インターバル
「雛の家」から少し離れた位置、街の東側に位置する屋根の上。
そこにその男は居た。路地裏から猫が見上げるように男を見て、揃って鳴き声を上げた。その声には確かな「畏れ」が込められていた。身に着けているのは黒のトレンチコート、それから同色のグローブだ。
男は空を握るように手を突き出し、コートの長い裾を羽のように風になびかせる。
「――見つけたぞティンクトゥラ」
深く被った軍帽の下で、その男は口角を上げて笑む。剥き出しになった歯と開ききった瞳孔が、その男がまともな人間では無い事を物語る。背丈は百八十から百九十センチ程度は有るだろう。体格もそれに比例して、服の上からでも解るほど頑強そのもの、実に堂々たる偉丈夫である。
男の視線の先には「雛の家」がある。一点だけを見つめる様は標的に狙いを定める狩人のようでも有り、また神体を見つめる狂信者のようでもあった。
男の呼吸に合わせて辺りが白く煙る、この暖かい春にだ。
「――今はまだ時にあらず」
男は歓喜を押し殺すように呟く。バサリというコートが翻る音と共に、夜の帳が下りた街の中へと飲まれるように彼は消えた。男が消えた後には眠りに落ちた街と、こだまする猫の鳴き声だけが残った。