20.1
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ブクマ、リアクションして下さった方、御礼申し上げます。
宿屋に宿泊した日の真夜中のお話。
『賢者』視点になります。
露台がある部屋という時点で、嫌な予感はしていたのですよ。
案内してくれた女は、どう見ても堅気ではない身のこなしでしたし。
所作の一つ一つに無駄が無さすぎる。
気配も希薄で、床を蹴る靴音は無音。
直立に構える姿勢には隙がなく、ただのメイドでないのは一目瞭然。
透の無邪気さに虚をつかれ、油断したその一瞬に響かせた金属音は、女の迂闊さ故か、透の可愛さによるものなのか。
そう問われれば、後者に違いないと断言出来ます。
初めて見る全ての物が刺激的なようで、街に入る前から、金色にも見えるその月とも太陽とも見まごうばかりの大きな瞳は、普段よりも一層輝きを増しています。
その魅力的な双眸を見れば、どんな者も見蕩れてしまうのは必至。
生半可な相手ならば動揺せずに済んだのでしょうが、なにせ紡さんの子供ですからね。
相手が悪かったのです。
致し方ありません。
暗器の類をスカートの下と裾、それと袖に最低でも仕込んでいますね。
それに数歩歩みを進めた時には完全な無音だったのにも関わらず、階段からわざとらしく響かせた靴底の音は、見た目に反して重い物でした。
蹴る時に勢いを付け、相手へのダメージを増やすためか、それとも靴にも武器を仕込んであるのか……
正直そこは、どうでも宜しい。
紡さんと透に無害ならば、令嬢もその護衛も私には関係ない。
そちらのお家騒動に巻き込んでくれるなとは思いますが。
二人とも情に厚い。
『勇者』の背景を知れば、今の状況を鑑みずに、自分達が窮地に立たされるリスクを負ったとしても、令嬢の手助けを申し出る可能性が出てくる。
透が聞き出してくれた話を統合すると、今代の『勇者』である令嬢は、現領主と正室の間に長い間望まれていた第一子。
しかし性別が女だったことで、成人し第一継承者になったにも関わらず、疎まれている存在だと言うこと。
領主は既に側室との間に、年が離れ何年も前に成人している男女を幾人も成しています。
授かったスキルはソコソコのものだとは聞いていますが、『勇者』に比べればどうしても霞みます。
それに政治的な取引のために宛てがわれた側室との間の子よりも、愛する正室との間に待望の子が生まれたのなら、領主としては『勇者』にその座を譲りたいと思うのは、心情的な面で理解出来ます。
まぁ、そもそも側室と子を作らなければ良かっただけな気もしますが。
領土内の叛意を黙らせるために、過去の『勇者』の行いに倣って世界行脚をさせ、魔物の数を減らし、人助けをして人民を味方につけ、磐石な支持母体を作るのが、今回の宣言と旅の目的でしょう。
『魔王』の話は、一切出てきませんでした。
混乱を防ぐために討伐を秘しているのか、そもそも『魔王』は復活していないのかは、残念ながら現段階では判明しておりません。
領主の誤算は、令嬢の味方が余りにも少なかった事でしょう。
何年かかるかも分からない、成し遂げられるかも不透明な旅を共にする程の忠義を捧げる者が、一人しか居なかったのですから。
首都から出れば、領主の目が届きにくくなります。
そのタイミングを見計らって、令嬢の暗殺を企てている者からの奇襲が増えることを、忠義心の強いメイドは予見していたのでしょう。
だから最上階のワンフロア全てを貸切にして、奇襲に備えようとした。
金銭的な出費は痛いでしょうが、敵を早々に一網打尽に出来るのです。
ある意味合理的な方法だと言えます。
実際に令嬢が宿泊しているのは、ひとつ下の階でしょう。
部屋のグレードは下がりますが、安全面では頭ひとつ出ます。
