39:番外編―強く美しい元老院戦
書き殴った初稿なので、誤字脱字は投稿してから確認しまっす!(ごめんなさい)
最早ただのたまり場となったラヴィーネの店だったが、どうにも今日は様子がおかしい。
その原因となっている元老院は、店に来るなりいつも通り椅子を引っ張り出しカウンターの端に座ると、そのまま何もせずただただぼんやりと一点を見つめていた。
「ちょっとエマ、もしかしてついにじぃじボケちゃった?」
普段忙しなく働き尽くめの姿しか見た事が無い。
その元老院の意外な様子に、些か薄ら寒ささえ覚えたラヴィーネが、エマにこっそりと耳打ちをする。
しかし、何故かエマも、その質問には心底疲弊したように力無い笑みで答えるだけだった。
「まだボケてはおらん。いや、むしろ何も分からぬ程に耄碌してしまえば楽になるやもしれぬな」
「待て待て待って待たれよ待たれい待って下さい元老院殿。ラズー! 元老院殿に膝掛けをー!」
持ち前の根気強さで静かに元老院に寄り添っていたルーファスだったが、持ち前の器量の悪さで即座にパニックに。
結果的にそのパニックは伝染し、ラヴィーネは膝掛けと肩にかけるショールを、ルーファスはたらいで即席の足湯をあつらえるという、謎の連携を見せる。
その間元老院は眉間に見た事も無いシワを刻み、エマは声になら無いほど笑い転げ、終いには吐きそうになり一時店から逃げ出した。
「じぃじ、まだ、元気。暖かい、ありがとう」
全ての感情を押し殺し、最低限の単語を発する元老院に、薬箱を引っ張り出していたラヴィーネは、はっと冷静さを取り戻した。
相変わらずパニックになりながら、湯に浸かる元老院の足のマッサージをするルーファスはさておき、ラヴィーネは元老院の正面に座り、ショールを剥ぎ取る。
「最近、次期元老院になりたいと挑んでくる者が多くてな。通常業務に加えそちらの処理でじぃじストレス」
「なーんだ、良かったじゃん。良い感じの跡継ぎは居た? あー……居ないからまだ皆挑んでくるのか」
元老院の様子がおかしかった原因を知り、興味を失ったようにラヴィーネはショールを抱え奥の部屋へと消えて行く。
そこでやっと笑いの収まったエマが戻り、ルーファスを除き、ようやくいつも通りの雰囲気に戻った。
「ルーファス殿、そろそろそなたの毒の腕が不安になって来た故その辺で……」
元老院に引き剥がされるまでずっとマッサージをしていたルーファスは、やっと我に帰った。
足湯を片付けタオルを手渡し、ようやく全員が揃った時には、全員妙な疲労感に襲われていた。
「元老院殿、折角跡継ぎがより取り見取りなんだ、適当にぱぱーっと決めてしまっては?」
「さっさと譲って引退はしたい。しかし、その辺の雑兵に負けたくは無い」
全員がその言い分に納得しつつ、正直面倒だと思っていると、元老院がそれにと話を続ける。
「それに、最近は国内からだけでは無く、国外からも押し掛けてくる者が多く厄介なのだ」
「は? 元老院って、魔法使い以外もなれるのか? 骨の檻のトップだろ?」
理由を理解し面倒そうに舌を出すラヴィーネの隣で、ルーファスは初めて知った事実に声を上げる。
じっとりと落ち込んでしまった魔法使い三人は、ため息をつきつつ分かり易く説明していった。
「そもそも元老院って制度がガッバガバでさ、唯一決まっている規定と言ったら『現元老院より強い者』ってだけで、魔法使いどころか骨の檻内外、はたまた国内外なんでも来いって感じなんだよね」
「そうそう。骨の檻は国内トップの戦闘集団だからね、結果的にはそこから次が決まってたけど、何だかんだ皆挑んでくるのよね。先週は騎士の人が来たから返り討ちにしてやったわ。骨の檻以外からの挑戦者はまず適当な骨の檻の人間に勝ってからじゃないと、元老院には挑めないからさ、その度に呼び出される私達もいい迷惑してるのよね。しかも王がいなくなってからはここぞとばかりに国外から押し寄せてくるし!」
元老院以上に嫌そうなラヴィーネとエマの様子を見る限り、元老院に挑む無謀な輩は昔から一定数いたと推測できる。
ルーファスはあまりにもずさんな内容に、ヒクヒクと乾いた笑い声を上げ、残念そうに三人の肩を叩く。
「今日も、この後隣国から来た者と会わねばならぬのだが、それがなかなか面倒な者でな。のう娘――」
