始まりは、雨の音から
朝食を終えた理純は、昨日の入学式で着た真新しい高校の制服に袖を通す。
制服に着替えてからの朝食だと、朝食を制服にこぼしてしまった時が大変だ。だから星野家の朝食は全員寝巻き姿である。
校章のバッジを着けた黒のブレザー。校章が刺繍された白いカッターシャツ。モノトーンチェックのプリーツスカート。臙脂色のネクタイ。
(進学校って制服ダサいイメージだったけど、音宮高校の制服って大人っぽい感じで結構オシャレ)
理純が入学した県立音宮高等学校は偏差値七十二の進学校だ。
理純の中で、公立の進学校というと制服がダサめのイメージだった。実際、理純が通える範囲にある偏差値が高い公立高校の大半は制服がイマイチなのだ。しかし、音宮高校だけは違った。おまけに音宮高校は髪の色を染めたりパーマをかけたり耳にピアスの穴を開けることさえしなければ、制服さえきちんと着ていたら他は自由にしても構わない。髪型も自由で、靴もブーツ、ヒール、サンダル以外ならカラフルでも許される。更にスマートフォンも授業中に使用しなければ持ち込み可能。校則がかなり緩いのだ。だから理純は音宮高校を選んだのである。
理純は姿見に向かってニッと口角を上げる。
中学三年生の夏頃はまだショートボブだった髪も、今は肩にかかるかかからないかくらいのミディアムボブになっていた。
(昨日は入学式だけで、クラスの子達とは全く話さなかったけど……新しい友達出来るかな?)
期待と不安が入り混じる中、理純は身支度を終えた。
「理純、もう出るの? お弁当持った?」
母の言葉に理純は「うん」と頷く。
「天気予報、今はまだ降ってないけど午前中雨みたいだから、傘持って行きなね」
「折り畳み傘鞄に入れてるから大丈夫だよ。それに、午後は晴れるし」
理純は昨日初めて履いた茶色のローファーを履き、右足のつま先でトントンと軽やかに地面を叩いた。
「じゃ、行ってきまーす」
理純は家を出て、軽い足取りで学校へ向かった。
中学までは徒歩通学だったが、高校からは電車通学になる。
家から最寄り駅までの道のりは何度も通ったことがある。しかし、新しい制服に身を包んで歩く道は、どこか新鮮だった。
軽く規則正しい理純の足音は、まるで期待と不安が入り混じりワクワクとしている様子である。
初の電車通学にドキドキしながら、理純は高校の最寄り駅方面の電車に乗る。
電車がガタンガタンと音を立てて揺れる。
今はまだ慣れないが、理純はいずれこの電車の音にもきっと慣れていくのだろうと思うのであった。
♫♫♫♫♫♫♫♫
入試の時や昨日の入学式の時も思ったが、音宮高校の最寄り駅は少しもの寂しい。
しかしそんなもの寂しさとは裏腹に、駅には理純と同じ音宮高校の制服を着ている生徒や、他校の制服を来た高校生達、これから通勤する社会人など、人で賑わっている。
ドラマや漫画で見る高校生は放課後遊んで帰るイメージだが、音宮高校の最寄り駅では遊ぶところすらなさそうだ。
強いて言えば、小さなショッピングモールがあるくらい。
それでも理純は不満に思わなかった。
理純は駅のロータリーを抜け、学校へ向かう。
その時、ポツリポツリと雨が降り始めた。
天気予報通りだなと思った理純は、高校用に買ってもらったスクールバッグに入れた折りたたみ傘を取り出そうとする。
しかし、折り畳み傘は中に入っていなかった。
(嘘……!? もしかして、入れ忘れた……!?)
ガサゴソと鞄の中を探しても、折り畳み傘は見当たらない。
降り始めた雨は、どんどんと強まっていた。
ザーザー降りではないが、大きめの雫が空からこぼれ落ちている。
仕方がないので理純は近くにあった軒先に避難した。
パラパラと大きめな雫が地面に落ちる音が響き、理純は途方にくれてしまう。
(雨が止むまで待っていたら遅刻するよね……)
理純は空を見上げてふうっとため息をつき、覚悟を決めて軒先から出ようとした。
「あの」
その時、後ろから声をかけられる。
心地の良い柔らかな男性の声だった。
そこにいたのは、音宮高校の男子の制服を着た少年。青い傘をさしている。
黒のブレザーとモノトーンチェックのスラックスはシワがほとんどなく真新しい。
恐らく理純と同じ入学したばかりの一年生だろうか。
理純よりも身長は高いが、彼の身長は成人男性の平均身長程度である。
中性的な顔立ちで、どことなくミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
「良かったらこれ、使ってください」
少年は理純に黒い折り畳み傘を差し出した。
「……ありがとうございます」
理純はおずおずと黒い折り畳み傘を受け取る。
「じゃあ俺はこれで」
少年は柔らかに笑い、学校へ向かうのであった。
(折り畳み傘……助かった。優しい人だなぁ……。一年生っぽいけど、何組の人だろう? 同じクラスにはあの人いなかったはず)
理純はしばらく彼の後ろ姿を見ることしか出来なかった。
雨の音が先程よりも少し強まったことで理純はハッと我に返る。
「いけない、遅刻しちゃう」
理純は黒い折り畳み傘を開き、学校へと歩き始める。
傘は空から落ちる雫を受け、パラパラと不規則な音を立てていた。
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この物語の主人公、理純は音宮高校の新入生ですので『君と僕の響奏曲』に登場している響と奏達の後輩になります。




