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誰がために刀は痛む  作者: こじこじ


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第六話

 大軍を退けた国境の谷間には、勝利の歓声ではなく、どこか重苦しい静寂が漂っていた。


「見事な鮮やかさだったよ、陣くん。君のおかげで無駄な犠牲を出さずに済んだ」


 高台を降りながら、葵がへらへらと酒瓶を揺らす。だが、その足取りとは裏腹に、葵の視線は倒れ伏す敵の重装兵たちを冷ややかに走っていた。


 陣もまた、勝利の余韻に浸る様子もなく、敵陣の奥へと歩みを進める。


「……葵隊長。違和感があります」


「ん? なにいってんのさ。完璧な勝利だったじゃないか」


「敵の布陣です」


 陣は脚を止め、敵指揮官が倒れている本陣の幕舎を指し示した。


「二千もの重装備を率い、この狭隘な谷間に陣を敷いた。……いくら愚将であろうと、嶺陰の地形を熟知していなければ、これほど正確に我らの防衛線の裏をかくような行軍はできません」


 その言葉に、後ろをついてきていた楓が息を呑んだ。


「……どういうこと、陣? 嶺陰の地形は、八咫と嶺陰の重臣しか知らないはずよ」


「だからこそだ」


 陣は散らばった敵の書類の中から、半ば焼け焦げた一通の紙片を刀の先で拾い上げた。

 そこには、嶺陰の防衛配置と、八咫の隊長たちの異能の特徴が、几帳面な文字で細かく記されていた。


「敵は最初から、八咫の隊長が『誰』で、どういう『異能』を使うかを知った上で攻め込んできていた。……俺が盤面をひっくり返さなければ、楓の風の癖を突かれて潰されていたはずだ」


「な……っ!?」


 楓の顔から血の気が引く。


「内部から……情報が漏れているというの? 八咫の中に、裏切り者が……?」


「『八咫』か、あるいは城の『上層部』か」


 陣が冷たく言い放つと、葵は「あはは」と可笑しそうに肩を揺らした。


「やだなぁ、陣くん。僕の可愛い部下たちや景勝様を疑うなんて、意地が悪いなぁ」


 葵はヘラヘラと笑いながら陣の隣に並び、焼き焦げた紙片を覗き込んだ。

 だが、その瞬間――葵の瞳の奥からすべての温度が消えた。


「――まあ、確かに『狐』が一匹、化かして紛れ込んでいるみたいだねぇ」


 葵の低い声が、谷間の冷たい風に混じる。


「僕の可愛い刃たちを売り払って、甘い汁を吸おうとしてる不届き者がいるなんて……不愉快極まりないなぁ」


(この男……知っていたのか?)


 陣は静かに葵の横顔を観察する。

 葵隊長がどこまで掴んでいるのかは分からない。だが、八咫の絆の裏で、嶺陰を揺るがす巨大な陰謀が動き出していることだけは確実だった。


「陣くん」


 葵はいつもの呑気な笑みに戻り、陣の肩をぽんと叩いた。


「君のその素晴らしい『目』でさ……この城の中に潜む『狐』の尾っぽ、掴んでみせてよ」


「……言われずとも。盤上の毒虫は、早々に潰さねばこちらが殺される」


 狂気の異能、そして内部に潜む裏切り者の影。

 軍師・陣の戦いは、戦場から城塞の暗闘へと舞台を変えようとしていた。

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