1話 異世界
はじめまして。どうぞよろしくお願い致します。
魔人界。それは、人間の住む世界とは異なる空間に在る、超人達の住む世界。
彼らはその名の通り、人とは比べ物にならぬ強大な魔の力を持ち、永遠にも近い歳月を生きる種族である。
だが、彼らがその寿命を全うする事は極めて稀だ。何故なら彼らはその前に己から死を求めるからだ。
魔人は退屈を嫌う。魔人は興を求める。彼らは死の理由を探す。故に彼らは争い、互いに殺し合う。
殺し合いに悦楽を、スリルを、生の意味を見出し、強者との邂逅を渇望し、そして命を賭け合うのだ。
相手は魔人でも構わない。魔獣でも構わない。強き者、強き獣、強き精霊、強き神。どんな相手であろうと彼らは己が力を試すのだ。
殺し合い、生き残った者は充足と共に新たな強敵を求める。死した者は心満ちたり顕世から消え去りゆく。
何時までも続く暇潰しの為の殺し合い。それが魔人達の生き方であり、全てであった。
死ぬために生きる。楽しむ為に死を求める。それこそが、魔人としての在り方だった。
だが、何事にも例外というものは存在する。
数多存在する魔人の中で、その生き方を否定する者がいた。
かの者は言った。暇潰しの為の自殺願望などくだらない。私は殺し合いがしたい訳じゃない。私には果たすべき野望が在る。
そのような世迷言を述べる彼を、魔人達はせせら笑った。時には下らぬ戯言だと命を潰そうとする輩もいた。
だが、彼には力があった。魔人の中でも指折りに数えられる程の力を持つ彼は、向かってくる者達を嫌々ながらも捻り潰した。
幾百、幾千、幾万という屍を嫌々ながら築き上げた時、彼の名前は魔人界の中で知らぬものはいない程の強者として響き渡った。
そして、かの者は魔人界の強者の頂点――魔神七柱の三位という地位まで辿り着いてしまったのだ。
そのことを聞き、彼は興味なさげにこう告げた。俺の邪魔をする奴を返り討ちにしていただけだ。何の興味もない、と。
それから時が過ぎ、魔人の定義に己から外れた異端者である彼は、とうとう己が望みの夢に辿り着く。
闇深き洞窟の最下層、その一室にて彼は愉悦の笑みを零す。魔法陣に術式は完成されていた、あとは実行に移すだけだと。
彼は軽く息を吐き、最後の別れとばかりに楽しげに言葉を放つ。彼の視線の先には、彼とは異なる魔人が在った。
「――我が夢の胎動から三千と四百年ばかりか。世話になったな、カルヴィヌ」
彼の感謝の言葉に、カルヴィヌと呼ばれた妖艶な女魔人は、楽しげに笑って首を振る。
言葉にしても足りない程に、彼女には借りができてしまった。それをこれから先返せなくなることだけが残念だと、彼は思う。
そんな気持ちに気付いたのか、カルヴィヌは息をついて言葉を紡ぐ。
「貴方には十分過ぎるほどの物を返してもらったわ。本当、貴方と居たこの三千年は一秒たりとも退屈する時がなかったもの。
だからこそ、寂しくもあるわ。これから先、私は魔人として貴方無しで生きていくかと思うと、退屈で死にたくなりそう」
「お前の気持ちも分かるぞ、カルヴィヌ。この魔人界というクソ詰まらん世界で幾万年と生きることは、私には耐えられないからな。
何よりこの世界には私というナイスガイが消えるのだ。お前達のような美女が悲しむというのも切に分かる。だが、わかってくれカルヴィヌ。
このなんの魅力もない世界に私は最早一秒とて耐えられぬ。こんな世界は、私が求める世界ではない。美学を理解出来ぬ戦闘狂ども相手では私の理想郷は生み出せない」
「ええ、分かっているわ。だから私は貴方を引きとめない。貴方を笑って送り出してあげるだけ」
「そうだ、笑って見送ってくれカルヴィヌ。私の求める世界は、私の求め続けた夢は、いまこの先に在る!」
意を決し、彼は魔術を発動させる。
暗闇に満ちた洞窟内を、魔法陣から放たれる光が闇を裂いていく。
その魔力量は、一介の魔人が行うことなど考えられない程の奇跡。これこそが、魔神七柱が三位まで上り詰めた彼の実力。
抑えられぬ魔力の奔流に、彼はただただ愉しげに高笑いする。そうだ、この時を待っていた。
下らぬ土地に生みだされ、訳も分からぬ獣や魔人どもに追い回され、命を狙われ、殺し合い。潰せど潰せど次のバカが来る毎日。
こんなものを、私は望んだ訳ではない。こんな世界を、私は渇望した訳ではない。
こんな世界では、私の夢は叶えられない。こんな世界では、私の願いは果たせない。それが彼の導いた結論だった。
故に、彼は行くのだ。この世界に別れを告げ、神のみに許されると伝えられる世界転移の秘術を行使して――彼は夢をかなえるのだ。
「ククク――クハハハハハ!待っていろ、人間界!待っていろ、困り果てた人間共!
この私、サトゥンがお前達を救ってやろう!私こそ、私こそがお前達の心より願う『リエンティの勇者』なのだからな!」
魔神七柱序列三位、『破天のサトゥン』。
彼の夢は、勇者になることだった。正義の勇者となって、みんなにちやほやされることだった。
ちやほやされたい。できるなら、小さい子供とか可愛い女の子とかとんでもない美女とかにキラキラした目で見られたい。もてはやされたい。
そんなぶっとんだほどに真っ直ぐな欲望によって、彼は神の領域とも言われた世界転移を成し遂げたのだった。