思い出したようにくるりと元老院が振り返ると同時に、エマは何処かに転移してしまった。
それ程までに嫌なのかと、流石のルーファスも言葉が出て来ない。
完全に黙りこくってしまった二人に、ラヴィーネはチョコレートを一口頬張ると、意を決したように口を開く。
「今日来る人って、どう面倒なの? 強いの?」
「全てに美しさを追求する例の国の魔法騎士だ。規定を見て挑戦すると宣言して来た時『初戦の相手は強く美しい者を希望。美しさの種類は問わない』と注文をつけてきおった」
ルーファスにはどこの国のことを言っているのか分からなかったが、国内外様々な所に派遣される骨の檻内では有名なのか、ラヴィーネは話を聞いた途端カウンターにドンッと頭を打ち付け、動かなくなってしまった。
「挑戦するやつの態度じゃねぇ……。そんなの、無視しても良いんじゃ無いか?」
「それは出来ないよ。相手の注文をぜーんぶ聞いた上で完膚なきまでに叩き潰して高笑いってのが元老院戦だから」
「最高に性格悪いファイトだな」
カウンターに突っ伏したままもごもごと話すラヴィーネの隣で、ついにルーファスもぐにゃりとカウンターにもたれ掛かってしまった。
「ともかく、骨の檻は全員ローブとフードで姿を隠している故、中身は誰でも良いのだ。美しく戦えば……美しく……美しく戦う、骨の檻……」
「居るわけ無いよねー効率主義ですものー。もーどうするのさー。誰かー強くて美しい人急募ー。助けてー」
ついに元老院もカウンターに突っ伏し、見事三人ともじっとりと呪いにかかったように動けなくなった。
すると、店の扉がカランと軽い音を立てた。
*
予定通り、骨の檻本部にて元老院戦は始まった。
元々骨の檻には、騎士の鍛錬場に似た施設が併設されている。
もっとも、こちらは骨の檻が本気で魔法を放ってもびくともしない、歴代の元老院達が保護魔法を重ねに重ね掛けをした、世界最高峰の強度のある場所だ。
ドーム型の建物で、すり鉢状に座席が並び、中央の開けた場所で戦うという、とてもシンプルな造りの会場の中央には、一言で言えば不必要な程、華美な鎧を着た男が仁王立ちしている。
とても挑戦者とは思えぬその出で立ちに、客席で見ているルーファスとラヴィーネは、色々と楽しくなってきていた。
二人いる反対側から入場して来た元老院は、露骨に眉を顰めていたが、すぐに顔を伏せ、後ろを歩いていた人物に道を譲る。
骨の檻の装束を身に纏った人物は、挑戦者の向かいまで歩み寄ると、ネジの切れた人形のようにぴたりと立ち止まった。
「初戦の相手は貴殿か。美しいしあ――」
「始め!!」
恍惚とした表情で挑戦者が口上を始めると、それを遮るように元老院が声を上げる。
段取りが崩された挑戦者は、些か不格好に剣を構え距離を取るも、骨の檻はぴくりともその場から動かず、少しだけ挑戦者の上を見上げるようにローブが動く。
今の段階では美しさなどは無い。ローブのせいで、ただただ不気味さが募っていく。
骨の檻を中心とし、挑戦者はじりじりと円を描くように移動する。
しかし、相変わらず骨の檻は、挑戦者の事など眼中にないかの様に、一点を見上げたまま。
ここで挑戦者が動く。
不気味な者をまず動かそうと、距離を保ったまま剣に炎を纏わせ、大きく振る。
すると、炎は刃となり、骨の檻を包み込んだ。
焼け落ちるローブの中から現れたのは、目を見張る程の金――
「もう良いか、愛し子よ」
「良いよー! やっちゃえやっちゃえー!」
静かに響く落ち着いた金竜の声と、元気に囃し立てるラヴィーネの声。
炎に焼かれながらも、変わらず客席にいるラヴィーネを見ていた金竜は、未だに体の周りで燃え続けるローブを剥ぎ取ると、初めて挑戦者に視線を合わせた。
「私から手を出すのは、どうにも理不尽で美しくないと愛し子が言っていたが……なる程、こう言う事か。このような火の粉では、肉の一つも焼けぬぞ」
無残にぼろぼろと落ちていく炎を一瞥すると、金竜は段取り通り、その場で元の姿へと戻る。
十分な広さがある会場だが、やはり元の姿の金竜には少し狭いらしい。
翼は広がらず客席に引っかかり、尾で元老院を踏み潰さぬよう気を使うものの、早々に面倒になったのか、思い切り両手で元老院を鷲掴みにすると、そのまま無言で挑戦者を見下ろした。