最上階なんて、屋根から侵入しやすいですからね。
露台なんてご丁寧な足場まで用意されたら、襲ってくださいと言わんばかりです。
……この方々、こんなにもあからさまなのに、罠を警戒しなかったのでしょうか。
私達が来なければ、あのメイドは何かしら罠を仕掛けて、侵入者を撃退するか捕らえるかしようとしていたのでしょうに。
宿側も、補償も含めた十分な金銭が支払われるなら、尊き方々からの直接の依頼を断る訳にはいきませんからね。
領主から協力要請もあったとの話でしたし。
紡さんの言ったように、祭りの季節でもないのですから、宿はどこも客入りがそこまで多くはありません。
家族連れの旅行者も滅多に来ないのだからと了承をしたのにも関わらず、私達が客として訪れてしまった。
不評は広がるのがとても早い。
しかも別の宿に「あそこの宿で門前払いされた」などと吹聴されては、今後の運営にも支障が出るでしょう。
みすぼらしい様相の親子だから断ったように思われる可能性が高いですから。
それで慌てて令嬢、もしくはメイドの許可を仰ぎに行った。
そんな流れだったのでしょうね。
「透の居る所で、こういう事はしたくなかったのですが……」
「ボヤいてないで、手ぇ動かしなさい!」
手は動かさずとも、透が起きないように術を掛け続けているのですが……
それに侵入者を調度良いタイミングで気絶させているのも、私の術です。
紡さんは人使いが荒いですね。
そういう厳しい所が、他者だけではなく自分にも向けられるものだから、文句を抱くことなど有り得ないのですが。
愛する妻の命令です。
喜んでとどめを刺すとしましょうか。
「……自白剤を打ち込んで酩酊状態にさせてあのメイドに渡すのと、ここで後腐れなく息の根止めるのならば、どちらの方が有用ですかね」
「楽なのは前者よね。
コレだけ大量の死体そこら辺に転がしたら、女神教に見つかる確率、上がるでしょ」
「ですよね」
それならばと風の精霊様に喚びかけて、手紙を創り出します。
伝言を録音するため、クチバシを霊力を込めた中指でピンと弾き、口を開かせます。
言葉を吹き込み終えたら、もう一度クチバシを叩き閉じさせました。
そのまま送ろうと思ったのですが……手紙は風精霊様から加護を与えられているか、私のように大賢者様より、その権能を直接賜らなければ使用できません。
今の領主の血族の間には、どこまでその技能が受け継がれているのでしょう。
血族固定の能力ではないですし。
使い方を知らないかもしれません。
メイド宛に出して、接触と同時に自動再生されるようにしておきましょう。
手紙を送ったら、大賢者様から教わった自白剤を、手持ちの薬草から精製します。
勿論、エグい効き目の方です。
依存性が高く、妄想の世界から抜け出せなくなり、社会復帰は当然、出来なくなります。
そもそも、自分の肉体維持すら困難になるものです。
アレコレ垂れ流しになるから、外でしか使用したくありませんね。
先にオムツでも履かせるべきでしょうか。
正直、こんなことを生業にしているような穢い人達に、必要以上に触れたくないのですが。
色々と面倒事がついて回る此方の薬ですが、しかしとても舌が滑らかになってくれる。
必要な情報さえ得たら、あとはどうでも良い矮小な存在です。
廃人になろうが野垂れ死のうがどうでも宜しい。
尊厳なんてないのですし、交渉が成立したら注射をしましょう。
効き目が現れるまで、何分かは掛かりますから。
そうすれば、私達は最低限の接触で済みますね。
久しぶりにゆったり家族三人、水入らずで過ごせる貴重な時間を邪魔されたのです。
人間扱いをする理由がありません。
……久方ぶりに紡さんと交合えるチャンスだったのを邪魔されたのですから。
