後編 犯人の父親は……、署長!?
侍の幽霊に憑依され、連続放火事件の犯人を捕まえる事ができた新人刑事・佐久間武士。
しかしその犯人が、警察署長の息子だとわかり……?
どうぞお楽しみください。
「面倒な事になったな……」
「……はい……」
一通りの聴取を終えた班長と僕は、一緒に溜息をついた。
「……はぁ。とりあえず、署長に話してくる……」
「お、お願いします……」
班長が署長室に向かうと、限界に達していた膝が震え出す。
誰もいない廊下のベンチに腰を下すと、お侍さんが壁をすり抜けて現れた。
普段ならショッキングな登場だけど、今は驚く気力もない……。
『ふむ、彼奴がここの頭の息子であったとはな』
「はい……。そして父親である署長から警察官になるようプレッシャー……、強要され続けていて、必死に頑張ったけど本命の学校に不合格で、自棄を起こしたようです……」
『この時代では長男が家を継ぐにも、その力ありと示す必要があるのか。才の無い者が継ぐよりは良いのかも知れぬが、継げなかった者は不憫よの』
「家、とはちょっと違いますけど、そうですね……」
親の仕事を継ぐのが当たり前だった時代。
職業選択の自由はないけど、それはそれでうまく回っていたのかな。
『しかし頭の子息となると、裁きは難しくなるのであろうか』
「多分そうなると思いますね……。ホント勘弁してほしいですよ……。ただでさえ未成年の案件は対処が難しいっていうのに……」
『やはりあの場で腹を切らせておけば良かったのでは無いか?』
「……そんな訳ないでしょう……」
江戸時代って楽なんだか大変なんだかわかんないな……。
「しょ、署長! 落ち着いてください!」
「……!」
うわ、署長、めっちゃキレてる……!
当然だよなぁ。
普段から規律に厳しく、厳格に対処している署長。
そんな自分の息子が連続放火事件の犯人だもんな……。
……これまずいんじゃないかな……。
『殺気だ』
「え?」
『あの男から殺気が漏れている。子を自ら裁き、頭としてのお役目を全うせんとするとは、あの甘ったれの親にしてはなかなかの覚悟ではないか』
「!」
お侍さんの言葉に悪寒が走る。
勿論本当に殺したりはしないだろう。
でも怒りに任せて、「お前は私の子ではない!」とか、「親子の縁を切る!」などと言う可能性は高い。
そしてそれは、自分の行動を悔いている彼を致命的に傷付ける……!
「ま、待ってください署長!」
「……どけ」
「さ、佐久間……!」
凄まじい怒りに、身体が震える。
百戦錬磨の班長ですら、言葉に詰まっている。
余計な事を言えば、多分殴られるだろう。
それ程の怒りが、署長には満ちている。
……だけど。
「わ、わりぇわりぇの仕事はっ」
緊張のあまり噛んだ!
でも言い切るしかない!
「犯罪を未然に防ぐ事が大事な事だと思います!」
「それがどうした……?」
「あの、ここで安永君を署長が責めたり厳しく罰したりしたら、彼は本当の犯罪者になる可能性が高いです! 何故なら彼はお父さんが大好きだからです!」
「……何を言っている……?」
あああテンパって話がまとまらない!
「あの、ですから、今回の事件は、お父さんに認められたい安永君の、その期待に応えられない自分への怒りや劣等感が、試験の不合格を暗示する桜の花びらに向けられたんです!」
「……」
「間違った事をしたのは事実です! でもここでお父さんに見捨てられたと感じたら、彼の拠り所はなくなります! お父さんを恨み、社会を恨み、犯罪に向かってしまうかも……!」
「……許せというのか……? 君達の模範となるべき私が、身内の罪をもみ消せ、と……!?」
署長の怒りが膨れ上がる!
違うそうじゃなくて……!
「ば、罰は必要です! そうしないと反省が育ちませんから! でもその後に抱きしめてあげてください! 突き放さないでください! 償えばやり直せると教えてください!」
「……」
「お願いします! 僕は安永君を二度と捕まえたくないんです!」
「……ふぅ……」
署長が、息を、吐いた……!
肩から力が抜けた……?
「……二瓶班長」
「は、はい!」
「私は今から休暇を取る」
「……へ?」
「署長ではなく安永の父として、この部屋に入りたいのでな」
「……! わ、わかりました! そのように処理しておきます!」
よ、良かったぁ……。
何とか危機は脱したぁ……。
『やはりお主、面白い男よの』
再び廊下に一人になり、腰が抜けたようにベンチに座った僕に、お侍さんがにやにやした顔を向けてくる……。
そりゃあれだけテンパってるの見たら面白いでしょうよ……。
『だがまだまだ未熟。此度の一件、拙者が手を貸さねば大事となっておったぞ』
「……それは、本当にありがとうございます……」
あの喝がなかったら、安永君に出会えもしなかった。
乗り移られなかったら、自分も安永君も無傷で捕まえられなかった。
何より刑事としての信念を自覚できたのは、このお侍さんのお陰だ。
『うむ。その素直さや善し。お主、名前は?』
「あ、佐久間武士です。武士って書いてたけしなんです」
『ほう! 良き名だな!』
「あ、ありがとうございます……」
『拙者は宮木武次郎!』
「宮木さん、ですね」
『これからもよろしく頼むぞ!』
「はい、よろしくお願い……」
え?
何かおかしい言葉が聞こえたよ?
『まずは身体を鍛えるところからだな! 朝晩素振りを五……、いや武士には三百からが良いか。道場にも通おう! この辺りでは何流が盛んだ?』
「え、ちょっと、お侍さん!?」
『武次郎で良いぞ』
「じゃ、じゃあ武次郎さん……。あの、お墓に戻ったりは……?」
『戻ってもする事が無いしの。お主を立派な同心に鍛え上げて見せよう!』
「結構です!」
『うむ! では今後ともよろしく頼むぞ!』
あああ日本語なのに話が通じない!
すっごい張り切ってるし……。
恩はあるけど勘弁してほしい……。
この時の僕は、後に自分が「侍刑事」と呼ばれるようになるなんて、思ってもいなかったのだった……。
読了ありがとうございます。
続きません。
武次郎が情報を集め、武士が推理で追い詰め、抵抗する犯人を二人で制圧する幽霊とのバディもの、なんて話は面白そうですが、推理パートが無理めなので……。
読んだり観たりするのは好きなんですけどね……。
あと「憑依合体!」とか言ってはいけない。いいね?
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!