勿論、挑戦者は開いた口が塞がらず、腰が砕け座り込んでしまった。
「……勝負あり。で、よろしいかな?」
金竜の手の中から、元老院が優しく語りかけると、挑戦者は震えながら何度も何度も頷き、従者に抱えられ退場していった。
挑戦者が扉の向こうに消えるのを確認すると、ラヴィーネはルーファスの腕を掴み、元老院の元へふわふわと飛んでいく。
「お疲れさま。思ったよりあっさり終わったね」
二人は金竜の手の中に降り立つと、口々に元老院と金竜を労い、作戦の成功を喜んだ。
「じぃじ、心臓止まるかと思った。鷲掴み、心臓に悪い」
『む? そなたらには傷一つつけるなと愛し子に言われておる。どこか傷付いたのなら謝りたい。見せてみよ』
「止めてあげて。大丈夫だから。擦り傷一つで金竜の加護は重い」
ゆっくりと丁寧に三人を地上に降ろした金竜は、猫のように背を丸め、元老院が怪我をしていないか厳しく確認していく。
このままでは逆剥け一つ発見しただけで加護をつけ兼ねない勢いだった為、ラヴィーネは金竜から元老院を引き剥がし、人型になるよう頼む。
直ぐさま人型に戻った金竜だったが、ラヴィーネの頭を撫でつつ、相変わらず視線は元老院に向けていた。
「それにしても、丁度金竜が来てくれて良かったな。金竜なら文句なしに強くて美しい生き物だからな。……少ーしズルイ気もするが」
三人がカウンターに突っ伏していると、丁度良く金竜が店にやって来たのだ。
骨の檻でも人間でも無いが、ざっくりとした規定しか無いとの理由で、金竜を巻き込み強行手段に出た。
結果としては予想通りの出来レース。
「愛し子が『助けてー』と言っていたので来ただけだ。ある程度の実力があったら勝たせてやるつもりで居たが、あの者は愛し子の魂の器の娘……エマと言ったか、あの娘の足元にも及ばぬ程だった。あのような者に愛し子の住む世界を任せるわけにはいかない。あの三下に任せるくらいなら、いっそ全て焼き尽くすか現役に加護をつけ寿命を延ばすか……」
「止めてあげて」
突然不穏な事を言いだした金竜の口を塞ぐ。
あと一歩間違えていたら、重たい金竜の加護をつけられていたかと、元老院は今更血の気が引いていく。
「でも、何も金竜じゃ無くとも、ラズで良かったんじゃないか? ラズも金竜だし、結果は同じだろう?」
あの時は全員冷静では無かった為、何も思わなかったが、改めて考えると、金竜を巻き込む事でも無いと思えてくる。
いや、そもそも強制的にエマを連行し、それっぽく戦えば済む話だ。
気の抜けたルーファスが笑いながらラヴィーネの肩を叩くと、当のラヴィーネは意外にも即否定はしなかった。
「いやーどうかな。ちょっと前に金竜の所に行こうと飛んでたら、あの蛇、ヨルに『金竜かと思ったら間抜け面の方だったか。驚かせるな』って言われたからさ、下手したら美しくない判定――」
「ほぅ……? ヨル……谷間の地の守りをしている蛇であったか。そうかそうか……」
軽く笑いながら答えていたラヴィーネだったが、突如背後からわき上がる圧と冷気に言葉を飲み込む。
そっと顔を上げルーファスを見れば、ラヴィーネの少し上辺りを見上げたまま、綺麗な笑顔で固まり、その後ろの元老院に至っては完全に顔を背けている。
恐る恐るゆっくりと振り返り金竜を見上げてみると、相変わらず表情筋は仕事をしていないが、明らかに目の色がおかしく、普段抑えている魔力も垂れ流しになっている。
「きん、りゅ……?」
無言で立つ金竜の腕を引き名を呼んでみると、金竜は見た事が無いほど穏やかな満面の笑みでラヴィーネを見つめ返した。
図らずも正面からその笑顔を見てしまったラヴィーネとルーファスは、全身の毛穴が一気に開くのが分かった。
「愛し子よ、今日はこのままそなたと共に居ようと思っていたが、少し用事が出来た。すぐに済ませてくる故、大人しくしてておくれ。……すぐに済ませる」
「嫌だ行かないでここに居てずっと一緒にここに居て逃げてヨルー!!」
ラヴィーネの必死の頼みも耳に入らない程頭に血の上った金竜は、騒ぐラヴィーネを引っ付けたままヨルの元へ飛び、ラヴィーネが仲裁に入るも、結局三日三晩ネチネチと小競り合いを繰り広げた。
金竜の前ではどんな些細なものでも、ラヴィーネの悪口は絶対禁止となった。