絶対ぇ生易しい半端な扱いはしませんよ。
「先程の鳥は貴殿の使者か」
扉から礼儀正しく入ってくるかと思いきや、招かれざる客と同様、窓から来訪したメイドさんは名乗ることもなく第一声から不躾に質問をして来ます。
そんな態度では、主人の程度もたかが知れていますね。
単に領主が我が子可愛さに盲目になっているだけですか。
そうなるとろくな政治が出来なさそうですし、『勇者』と『魔王』の現状把握が出来次第、やはり大陸を渡るべきでしょう。
「その窓、侵入者撃退の術が施してありますよ。
どうぞ、玄関から再訪下さい」
忠告を無視して一歩踏み出したメイドを、容赦なく電撃が襲います。
大抵は油断している所に、高い出力の電流が襲うので、身構える間もなく気絶するのですが……
さすが王女の護衛を兼ねているだけある従者ですね。
持ち堪えられるとは思いませんでした。
賞賛の意を表そうと拍手をしたら、気に障ったのか眦をキッと吊り上げてきます。
気絶しないだけでも凄いのに、まさか睨んでくるとは。
元気ですねぇ。
紡さんが最後の一人を拘束し猿ぐつわまで噛ませたのを確認してから、窓に施した術を解きました。
ずっとその場に留めていたら、窓を閉められませんから。
それにしても……悲しいことに、紡さんの捕縄術が上達しています。
近年活躍することのなかった技術だと言うのに、なぜそんなに手際良く捕縛出来るのでしょう。
そんな才能が、我が妻にはあったと言うことなのでしょうか。
……変なプレイに目覚めて、夜の生活に使われる日が来ないことを祈りましょう。
それ以上に、夜の生活を拒否するための拘束に使われる日が来ないことを、切に祈りましょう。
「さて、メイドさん。
来訪のご用件は?」
「アンタ、その格好はさすがに偉そう」
ソファに腰を沈め足を組んだだけなのですが、そんな尊大に見えますか。
まさか今日一日の演技のせいで、不遜な態度が板に付いてしまったと言うのでしょうか。
それは由々しき事態です。
それとも相対するメイドさんが、地面に這いつくばったままだからそう見えるのでしょうか。
ならばこの不躾な来訪者が、向かいのソファに座れば良いだけの話です。
さっさと回復して座れば宜しいでしょうに。
そうすれば紡さんに怒られることもなかったのに。
……そう思うと、少々腹立たしいですね。
いえ、最近はそういう機会が減っていました。
私は勿論ですが、透はそれ以上に、とても良い子ですから。
お小言を言われるまではあっても、大抵その表情は呆れたものが多い。
久方ぶりに怒りの表情を見られたことは、僥倖とも言えるでしょう。
なので、許して差し上げます。
立ち上がりメイドさんに手を差し伸べ、治癒を施します。
それを見て紡さんは納得したようで、私が座っていた席の横に、ちょこんと着席をしました。
この! 体躯に似合わぬ小動物のような所作が! また可愛らしいんですよ!
真隣に座ってくれるようになったのは、いつ頃でしたかねぇ。
若かりし頃を思い返そうとすると、どれだけ時間があっても足りません。
後ろ髪引かれる思いはしますが、思考を一度落としましょう。
完全に回復した自身の肉体が、信じられないのでしょう。
メイドさんは虚を衝かれたように掌を凝視し、痺れが残っていないかの確認をしています。
そんなことをせずとも、私が治療をしたのです。
元からあった不調すら、完全に回復している事でしょう。
「あ……貴方たちは一体……?」
「部屋の主の許可も得ない真夜中の窓からの突然の来訪に、その主からの質問にも答えない。
その上自身の質問には答えろと?
これだけ無礼者なのです。
余程貴女の御主人様は愚か者なのですね」
「ハイハイ! 厭味言ってるヒマあったらサクサク話進めなさい!
どうせアンタ、お姫様の護衛なんだろ?
