【ep.1】「アユミは、ただ、疲れてる」
アユミは、立ち止まっていた。
社会人がその日の仕事を終え帰ってくる、
唯一の安住の場所、それが自宅であり、
自宅とはそうあるべきである。
しかし、今のアユミには、そうは写っていなかった。
なぜか、写っていなかった。
「また…」
アユミには、まず時間が必要だった。
目の前の現実を受け入れる時間。
受け入れ、それを頭の中で整理する時間。
そしてその現実を元に、次に起こすべき行動を考える時間。
そして最後に、行動を起こす時間。
それらは一見別々のようで、連鎖している。
しかし今のアユミには、それらが上手く噛み合わず、連鎖せず、時間がただ、進んでいった。
「ん……」
唇を少しかみしめて、アユミは、机の上の「ソレ」に近づいた。
近づき、意を決し「ソレ」を、
掴み、持ち上げ、すぐに、部屋のゴミ箱を開け、
何のためらいもなく、無気力に、ぼとっと、ゴミ箱に向け、
捨てた。
「………。……。………っはぁ…ぁ…」
アユミの、声にならない声が溢れる。
そして、さっきまでの勢いを完全に殺したように、その場にぺたんと座り込む。
じわっとした嫌な汗をかく。
手には、汗と、「ソレ」の香りが染み付いた。
嫌な香りではないが、決して今のアユミには心地よいものではなかった。
ふと、手をぐーぱーぐーぱーする。
ぐー、ぱー、ぐー、ぱー、ぐー…
そんな事を10秒程行ったのち、
座り込んだ重い腰を上げ、アユミはふらふらと、トイレへ歩む。
無音の一室。1DK。
閑静といえば閑静。
部屋の外から聞こえるのは、夜の街の雑踏。
電気も付けずトイレに入っていたアユミは、
声にならない声で一呼吸をし、再び、気持ちを整理した。
「よし」
少し間をおいたあと、
アユミはゆっくりと、浴室へ向かった。
─
風呂あがり、髪を乾かし、無音が続く。
何も、特別なことはない。
アユミは、ただ、疲れてる。
時計は、夜の11時53分。
アユミは眠りについた。
アユミの、ありふれた1日が終わる。
ゴミ箱からは
さわやかな香りが漂っている。




