第52話 姿なき襲撃
森林に踏み込んだエリオとレギーナ。だが二人は、その奥地に入るにつれて、自分のいる場所を疑うような光景に直面した。
「……なんですの、これ?」
鬱蒼と茂る森林の樹木、ひしめくような木々の幹には『虹色に光る葉脈』のようなものが輝いていた。
「こんなの、普通の森では見たことがありませんわ」
「そうだな。この未開拓の森を進んだことはあるが、俺も初めてだ」
その虹の葉脈の様子は異質だった。
光の反射も薄いこの場所で、まるで発光しているかのようにいくつもの色を放っており、木々に何かが流れ込む様子を映したような有機的な動きをしていた。
そして、それらは血管のような形状ではなく、いわゆる幾何学模様のような、自然的とは言い難い模様をしていた。レギーナとエリオには、その不可思議な様子を表す言葉は無く、謎の葉脈以上の表現は二人の頭には浮かぶことはなかった。そして、周囲の機の幹が同じような特殊な葉脈模様を持っている方向へ進んでいくと、レギーナは不気味な気配に足を止める。
「どうした、レギーナ」
「……未開拓の森に、あんな巨大な洞穴、ありましたっけ」
レギーナが進行方向を指さす。葉脈のような光景が木々に映し出されるその先、まるでそこに最初から存在したかのような山肌と、巨大な洞窟が佇んでいた。それは、シルヴィがいなくなった時のそれとはまったく姿の違う、奥の見えない穴のような威圧感のある洞窟の姿だった。
「……レギーナ。あれは」
「えぇ、わかってます。この葉脈の出どころは、あの洞窟ですわ」
そう言って、レギーナとエリオは足元を見る。
それまで木々の幹に刻印されていただけだった虹色の葉脈は、枯れ枝や落ち葉の溜まる地上にも張り巡らされており、レギーナとエリオはそんな地上の葉脈模様が薄く途切れている場所で足を止めて様子を窺っていた。
「この葉脈、手で触れただけでは特に被害を受けるわけではなさそうですわね」
「今のところはな。だがどういうものなのかもはっきりしていない。これは罠の可能性も」
「十分ありますわね。尤も、これだけ異質な場所ならシルヴィも気が付くはず。この中にシルヴィが入ったかどうかも……考えなければなりませんわね」
そう言うと、レギーナは地上の葉脈などお構いなしに、その上を渡るように歩き進めていく。放射状に広がったその葉脈模様は、踏んだ程度では変形もせず、ただひたすらに地面に線を描いているだけだった。
そして、葉脈の様子が変わる事に気をつけながら、レギーナは大口のような洞窟の近くまでやって来た。道中何が起こるか分からなかったレギーナは、右手に剣を持ち、左手の力を抜く。そして力の抜けた左腕に水の球体が生成されて、レギーナは徐にそれを洞窟の穴へと突き出した。
「……この入り口」
そこまで言うとレギーナは、何もないはずの洞窟の入り口に手を添える。
何かがある。
目に見えない壁。レギーナが最初に感じたのはそんなイメージだった。そしてレギーナはさらにそれをノックするかのように叩いてみる。
コン……コン……
「エリオ。この洞窟、見えない壁で塞がれていますわ」
「見えない壁?」
そう言うと、レギーナは踵を返してエリオの方に戻って行く。
「えぇ、何もないかのように見えますが、あの場所には壁が」
そう言ってエリオに説明をしようとしていた時、無警戒だったレギーナに異変が起きた。
ザクッ!! ザクッ、ザクッ!!
「……え」
「レギー、ナ?」
気さくなトーンで話していたレギーナ。だが次の瞬間、何の予兆もなく、レギーナの身体に無数の貫通痕が表れ、そこから血が飛び出してきた。
「な、に……?」
「レギーナっっ!!」
エリオはすぐに彼女のもとまで走っていき、倒れかけた彼女の身体を抱きとめる。そして自分の前に抱えて、エリオはその洞窟から過剰なほどに距離をとって太い木の陰に隠れた。
「レギーナっ! しっかりしろっ!」
「エ……リオ」
「今はしゃべるな。すぐに応急処置を……」
そう言ってエリオはカバンから白いガーゼを取り出して、レギーナの複数の患部を止血する。幾つもあるその貫通痕は幸い小さな穴であり、流れ出る血はまだ少ない方だった。
だが、その数は軽視していいものではなかった。肩、腕、脇腹、足……計八箇所にわたって、何かがレギーナの身体を貫いている。一つ一つが小さいとは言え、それはまるで、レギーナを仕留めようと包囲攻撃を打ったかのような様子だった。
「エリオ、逃げ……ぐうっ!」
「しゃべるなと言っただろう。止血はどうにか終わる。そうしたらすぐに……」
「……葉脈が、広がっ…………」
「葉脈……?」
レギーナが、朦朧とする意識とケガに苛まれながら言った言葉に、エリオは振り返る。
ズズズ……
レギーナが撃ち抜かれてから、洞窟から距離を取っていたエリオは、例の虹色の葉脈が低い音を唸らせながら周囲に広がっていく様子を捉えた。
「まさか……アレがレギーナに攻撃を……」
エリオに葉脈の事を伝えたレギーナは、そのまま力なく息をして、意識を急激に弱らせていた。これ以上レギーナの救命を遅らせてはならない。しかも後ろの謎の葉脈はその速度を上げてきている。
「レギーナ、言ったんエリュ・トリに戻るぞ。お前の治療が……っ!?」
そう言って来た道を帰るように足元に力を入れたその瞬間、
ザァァァァァァッッッッ…………!!
葉脈は、逃げようとするエリオをその範囲に囲い込むかのように、とてつもない速さで侵食を始め、エリオが駆け出した時には、すでにその足元と退路には、虹の葉脈が蔓延っていた。
「これは、まずいっ!!」
状況を判断する間もなく、エリオはレギーナを背負って、これまでに来た道を引き返そうとする。だがその行く先を次々と葉脈が走り、一向に逃げられる気配がしない。さらに、エリオが洞窟から距離を置くごとに、その葉脈の侵食が『エリオの足元を追う』かのように絞られていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
自分たちが想像以上に深い場所に入っていた事を自覚したエリオは、レギーナを抱えたまま息を荒げて脱出の道筋を組み立てていた。方向を思いだすための木々を目印に、エリオは正確な退路を導き出して、鬱蒼とした空間から次第に光が溢れている事を感じた。
「よし、これなら……」
そう思い、人ひとりを抱えて走ってきた足を緩めて、その足元から気を抜いたその時。
グシャァ!!
「がっ……は……」
何の前触れも予兆もなく、エリオの身体に、全身を押しつぶすような衝撃がかかる。耐えようのない圧力と共に、エリオは口から血を吐き出した。
「ゲボっ……な、にを」
以上なまでの圧力に、抱えていたレギーナをも背中から離して、彼女の身体は森林に打ち捨てられるように転がった。そしてエリオは痛みを通り越した感覚にその場で気を失い、二人は止まらない血を抑えることもできずにその場に残った。
「エリオっ! レギーナっ!」