んで、アタシたちが襲われる危険性が高いのを承知した上で、何の説明もなくこの部屋を提供した。
そこまでは合ってる?」
私の後頭部を掌で軽く叩いた後、口にした通り、回りくどい言い方をする事無くメイドさんに詰め寄る紡さん。
昔から交渉や駆け引きの類は苦手なんですよね。
任せて大丈夫なのか不安ですが……彼女も親です。
透に悪影響を及ぼすような結果には、持っていかないでしょう。
せっかく妻が張り切っているのです。
夫である私は傍観に徹しましょう。
何かしら此方に不利益が及ぶような事になりそうなら、実力行使で永遠に黙らせれば良いだけです。
…………。
………………。
ピシュンッと軽くも鋭い音が、部屋に短く響きます。
メイドさんの耳に小さく空いた穴からは、微量ながらも血が滴り落ちてきました。
千切れてしまっては、後始末が大変です。
貫通させない程度の威力でトラガス部分に穴を開けようとしたのですが、残念ながら威力も照準も、コントロール力が落ちていますね。
インナーコンクに風穴を開けて、耳にかけてあった髪も少量、貫通したため床に落ちてしまいました。
カーペットの染み抜きは面倒臭そうですね。
透にさせるわけにもいきませんし。
この人の血ですし、本人に後で掃除させましょう。
「耳が聞こえないようなので、穴を増やして差し上げましたが、如何です?
……紡さんの質問にだんまりを決め込むのなら、お口も不要ですよね?」
透曰く『暗殺者』のスキル持ちなだけあり、痛みに鈍いのでしょう。
身動ぎひとつせず、悲鳴を上げないのは偉いですね。
透が起きてしまったら大変ですから。
微笑んで杖の先端を向ければ、縫い付けられていた糸が解けたようです。
無駄な殺生をせずに済みました。
彼女は予想通り、『勇者』の護衛兼世話係として旅に同行している従者だそうです。
そして露台のような、侵入しやすい場所に私達を配置したのも、わざと敵さんを誘い出すため。
請負人は十歳程度の子供と従者の始末等という曖昧な依頼を受けているはず。
そう思い私達を囮にしたのだと、かなり緊張した面持ちで答えて下さいました。
襲撃者を捕え依頼主まで辿りつき、制裁を下せれば最上。
そうでなくても、私達に手を下した報告を請負人が持って帰れば、暫く彼女達の旅路は安全なものになる。
そう判断しての行動だったそうです。
主を思ってのことなので、従者としては評価しますが、一児の親として、また愛する妻を守る身としては、いい迷惑ですね。
私達としては、騒ぎが大きくなれば女神教に居場所がバレてしまいます。
それだけは避けたい。
『勇者』御令嬢がどうなろうと知ったことではありませんが、この強襲者達をそのまま返すのも、タダでこの方に引き渡すのも、勿体ない。
さて、どのように利用しましょうか。
せっかく繋がりが出来ましたし、令嬢の『勇者』のスキルが本物なのか、確認はしたい所です。
しかし私のスキルでは、相手のスキル名は表示されません。
今令嬢を連れて来させても、意味がありません。
透の眼は、鑑定と言うよりも解析眼や炯眼と言うべきなのでしょうね。
人物限定のようですが、本質を見極める力が、私のものよりも遥かに優れている。
大賢者様の権能の一部しか譲り受けていない、弊害なのでしょうか。
それとも、『整理士』の基本能力の高さ故なのか……
無いもの強請りをした所で、現状は変わりませんからね。
気持ちを切り替えていきましょう。
こんな夜更けに、熟睡している透を起こすのは却下です。
育ち盛りの子供から睡眠を奪うなんて、あってはなりません。
タダでさえ不自由な生活をさせてしまっているのに、これ以上の無体を強いる位なら、私は女神教の総本山に赴いて、あの女を巻き込み自爆をするべきでしょう。
今この『暗殺者』から得られる情報だけでも、聞いておきますか。
あとせっかく『使用人』なんて万能なスキルをお持ちなのですから、この部屋の掃除をお願いしましょうかね。
そこら辺に転がっているゴミの始末も含めて。
早起きの透が起きてくる前に、全て片付けなければ。