最後の問いと私の覚悟
「ん、うん……」
のんびりとお昼寝を楽しんでいた私は、横向きになっていた体を少し動かしながらながら小さく声を上げた。
敷布の下の地面がちょっと凸凹になっていて、ちょっと寝心地が悪かったのよね。
次の瞬間、なんだか不思議な感触があってさっきまで痛かった地面の凸凹が一瞬で消えて無くなった。
「え?」
驚いて地面に手をついて慌てて起き上がる。
その時、敷布に手をついたはずなのに妙に柔らかな感触があってさらに驚く。
「ええ! 何これ!」
そう叫んで辺りを見回し、もう一度驚きの声を上げる事になったわ。
だって、頭上に広がる瑠璃色の空は変わらなかったんだけど、そこにあの巨大なドラゴン達が勢揃いしていて私を見下ろしていたんだもの。
しばしドラゴンの皆さんと無言で見つめ合った後、腕を組んで考える。
「えっと……確か私は、グレイさん達やチムタム達と一緒にヴァナとフレイを連れて出掛けて、郊外の草原へ行って……カーディーさん一家とディランさん一家と合流して、お弁当を食べてからお昼寝していたはず……あ! そっか。これは夢ね」
一番正しいであろう答えを思いついて、思わず手を打つ。
『まあ確かに夢ではあるが』
『現実でもあるよ』
『我らが其方の夢に入らせてもらっている』
『だからこれは現実であり夢でもあるのだよ愛しい吾子よ』
笑ったドラゴンの皆様の優しい声に、驚きつつも納得したわ。まあ、この世界でならそういう事もあるのだろうってね。
「ええと、それでわざわざ私の夢の中にまでドラゴンの皆様が揃ってお越しになるって……何かあったんでしょうか?」
なんだか不安になって、ちょっと警戒しつつそう尋ねる。
『ああ、我らは一つ其方に確認したい事があって参った』
『しばし時間をもらっても構わないだろうか』
ドラゴンの返事に、まだ警戒はしつつも頷く。っていうか、この状況で断るわけにはいかないわよね。
「はい、確認って何でしょうか?」
私の質問に、近くにいた一番大きなドラゴンが顔を寄せてきた。
ううん、こうやって近くで見ると圧倒的な大きさね。
『伴侶を得て、さらには双子まで生まれた其方に、今さらこんな事を聞くのは少々気が引けるが』
『これも決まり故、聞かぬわけにはいかぬのだよ』
苦笑いするかのようなドラゴンの言葉に、私は首を傾げる。
「それでドラゴンの皆様が、こんなに改まって、一体私に何をお聞きになりたいんですか?」
聞かれる内容が全く思い当たらずに、少し考えつつそう尋ねる。
返ってきたドラゴンの言葉に、私は絶句する事になったのでした。
だって、私を見た大きなドラゴンはこう聞いてきたんだもん。
『これが唯一にして最後の機会だ。元の世界に戻りたいか?』ってね。
突然の、予想外の問いに私は咄嗟に答える事が出来なかった。
「待ってください。何なんですかそれ。しかも……帰れる? 元の世界に?」
何とかそう呟いた途端、唐突に、無意識に忘れようとしていた元の世界の様々な事が一気に鮮明な記憶として私に襲いかかってきた。
毎朝の、大勢の人であふれかえって呼吸するのも困難なほどにぎゅうぎゅう詰めな満員電車。小柄な私は、人の中に埋もれてしまって本当に毎日大変だった。
それから、残業続きで溜まる一方な事務仕事の山と次々に変わっていくモニターの画面。
締め日明けに会社の友人達と行った、会社近くにある美味しいイタリアンレストランのランチメニュー。
休日に通っていたお気に入りのカフェで頼む、いつものカフェオレとチョコレートドーナッツ。
狭いけれども、私の趣味が詰まった一人暮らしの部屋。
お気に入りのワンピースとサンダル。
手作りショップで見つけた、素敵なガラス細工のペンダント。
まだ十代だった時に事故で亡くした、私の両親の写真。
学生時代の友人達と撮ったプリクラの数々。
ネイルショップで見つけた可愛いミニシール。
