プロローグ ~落日の問いかけ~
傷を刻み、力(異能)を得る。
痛みを背負い、刃を振るう。
――これは、狂気の時代を戦術で穿つ、切なくも苛烈な和風戦国ファンタジー
風が止み、代わりに満ちたのは血と脂の匂いだった。
山岳の小国『嶺陰』の夜空は、燃えさかる城下の炎によって赤黒く染まっていた。
世は群雄割拠の戦国。どこからともなく世界に現れ、突如として妖しい光を放ち始めた古代遺物『楔』。それは人々の魂に刻まれた不治の傷――トラウマや苛烈な絶望に反応し、禍々しい『異能』を咲かせる悪魔の標だった。
人里離れた嶺陰の山懐にも、ひっそりと一本の『楔』が根を下ろしていた。
異能の力をまだ持たぬ近隣の大国にとって、それは飢えた野犬の前に投げ出された肉に等しい。
「嶺陰のような弱小国など易々と踏みにじれる」
「あの遺物を奪い、我が国も異能の兵を手に入れるのだ」
欲望に目を眩ませた大軍勢が怒涛のごとく押し寄せ、戦慣れせぬ嶺陰の陣営は瞬く間に壊滅した。
城門は破られ、自慢の兵たちは肉塊となって転がり、黒煙が視界を埋め尽くす。
「――もはや、これまでか」
燃えさかる館の奥、血に汚れた床に膝をつき、嶺陰の領主・嶺陰景勝は一人刀を握りしめていた。
耳を粉砕するような悲鳴と、甲冑がぶつかり合う凄惨な金属音。すぐそこまで迫る敵兵の足音。
領主として国を守れず、民を死に晒した無力感。死を悟った景勝は、絶望のあまり重い瞼を閉じた。
その時だった。
雑多な戦場の狂騒を、まるで一滴の水滴が静寂へ溶け込むように、ふっと切り裂く足音が聞こえた。
軋む床。炎の爆ぜる音。その死臭漂う血の渦中に、そぐわないほど軽やかな足取り。
景勝が目を開けると、燃え盛る庭の真ん中、血煙の隙間に一人の青年が立ち尽くしていた。
返り血を浴びるでもなく、戦場の凄惨さに怯えるでもない。
浅葱色の着物を緩く纏い、まるで陽気の良い春の日に散歩でもしているかのように、ふらりと現れた流浪の男――葵。
炎の赤に照らし出された彼の瞳には、戦場の悲哀も、目前に迫る死の気配すら映っていなかった。
ただ底知れぬ静寂と、人智を超えた『異能』の領域を背負った青年の口元が、柔らかな弧を描く。
「――この国、僕が助けてあげましょうか?」
その声は恐ろしいほど静かで、甘く、そして歪んでいた。
これが後に、大国を揺るがす黒き影『八咫』が産声を上げ、嶺陰という国が呪われた共犯関係へと足を踏み入れる――すべての始まりの瞬間であった。




