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ほんのちょっと扇の向こうで話をしたら、その十倍でも二十乗でも足りない時間お姉さんが喋るので、王女様の意見なのか、そこに控えているお姉さんの意見なのかが分からない。

なんだかとても長く回りくどい言葉で、お礼やら賛辞やら言ってくるなと思ったけれど、ようは父さんと母さんに護衛について欲しいそうだ。

ここはそのお願いの場みたいだね。


父さんがそんな内容でお呼ばれに応じたのは、意外だったな。

こう言うの、嫌いでしょ。


「お断り致します」


ニッコリ笑って間髪入れずに、父さんが即座に却下した。

……やっぱりね。



父さんの言い分はこうだ。

謝罪の言葉を受け取るつもりでこの場に来たけれど、自分たちの非を認めず、頭を下げることもしないまま、己の主義主張だけ受け入れろと押し付けてくるのは、到底甘受出来ることではない。

しかも自分たちの立場は、現在一個人だとしておきながら、王家に連なる者としての命令を、軽々しく使ってくる。

そんな非常識な人間と行動を共にしていたら、ボクの教育上宜しくないし、何よりハゲそうで嫌だ。

とのことだ。


確かに、ボクもハゲた父さんは見たくない。

せっかく母さんが梳かしてうるうるのツヤツヤになったのに、ゴッソリ抜け落ちる様を想像してしまった。



父さんが何に対しての謝罪を要求しているのかは分からないけれど、悪いことをしたら謝るのは、人間関係を築く上でとても大事なことだものね。

夫婦関係においては、悪くなくても困らせたり悲しませた事実にまず謝罪しろと教わってきた。

夫婦じゃなくても、謝罪と御礼を素直に言えない人は、友達を無くすよ、とも言われたね。


自分の非を認められない人って、相手の悪いところに目が行きやすい傾向にあるし、変に自尊心が高い。

それに相手に勝ちたいとか、支配したいって欲求が強い。

本人にそのつもりがなくても、揉めごとや厄介ごとを招くから、確かに距離を置きたい対象だ。


御礼を言わない人は、やって貰って当然って感じの不遜な態度を取ってくる人が多いから、御礼の言葉を言われるためにやっているんじゃなくても、モヤモヤなんてしたくないもの。

やっぱり、距離を置くことになるよね。


そもそも、そんな些細な言葉一つで、ことが円滑に運ぶとが 分かっているのに、それすらしないような人、分かり合えると思えないから、近づいて欲しくないって言うのが本音だね。

父さんがツンツンしているのも、これ以上介入してくるな、という牽制の意味が込められているんだと思う。



偉い立場にいる人は、時と場合によっては、確かに謝ったらダメな場面があるとは思うよ。

責任の所在を押し付けられて、争いに発展する場合なんかは、軽々しく「ごめんなさい」なんて出来ないよね。


でもお姫様たちは、最初にその偉い立場に今は無いって明言している。

それなのにお姫様は、偉そうな態度こそ取ってこないけど、決して頭を下げないし、お願いもしないで命令ばかりする。

父さんが怒るのも、仕方がないよね。

人によっては、馬鹿にしている態度に見えるもの。

その対象の中に母さんが入っているのだから、そりゃ許容なんて出来ないよね。



「何より、王家が私達に何をしたのか、それを知らないとは言わせません。

 知った上でその要求を突きつけるのは、厚顔無恥にも程があります。

 知らないというのなら、お勉強不足のお子様は、早めにお家に帰られることをお勧めします」


おっと、いつもより父さんが不機嫌さんだ。

普段なら子供の戯言だと笑って受け流すのに、嫌味をぶつけるなんて大人気ない。

余程のいざこざが、過去にあったみたいだね。


ここまで怒りを露わにするってことは、先代の『勇者』と『魔王』に関することかな。

父さんが怒ることって、今までは母さんに関することが多かったけれど、最近はその二人が関わっていることも多いんだなって気付いた。


「貴殿らが何者か、名乗りを貰っていないが」

「想像くらいはついているでしょう?

