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誰がために刀は痛む  作者: こじこじ


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2/11

第一話 

 

 ――それから、数年の月日が流れた。


 天変地異の如き『楔』の出現は世界の勢力図を塗り替え、各地で異能を孕んだ凄惨な争奪戦が激化していた。


 嶺陰の国境近く、深い山々に囲まれた無名の村。

 数年前の奇跡によって滅亡を免れたはずのこの小国に、再び戦火の影が迫っていた。異能を持たぬ周辺国『鉄心』の先鋒部隊が、嶺陰の『楔』を奪わんと雪崩れ込んできたのだ。


「かかれ! 嶺陰の防衛線などひとたまりもない! あの光る石を奪い取れ!」


 怒号と悲鳴が交錯する泥まみれの戦場。

 その混乱の最中、崩れかけた風車小屋の影から、一人の男が冷徹な眼差しで戦局を見下ろしていた。


 ――じん


 戦火に追われ、行き場を失ってこの山あいの戦場に巻き込まれた流浪の男だ。

 身なりこそ貧しいが、その瞳だけは眼下に広がる数千の敵陣の揺らぎと、死角を正確に捉えていた。


「嶺陰側の兵力は数十……対して敵は千を超えている。正面からぶつかれば数分も持たない。だが――」


 陣は指先で泥を弾きながら、独り言をつぶやく。


「左翼の鉄盾隊の歩調が狂っている。補給線を支える騎兵との間に、わずか三馬身分の隙間ができている。あそこを正確に突ける『刃』さえあれば、この圧倒的な大軍すら崩壊させられるが……そんな都合のいい存在が、この小国にいるはずも――」


 言葉が途切れた。


 ――シュンッ!


 空気を引き裂く甲高い断絶音が響く。

 次の瞬間、陣の視界を染めたのは、鮮烈な風を纏って戦場へと舞い降りた一筋の紅い影だった。


 大軍の真ん中へ単身躍り出た少女――八咫の戦士、かえで

 彼女の手にした刃が描く軌跡に合わせて、巨大な風の刃が走り、敵の重装歩兵ごと鉄の盾が一瞬で紙細工のように両断される。


「な……ッ!?」


 陣の背筋に、冷たい衝撃が走る。

 圧倒的な破壊力。しかし、同時に陣の目は見逃さなかった。

 楓の攻めは鋭く、そして狂気的なまでに無謀だった。敵の第一陣を散らしたものの、その過剰な突撃によって、彼女自身が敵の包囲網の真っ只中に取り残されようとしている。


「馬鹿者……! 力を過信して孤立すれば、いくら化け物めいた強さがあろうと討ち取られるぞ!」


 思わず影から身を乗り出し、声を張り上げた陣。

 怒号にかき消されそうなその声に反応したのか、血飛沫舞う戦場の中で、楓がふっと振り返った。


 視線が交差する。

 少女の瞳に宿っていたのは、人間離れした異能の輝きと――それ以上に深く、今にも壊れそうな「心の傷」の影だった。

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