何故かいつも私の後を追いかけてくるくせに、絶対に触らせてくれなかった近所のマンションの駐車場に住みついていた三毛の野良猫。
「わ、私は……」
突然沸き起こった懐かしい記憶の数々に圧倒されて、言葉が出てこない。
『よく考えなさい。答えられるのは一度きりだ』
こんな重要な人生の分岐点を、考える間も与えずに突然問わないで。
心の中で絶叫したわよ。
『深く考えずともよい。其方がどうしたいかを考えなさい』
さっきとは別のドラゴンが、優しい声でそう言ってくれて我に返る。
「ええと、質問は許されますか?」
『ああ、構わぬよ。答えられるかどうかはまた別の問題ではあるがな』
あの大きなドラゴンが、ゆっくりと喉を鳴らしながらそう答える。
「仮に私が元の世界に戻ったとしたら、背中の翼は無くなりますか? それに私が産んだあの子達はどうなりますか?」
『当然、体は元に戻る。子供達は置いていく事になるな。もちろん、其方の伴侶のあの男も』
そう言われた瞬間、私の心は答えを出していた。
「それなら断ります。私はここがいい。元の世界が懐かしいし、戻りたい気持ちがあるのは否定しません。でも、でも私がいたいと思うのは、ここです。背中に翼があって飛ぶ事が出来て、愛しいグレイさんと子供達がいて、優しい仲間達が大勢いる、この世界が私が生きていきたい世界です。だから私は、帰れる方法があったとしても帰りません。私はここが良い」
言葉にしてはっきりと伝えると、ドラゴン達は嬉しそうに目を細めてからゆっくりと喉を鳴らした。
『其方の決意、確かに聞き届けた』
『では其方の望むこの世界で、家族と共に生きていくがいい』
『いつの日にか、空の彼方に帰るその時まで』
『思うがままに生き抜くがいい』
『我らもそれを見届けさせてもらうとしよう』
無言で大きく頷く私を見て、ドラゴンの皆様はもう一度揃って喉を鳴らした。
お礼を言おうとしたんだけど声にならず、そのまま私は、吸い込まれるようにしてまた眠りに落ちていった。
「おい、そろそろ起きてくれよ」
「ルリ〜〜起きて〜〜」
「ルリ〜〜起きろ〜〜」
笑ったグレイさんの声に続き、チムタムとチムニーの笑った声が聞こえて体がゆすられる。
「う、うん。起きてるわ」
まだ眠くて目は開かないけれど、なんとか体を起こしてそう答える。
「え? どうしたのルリ!」
「ねえ、どうしたの?」
だけど、チムタムとチムニーに慌てたようにそう言われて腕を掴まれる。
「え? 何がどうしたの?」
そこまで言って、私も異変に気がついたわ。
なんと、私の目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちていたんだもの。
「ルリ……大丈夫か?」
少し慌てたようなグレイさんが、心配そうにそう言いながら抱きしめてくれる。
「うん、大丈夫。ちょっと怖い夢を見たみたい……」
グレイさんの逞しい体に縋り付くみたいに抱きついて、ごく小さな声でそう答える。
「大丈夫だよ。ここは安全だ。何があろうと俺が絶対に守ってやる。もちろんルリも、子供達もな」
額にキスされて、なんとか笑った私もグレイさんの頬にキスを返した。
「ええ、頼りにしてるわ。愛しい旦那様」
そのまま見つめあってキスを交わした。
「はいはい。仲が良いのは分かったから、そういうのは帰ってからにしてもらえますか〜〜」
呆れたようなチムタムの声に笑いが起こり、気がつけば周りの人達からも見られていて、私とグレイさんは唐突に真っ赤になったのでした。
それから、グレイさんと顔を見合わせて揃って吹き出し大爆笑になったわ。
そう。今の私は最高に幸せよ。
こうやっていつだって皆で馬鹿を言って笑い合って、愛しいグレイさんと大切な子供達と一緒に、私はこの世界で生きていくわ。
濃い瑠璃色の空を見上げて、もう一度心の中で力一杯宣言した私だったわ。
私の名前はルリ。
その背に翼を持つ、翼人。
大切な人達と共に、この世界で精一杯生き抜く事をここに誓います。




