信じるという事
「結局、最終的にはコロニーの長に間に入ってもらって果樹園は全てコロニーそのものに寄付して、出た利益はコロニーの皆で分けてもらうようにお願いしてから、父さんは私達を連れてコロニーから出て行ったの。あいつら、果樹園が自分達のものにならなくてすっごく悔しがっていたわ」
ため息とともそう言ったリッティの言葉に、私はなんとも言えない顔になる。
「そいつらには、思いっきりザマアミロって言いたいけど、だからと言って果樹園の権利を全部手放してコロニーを出ていくのは、さすがに……」
言い淀む私に、リッティは小さく笑って首を振った。
「自分のせいでこんな事になったって言って凹みまくっていたあいつに、父さんはコロニーを出るいい機会になったって言って笑っていたわ。確かに、ここへ来て心の底から思ったもの。あのコロニーは本当に息苦しくて窮屈なところだったってね」
ここしか知らない私には分からない感覚だけど、なんとなくイメージとしては、全員顔見知りで相互監視がもの凄い田舎の閉鎖的な村っぽい感じ、とか……かしらね?
そんな事を考えていると、リッティが大きなため息を吐いて空を見上げた。
「私達がこのコロニーにお世話になってしばらくして、ワルターの家族も鷹族のコロニーを出てこっちへ来たの。その時に聞いたんだけど、私達が出ていった後、あいつらが文句を言って果樹園の権利を巡って揉めまくったらしくてね。その結果、それを見て愛想を尽かした何人もが鷹族のコロニーを出てこっちへ越して来たのよ。結局、果樹園の管理と世話の指導の為にコロニーに残っていた伯母も、最終的にこっちへ来たわ。ワルター達にもお礼を言われたわ。コロニーを出るいい言い訳になったってね」
「それって……」
「まあ、その時の奴らの様子を見て、どちらが嘘をついていたのか分かった人が多かったみたいね。おかげで、今ではもう、あの鷹族のコロニーでもグレイの事を悪く言う人はほぼいなくなったみたい」
「よかった。疑いは晴れたのね」
嬉しくなって笑う私に、リッティはまたしてもため息を吐いて首を振った。
「一応はそうなんだけどね。だけど今でもあの女とその家族達は、自分は悪くない。グレイが悪いんだって言い続けているらしいわ。私が貴女にこの話をしようと思ったのは、万一にも他の誰かの口からこの一件を、それこそ歪んだ偏見に満ちた目で面白おかしく聞かされないようにする為でもあったの」
苦笑いするリッティの手を、私はそっと握った。
「嫌な思い出をちゃんと話してくれてありがとう。もちろん私はグレイさんを信じるし、この話をしてくれたリッティの事だって信じているわ」
「ありがとう、ルリ。そう言ってくれてとても嬉しいわ」
顔を見合わせて頷き合った私達は、自然に手を伸ばしてもう一度しっかりと抱き合った。
「本当にありがとう。ルリがこの世界に来てくれて本当に嬉しい。これからもよろしくね」
「私の方こそ、お世話になってばかりで感謝しかないわ。こちらこそ、よろしくお願いします」
手を離してお互いの顔を見た私達は、ほぼ同時にそう言い、もう一度吹き出して笑い合ったのだった。
「はあ、じゃあそろそろ戻りましょうか」
「そうね。じゃあ夕食まではまだしばらく時間があるし、少しだけど畑へお手伝いに行ってこようかな」
ベンチから立ち上がり、腕を上げて思いっきり伸びをすると、無意識に羽が動いて、同じく伸びをするかのように大きく開く。
「何度見ても綺麗な翼ね。それで、訓練の成果は出ているの?」
同じく立ち上がったリッティが、私の翼を覗き込むようにしながらそう言って笑う。
「全然ね。確かに動かし方や開き方は以前よりも上手くなったような気がするけど……正直言って、もう飛べるようになるのを割と本気で諦め始めているところ」
ため息とともに小さな声でそう答えると、いきなり腕を掴まれた。
「何を言うの! そんな簡単に飛ぶ事を諦めないで! 絶対に、絶対にまた飛べるようになるわ!」
真顔で一気にそうまくし立てられて、咄嗟に返事が出来なかった。
無言のまましばし見つめ合う。
「ああ、ごめんなさい。ついカッとなっちゃったわ。強く掴んでごめんなさい。痛くなかった?」
ため息と共に申し訳なさそうな顔になるリッティを見て、今度は私が真顔で首を振った。
「大丈夫。心配してくれてありがとうね。そうよね。諦めたらそこで試合終了だものね」
「え? 試合終了って?」
某バスケ漫画の有名なセリフが思わず出ちゃったけど、残念ながらスポーツの概念がないらしいこの世界では、そもそも試合終了って言葉が通じなかったみたい。
「なんでもない。行きましょう」
誤魔化すようにそう言って置いてあったドーナッツが入ったカゴを手にした私は、笑って振り返って手を振るとそのまま走り出した。
「ああ、待て待て〜〜〜」
笑ったリッティがそう言い、一気に飛んで私を追いかけてきた。
「来るな〜〜〜!」
カゴを振り回しながら笑った私がもっと速く走る。とはいえ空を飛んでくる相手に勝てるわけもなく、あっという間に追いついたリッティにカゴを奪われてしまった。
「返せ〜〜!」
笑いながら腕を伸ばすも、軽々と飛び立ったリッティには、当然だけど手が届かない。
「えい!」
わざと低く飛んできたリッティを見た私は、タイミングを合わせて思いっきり地面を蹴って真上に向かって力一杯ジャンプする。
その時、完全に無意識だったんだけど私の翼が大きく広がるのが分かった。
『飛べ!』
心の中で力一杯そう叫んだ瞬間、確かにほんの一瞬だったけどふわりと私の体が浮いた。
「ええ?」
しかし、驚く間も無く私の体はそのまま落っこちて尻餅をついてしまい、そのまま地面に背中から転がって逆でんぐり返り状態で見事に一回転してしまった。
「ちょっと! 大丈夫?」
慌てたリッティがすぐに私のすぐ横に降りてきて、腕を掴んで起き上がらせてくれる。
「だ、大丈夫……」
そうは言ったけど、私の体はガタガタと大きく震えている。
それは、以前この世界へ来て初めて飛んだ直後みたいに。
「ねえ! 今、今一瞬だったけど体が浮いたわ!」
「だよね! 上から見ていても、確かにルリの体が少しだったけど明らかに浮いたように見えたわ」
しばらくして震えが止まったところで、ずっと握ってくれたままだった手を力一杯握り返しながら早口でそう言い、そのまま半ば呆然と顔を見合わしたきり無言になる。
「ねえ、もう一回……やってみてもいい?」
「もちろん! もし、今みたいに落ちたら絶対に受け止めてあげるから、思い切りやってみなさい」
真顔のリッティに大きく頷かれて、私も真顔で大きく頷く。
それから、彼女から少し離れたところで立ち止まり目を閉じた。
「さっきの感覚を思い出して、飛べる。私は飛べる」
自分に言い聞かせるように何度も飛べると呟き、一つ深呼吸をした私は顔を上げた。
「いきます!」
初めて飛んだあの時と同じ台詞を力一杯叫んだ私は、大きく開いた翼を思い切り羽ばたかせて、さっきと同じように地面を蹴って真上に飛び上がった。
飛べ! と、心の中で大きく叫びながら。




