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「アルフレッド、見てみなさい! あれが我が国の第一王子、ルシアン様よ!」

学院の回廊で、エレノアお嬢様は扇子をピンと立てて、中庭を優雅に歩く金髪の青年を指差した。

ルシアン王子——ゲーム『聖女のアルカディア』におけるメイン攻略対象であり、そして将来「エレノアの高慢さに嫌気がさして婚約破棄を突きつけ、彼女を国外追放に追いやる元凶」である。

「ご覧なさい、あの凛々しい立ち姿。あの方こそ、私の未来の旦那様に相応しいわ!」

鼻高々なお嬢様の横顔を見つめながら、私(アルフレッド)は静かに溜息をついた。

(お嬢様……残念ながらあの王子、ゲームのシナリオ通りなら、あと数分後にヒロインへ『強引な求愛(物理)』をかまして好感度を下げまくる『勘違い俺様男』ですよ……)

そして案の定、中庭の木陰で事件は起きた。

偶然通りかかったヒロイン(聖女)の腕を、ルシアン王子が強引に掴み、そのまま逃げ場を塞ぐようにドスンと壁に手を突いたのだ。

——そう、伝説の技『壁ドン』である。

「逃がさないよ、聖女。君のその瞳……僕を惑わせる罪な光だ。僕の愛を受け入れなさい」

「や、やめてくださいルシアン様! 私にはそんなつもりは……!」

ヒロインが怯えている。

回廊の上からその光景を目撃したエレノアお嬢様の顔色が、一瞬で怒りで真っ赤に染まった。

「なっ……! なにをやっていますの、あの浮気男はーーーっ!?」

エレノアお嬢様の怒りメーターが頂点に達し、私の脳内に警告音が響く。

『警告:主人の【ストレス・嫉妬値】が急上昇。アルフレッドの筋力値が一時的に30%低下中』

(マズい……! お嬢様の機嫌が下がると俺のステータスまで下がる! あいつ、余計なことを……!)

「アルフレッド! 今すぐあそこへ降りて、あの生意気な平民を引き引き離しなさい! 浮気現場を咎めますわ!」

「お任せください、お嬢様。……ただし、対処は私にお任せを」

私はお嬢様の機嫌を回復させるべく、回廊の手すりを飛び越え、中庭へ無音で着地した。

「さあ、僕の胸に飛び込んでおいで——」

陶酔した表情でヒロインに顔を近づけるルシアン王子。

その二人の中間に、私は超神速で割り込んだ。

「失礼いたします、ルシアン殿下」

「なっ……何奴!? 人の恋路を邪魔する……」

私は王子の言葉を最後まで聞かず、彼が自信満々に壁へ突いていた右手の手首を、優しく、しかし確実につかんだ。

そして、お嬢様への忠誠心(および低下した筋力を補うための技術)を全開にし、握力数トンに及ぶ力で壁ごと王子を押し戻した。

バギャァァァンッ!!

「グハッ……!?」

衝撃波が走り、王子の背後の石造りの壁が蜘蛛の巣状に亀裂を深め、そのまま崩落した。

「ヒエッ……! 壁が……!?」

ヒロインが短い悲鳴を上げる。

私は崩れ落ちる瓦礫からルシアン王子をそっと抱き起こし、完璧な執事スマイルを向けた。

「大変申し訳ございません、ルシアン殿下。学院の建築基準が甘かったようで、壁の強度が不足しておりました。殿下の『壁ドン』の衝撃に耐えきれず倒壊した模様です」

「え……? ぼ、僕の『壁ドン』が強すぎて……壁が壊れた……!?」

痛む背中を押さえながら、王子は自身の手に目をやり、呆然と呟いた。

「そうだ……僕は手加減を間違えたのだ。聖女よ、すまない。僕の溢れ出る情熱(物理)が、君を恐怖させてしまったようだね……」

「は、はあ……?(物理……?)」

完全に勘違いして自分に酔い始めた王子をそのまま放置し、私はヒロインに耳打ちした。

「聖女様、今のうちに逃げてください」

「アルフレッドさん! いつも助けてくれてありがとうございます……!」

ヒロインが脱兎のごとく走り去るのを確認し、私は回廊の上で口をぽかんと開けているエレノアお嬢様のもとへと戻った。

「あ、アルフレッド……あなた、王子相手に何という恐ろしいことを……!」

「お嬢様、ご安心ください。ルシアン殿下は『自分の壁ドンが強すぎて壁を破壊した』と錯覚し、反省して去っていかれました」

私がそう言うと、エレノアはおずおずと尋ねてきた。

「……あの子を守ったわけでは、ありませんの?」

「滅相もございません。浮気現場をウキウキで鑑賞しようとしていた殿下の無礼を嗜め、何より『お嬢様という素晴らしい婚約者がいながら浮気をする不届き者』に、お仕置きをしたまでにございます」

私は懐から、冷えた特製のラズベリーシャーベットを取り出し、お嬢様に差し出した。

「お心が痛んだでしょう、お嬢様。どうぞ、この冷たいお菓子で怒りをお納めください」

エレノアはお菓子を受け取ると、パッと表情を明るくし、頬を少し赤く染めてフンと鼻を鳴らした。

「ふ、ふん! 破談にするにはまだ早いですけれど……私のためにそこまで言うなら、今日のところは許してあげますわ。……ありがとう、アルフレッド」

『ピンポンパンポーン♪【エレノアの機嫌】が最高潮に達しました。アルフレッドの全ステータスが通常の【200%】に覚醒します』

全身に漲る、神の如き全能感。

(よし……! これで次回の『魔導大決戦イベント』も無傷で乗り切れる!)

高飛車なお嬢様の機嫌を取り、裏で世界を平和に導く最強執事の奮闘は、今日も順調であった。

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