しているみたいだけど?」
「……パティの気持ちは嬉しいですわ」
「……正直、私は半分くらいはパティと同じ心配してる」
リリーやパティは『寄子』の論理で言っている。それはそれで有難い話ではあるが……そこまで、平民であったリゼに求めるのは酷だ。私で言えば、エリサが仮に私から離れて行っても……そら、寂しいが、文句を言う道理は無いのだ。光魔法の使い手の庇護者、という立ち位置である私ですら、そうなのである。
「……そうですね。ですが……領主は、領民に取って『親』の様な存在であるべきです。彼らの生活が成り立つように、その為に動くのが仕事です」
「……まあね」
「親の愛は無償で、見返りを求めないものでしょう?」
「そこまで達観は出来ないかな~、私は」
「わたくしもですわ。ですから、これは欺瞞です。単純に、リゼに逢いたいのもあります。なにより」
――止まっていた時間を動かさないと、わたくし、前に進めないですから、と。
「……それで、新たな『傷』を負うというのであれば……甘んじて受け入れましょう」
「……りょーかい。覚悟は聞いた。パティには悪いけど、紹介させて貰うわ」
グッと親指を上げる私に、シャルロッテは綺麗に微笑んで、『よろしくお願いします』と頭を下げた。




