48.タロ17才-冬4
都営住宅の一室に僕たちが入ると、真田さんの奥さんが出迎えてくれた。
よく来たわね、疲れたでしょ。と奥さんは言う。そして僕を抱き寄せる。
言葉にできない気持ちが僕に伝わる。
一人息子を失ってもなお、僕を気遣っている。
僕は彼女の背中をとんとんとなでる。
最初に泣いたのは奥さんだった。僕たちを真田さんが抱きしめる。とても強く。
やがて真田さんと僕も泣いてしまう。
小さな玄関の一角で、僕たちは泣き続けた。
おそらく、息子を失う悲しみは僕の悲しみよりも深かったはずだ。
眠れない夜が続いたはずだ。
しかし、奇跡は起こるのだ。
大声を上げて泣き続けていた真田さんと奥さんは、泣き続ける僕に気がつく。
そしてお互いに顔を見合わせる。
「声が出せてるじゃない!」
再び声を上げて泣き始めた僕らは、ただの不幸な人間ではなかったと思う。
あれほど病院で出せなかった僕の声は、あっけなく取り戻せたのだ。
(真田さんたちは言う、私たちの喪失感はこの時に癒されたのだと)
真田家の真新しい仏壇に向かい、僕は手を合わせた。
-始めまして。僕も真田です。縁あってこちらにお邪魔させていただきました。
そう心の中で祈りつつ合わせた両手がほんわりと熱くなる。
仏壇から笑顔を感じたのは気のせいだろうか。
それから僕らは互いに照れくさくなりながら晩御飯を食べたのだ。
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その夜、僕は夢を見た。
僕は夢の中で、父さんと母さんにお礼を言った。
そして遺影で見たばかりの息子さんにもお礼を言った。
なぜなら僕は生きているからだ。
夢の中ではみんな笑っていた。
最初は悲しげに見えていても、僕が見つめると笑顔になってくれる。夢だからね。
僕は夢だと気づいた上で決心する。
この先の未来を受け入れよう。
できるだけ笑顔で受け止めよう。
生き残った僕にとって、未来の全てはボーナスなのだ。
遠くでチェロの音色が聞こえた気がした。
タロ17才(1988年)の逸話でした。