【序章】「アユミは、なんだか、疲れてる」
「……あ…あぁ。………はぁ。」
彼女、アユミはとにかく疲れていた。
仕事に疲れていた。
21歳、社会人として羽ばたいたアユミは、仕事に追われる日々。
客先に追われ、社内で追われ、仕事に追われ。
よくある社会人デビュー仕立ての人の悩みを、アユミは抱えていた。
しかしその分出会いにも恵まれていたのだという。
良き理解者である上司、共に同じ経験をしてきた同期の女子たち、
色々的確に教えてくれる先輩。その他にも、色々な事で支えてくれる社内の人々。
アユミは、悪くない会社だと思っていた。
しかし、アユミは、疲れていた。
─
「私…先に…失礼します」
やや疲れたニュアンスでアユミは言うと、
「そう、わかったわ。ご苦労様ー」
ニュアンスを汲み取ったように少し朗らかに返したのは、アユミの上司であった。
時間は20時、社内は期末ということもあり、残業する人が多く見られる。
無論、アユミの上司も例外ではなく、帰りづらい雰囲気もあった。
アユミは、そそくさと会社を跡にした。
─
「… …… ……。…あぁ」
帰り道、アユミのため息がこっそり聞こえた。
そのため息のような声は、帰り道を通り過ぎる酔っぱらいのサラリーマン、
おそらく自転車で帰宅途中の高校生、キャバクラ嬢、浮浪者、客引き、エトセトラ。
いわゆる繁華街の雑踏に見事にかき消されていた。
同じくため息を吐き捨てながら帰っていくサラリーマンは、
おそらく仕事で疲れきっている事だろう。
「あぁ。」
アユミのため息は、しかし一層と重みを増していた。
─
扉の開く音。
アユミは帰宅した。
今日も仕事を終え、帰宅した。手には、ファミリーマートの袋だ。
昨日はローソン、一昨日はセブン-イレブン、3日前は地元のスーパーの…
アユミの、ほんのわずかな気分転換だった。
室内は、暗いままだ。
帰り、靴を脱ぐ音。
右足を廊下に乗せる音。
ため息。
ゆっくりと、廊下を、ひたひたと歩く音。
ぎぃ、と木製の引き戸が開く音。
ため息。
アユミは、まるで老婆のようなゆっくりとした動きで、部屋の灯りのスイッチを点けた。
ため息。
「また…」
アユミの、声にならないような、か細い声が出た。