 そのために、いつもの格好で来たのですから」


父さんの場合頭にお花が咲いているから、いつもと同じ格好とは言い切れないけどね。

確かに今日は、装備品の交換をしていない。


『賢者』とでも言おうとしたのか、お姉さんが口を開いた途端、父さんはいつものように、どこからともなく杖を取り出し、お姉さんにその先を向ける。

朝日を浴びてキラリと先端に光るのは、母さんの瞳と同じ、銀藍色の石だ。

霊力を込めると、お星様が流れるように輝く。


刃物を筆頭とした武器の類を、人に向けてはいけませんって教育したのは父さんなのに。

脅しではなく、本気だからいいとか言うのかな。

どっちみち物騒だ。

朝ごはんがまだだからなのか、今日の父さんはとっても怖い。



大人同士で話していたら、埒が明かないね。


「王女様、お名前は?」


一触即発の空気の中、ボーっとどこを見るでもなく、成り行きを眺めていた王女様は、声をかけられ、視線を合わせる。

「不敬な!」とお姉さんは言うけれど、今ここにいるのは成人の儀を終えて、スキルを授かったばかりの子供が二人。

それと保護者が三人。

それだけだ。


上も下も関係ないと言うのなら、初めましてからはじめないのが、そもそも間違いだよね。

ボクたちはまだ、挨拶すらしていないのだから。


「ボクの名前は透と言います。

 右にいるのが父さんで、左にいるのが母さん。

 あなたのお名前と、そちらの方との関係を伺っても?」

「……ステラ。

 ……メイド」


単語しか話せないのか、この子。

喋るのすら周り任せだから、会話が出来ないのだろうか。


「ステラさんに、メイドさんね」

(わたくし)の名前は蜜と申します。

 メイドは役職名です」

「それは失礼しました。

 それで、呼び出したのは謝罪や礼のためではなく、父さんと母さんに護衛を頼みたかったから、ってことでいいのでしょうか?」


コクリとステラは頷く。

そうかそうか。


「なら、ボクたちがこの場に呼ばれた理由からしてそもそも違うから、あなたたちの話を聞き入れる理由どころか、ここにいる理由がなくなりますね。

 騙して呼び出しておきながら、自分たちの言い分を通そうとするのは、立場云々関係なく、人として恥ずかしいことですよ。

 ひとつ勉強になって良かったですね。

 それじゃあ、ボクたちは部屋に戻ります。

 あ、部屋の提供だけはありがとう。

 お陰でグッスリ眠れました」


父さんと話している最中、チラチラとボクの方にメイドさん――蜜さんの視線が向けられていた。

最初から、父さんと交渉毎をするつもりは無かったんじゃないかな。


話の所々に同情を誘うような言葉があったし、自分たちの力不足を嘆くと同時に、父さんと母さんをヨイショする賛辞が混ぜられていた。

二人を担ぎあげ、口車に直接乗ってくれるなら万々歳。

そうじゃなくても、ボクが助け舟を出してくると踏んでいたのだろう。


昨日受付の所で、蜜さんはボクの様子を興味深く観察していた。

ボクも、結構お喋りを楽しんでいた。

お姫様は同い年だし、共感性を芽生えさせて、同情を引けばボクの方から「助けてあげよう」と進言してくれると考えて、それを狙ったのだろう。


だけど、残念。

だてに父さんの息子を、十年もやっていないよ。



昨日の夜に何があったかは知らないけれど、王女様側が何かしら迷惑を父さんたちにかけたのだろう、という予測くらいはつく。

そうじゃなければ、父さんは「謝罪」なんて言葉を前面に出さないもの。


状況的に、ボクたちに部屋を提供したのは、王女様たちの身代わりにするためだったんじゃないかな。

年齢が同じだし、暗がりでは背格好が似ていたら間違えることもあるかもしれない。


父さんが怒っている様子から見ても、腹ぺこなのもあるだろうけど、何よりもボクと母さんを危険に巻き込んだからっていうのが、一番の理由だと思う。

二人が巻き込まれたと言うのなら、ボクだって怒る。


それに礼儀を重んじない人は、ボクも関わりを持ちたくない。

せっかく朝から母さんに沢山撫でてもらって、オシャレをして、気分が良かったのに台無しだ。

この人たちと関わりを持たなければあの部屋を借りられないのなら、残念だけれど別の宿屋に移るか、街を出た方がいいね。

精神衛生上宜しくない。



礼節云々を主張するのだから、形式的にだけでも無礼があってはならない。

「失礼いたします」と言って一礼。

父さんと母さんを促し、退場しようとした。


その背後に、先程まで単語しか発することの無かった、美しい鈴の音のような声で「待って」と静止が掛かる。


それをボクは、あえて無視する。

その言葉では、ボクの言葉が届いたと判断出来ない。


「ま、待って!

 ごめんなさい。

 待ってください」

「謝罪を受け入れましょう」


くるりとすぐに踵を返して、先程までの位置に戻る。

とんだ茶番だなんて言わないで欲しい。

謝らなかったら、ボクは部屋から出ていく気満々だったのだから。


ジッと空色の瞳を再び見つめる。

この先の礼儀を最低でも自分で気付けないのなら、やはり適当な理由をつけてボクは出て行く。


真正面から視線を向けられることも、余りないのだろう。

あからさまに目が泳いでいる。


立場のある人って、いついかなる時も冷静に対応しなければならないんじゃないのだろうか。

こんなにうろたえていいものなの?

そうさせたボクが言うのもおかしな話か。


「ご、ごめ……申し訳ありませんでした」

「謝罪なら先程、受け取りました」

「え、ぇと…………」


助けを求めるかのように蜜さんに視線が向くけれど、この人にはボクが何を要求しているか分からないだろう。

だって仕事の関係もあるだろうけれど、この場にいる人間はお姫様が絶対的に上で、その他大勢はその下位の存在だと信じて疑っていない。


どれだけ言葉で対等だと言っておきながら、それを行動で示してはいないのだ。

百歩譲って父さんとボクはいいよ。


だけどさ、ここにはもう一人、淑女がいるわけですよ。

なのに椅子を勧めないってどういう了見なの? って小一時間問い詰めたい。


一生懸命考えているのだろう。

慌てふためく姿は可愛らしいが、自力で答えを導き出せなきゃ意味が無い。

母さんが発言しようとするのを牽制し、父さんが席を勧めようとするのを威嚇し止める。


そのやり取りを見て、ようやく気付いたのだろう。


「ど、どうぞ、お掛けください……」

「失礼致します」


言ってササッと母さんの横について介添えし、最初に座らせる。

父さんの役目を奪ってったぜ!

横目で父さんを見れば、とても悔しそうにしていた。

ふふん、ボクを子供だと侮ったな。


お姫様の言葉にニッコリ微笑み、ひとつ頷く様子は、とても父さんに似ていたと、後から母さんに言われてしまった。

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