11話 「天宮っちが来るなら行く」とヒロインに言われてモブ幼馴染みが悔しがる件
――4月も中旬になり、新入生たちもいくつかのグループが出来上がった頃。
「……まずい」
湊は教室の机で、ひとりノートに向かって頭を抱えていた。
ノートには、これまで声をかけてきた部活動の一覧が記載されている。そのすべてにずらりとバツ印が並んでいた。
親友作りのため、様々な部活動に顔を出したものの、戦果を得られずあえなく『敗走』したという記録だ。
例えば、女子比率の高い手芸部に参加したとき――。
『絆の象徴として、互いを温めるマフラーを作るのが目標です!』
『え、キモ』
例えば、女子がほとんどを占める茶道部に顔を出したとき――。
『俺の家族に侘び寂びの極地を見せて欲しい。我が家で』
『結構です』
「やはり一方的かつ表面的なアプローチでは親友などできないのか。女子を作戦目標にしたのも、今思えば失敗だったのかもしれない。フィールドとタクティクスを間違えたか」
腕を組んで唸る。本人はいたって真剣だが、事情を知らない周りからすれば「ヤバい」「キモい」の一言である。
湊が遠巻きにされるのは、デリカシーのなさが原因。より正確に言えば、距離感の詰め方が下手なのである。
彼は良くも悪くも人や性別によって距離感を変えないので、時に踏み込みすぎたり、逆にさっさと離れたりしてしまう。その姿が、特に女子から煙たがられる元になっていた。
「山で師匠と過ごしたときは、そんなこと気にもしなかったんだがなあ」
中学3年の半年間を思い出す。この頃、実家を飛び出た湊は、旅先でひとりの女性に出会った。
峰倉晶――浮世離れした雰囲気を持った女性登山家である。
人の目から離れたかった湊にとって、仙人のような山暮らしを続ける晶は憧れの存在として映った。以後、彼女の身の回りの世話をすることを条件に、弟子として付き従ったのである。
晶は良くも悪くも大らかで、外見や男女の違いを一切気にしない人だった。まるで山そのものである。
彼女から多くのことを学んだ。厳しい登山を通して、肉体的にも精神的にも鍛えられた。
そして副産物として、女性の裸を見てもちょっとやそっとでは驚かなくなってしまった。晶は、弟子の湊から見ても完璧なプロポーションを誇っていたが、それを恥じらったり隠したりする様子は一切なかったのだ。
特に、川で水浴び中だった晶が、全裸のまま熊を追い返した姿は今でも忘れられない。
山という厳しい環境で生き抜くには、恥じらいなど気にしてはいられない。男も女も、山からすれば等しく弱い肉体の持ち主なのだから――湊は晶から、そう教わった。
こうして、ノーデリカシーな公爵君が誕生したのである。
「師匠。結。俺は諦めないぞ。見ていてくれ」
手も足も出ずゲームオーバーになっても再びプレイを始めるかのように、湊は心の中で握り拳を作った。
「お、いたいた。おーい、天宮!」
そんなとき、クラスメイトの男子生徒が湊を呼んだ。クラスメイトの名前は全員頭に入っている。
「どうした、田島」
「お前、今ひとり? これからヒマ?」
「ああ。残念ながら見ての通りだ」
「そっか、ラッキー。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」
田島は軽薄な雰囲気の男子生徒だが、悪い奴じゃない。湊はそう考えている。
「オレ実はさ、久路刻さんたちとお近づきになりたいんだ。お前も知ってるだろ、瑞穂が誇るあの美人3女神」
「そんな二つ名が付けられているのか……」
「天宮、あの子たちと結構仲いいじゃん? だから、人数あわせに協力して欲しいんだよ。どうせ相沢は幼馴染みポジでくっついてくるだろうから、『男3女3でちょうどいい』って感じに誘えば、久路刻さんたちも断らないと思うんだよな。オレみたいな一般ピーポーが女神とお近づきになるには、とにかくイベントだよ、イベント!」
力を込めた田島の提案を聞いた湊は、目を大きく見開いた。
「田島。お前天才だな」
「マジ? 照れる。でもどのへんが?」
「その積極性と戦術。見習わなければ」
「んー。よくわかんねえけど、OKってことでOK?」
「ああ」
「よっしゃ!」
握り拳を作る田島。
暦深たちは教室にいないが、荷物はそのままなのでまだ帰っていないはずだ。
彼女らの帰りをソワソワして待つ田島に、湊はふと聞いてみたくなった。
「なあ、田島。俺は皆から、どういう風に見られていると思う? 他人の懐に容易に入り込んでいくお前を見込んで、聞いてみたいんだ」
「それホメてる? そうだなあ。女子はどうかわからんけど、男子の間じゃちょっとした有名人だぜ? 『羞恥心のない勇者』ってな」
「ちゃんと褒められているな」
「いや、だからそういうとこ。オレはむしろ天宮の方が天才だと思うわ。態度には出さないけど、お前のことすげぇって思ってる奴は多いよ。絶対」
裏表のない田島の言葉に、湊は気持ちが軽くなる。
暦深たちが教室に戻ってきた。例によって航平も一緒だ。
田島が早速声をかけたのは、暦深ではなく航平だった。
「なあなあ相沢! これから久路刻さんたちと皆で遊びに行かない? オレ、とびっきりの場所にアテがあるんだ」
「はあ? 何で俺に言うんだよ」
「いやだって、お前らいつも一緒じゃん。声かけた方がいいかなって」
「別に。幼馴染みだからって、んな四六時中一緒にいるわけじゃねえよ」
そう口では言うものの、満更でもなさそうな顔で暦深たちを見る航平。彼女たちが一緒にいることを信じて疑っていないように湊には見えた。
「男子3人、女子3人でちょうどいいしさ。な、行こうぜ。何だったらちょっと奢るし」
「天宮っちも来るの?」
田島の後ろに立つ湊を見て、暦深が言った。湊が頷くと、にこりと彼女は笑う。
「じゃあ行こうかな」
「マジ!? やったぜ!」
「おい、暦深……」
喜ぶ田島。
航平は戸惑いと微かな苛立ちを見せて、振り返る。
「天宮が来るから行くって、どういう意味だよ」
「だって、天宮っち面白いじゃん。一緒なら楽しそうだなって思っただけ。別にこーへーくんが目くじら立てる必要なくない?」
「……。お前らはどうする。無理はしなくていいぞ」
鋭理と福音に問いかける。
すると、すぐに福音は「行きます!」と答えた。なぜか湊の二の腕を見遣った鋭理も、「まあいいだろう」と頷いた。
航平は目を見開き、それから頭を掻いた。
煮え切らない航平の肩を田島が抱く。
「よっしゃ。憧れの3女神と一緒に遊べる! サンキューな、相沢!」
「別に俺に礼を言うことじゃないだろ」
鬱陶しそうに田島の手を払い、航平は言った。
「わかったよ。俺も行く。こいつらが変な真似をしないように監視しないとな」
「こいつらってオレと天宮のこと? ひでーな」
「うっさい。俺は暦深たちの保護者なんだよ、保護者。ほら行くぞ」
行くと決めると、航平は先頭に立って歩き出す。その後ろから付いていく田島を、湊は半ば尊敬の眼差しで見つめた。
ふと、視線に気付く。
暦深、鋭理、福音がそれぞれの表情で湊を見ていた。
「楽しみだね。じゃ、行こっか。天宮っち」
「ああ。こちらこそ、よろしく頼む」




