登場人物が全員『佐藤 春』の件について
「春! 祭り行こうぜ!」
教室に来るなり、僕たちに大声で話しかけてきたのは、隣のクラスの佐藤春くんだった。それまで一緒に話していた佐藤春くんが、ドアを開けっぱなしで近づいてくる春くんのほうを見る。その顔は、なんだかうんざりといった様子に見えるけど、どことなく嬉しそう。
「朝から相変わらずうるさいな。突然なんだよ」
「うるさいなんて言い方はないだろうが。なぁ春ー?」
「う、うん。そうだね」
呆れたように春くんの言葉をかわす春くんは、春くんと無理やり肩を組んで、僕に話を振ってくる。そうは言われても、そんな言い方をするのが春くんだし、正直僕には何とも言えない。
「そんなことよりさ、祭り行こうぜ、祭り! 今日、商店街でやるんだとよ!」
「今日? あまりにも急じゃないか?」
「いいじゃんかよー。どうせ予定もないだろ? 3人で行こうぜ!」
「確かに予定はないけどさ。春はどうなの? 行けそう?」
「うーん、多分、大丈夫……かな。」
今日は帰ったら、買ったばかりの漫画を読む予定だったけど、まあいっか。2人に誘われたら、当然そっちのほうが優先だ。僕のことを誘ってくれる大事な友達。わざわざ断る用事も理由もなかった。
苦笑いすらも零さないクールな春くんが、ようやく春くんの腕を振り払う。体重をかけられていたのか、気怠そうに肩をぐるぐると回した。そしたら今度は、春くんの動作を見て、逆に苦笑いをしてしまった僕に春くんは寄りかかってきた。
「春、お前は何時頃に商店街来られんの?」
「ぼ、僕? えっと……家から近いし、僕は2人に合わせるよ……!」
「じゃあ18時半。春もその時間なら来られるだろ?」
「おー、おっけー! 余裕余裕!」
ここでやっと春くんがどいてくれた。一瞬、哀れんだ表情の春くんと目が合ったけど、「春は仕方ない奴だな」なんて言うかのように、眉を八の字にして笑ってくれた。
「そんじゃ、俺教室帰るから! 今日、18時半な、遅れんなよ!」
「おう。春も遅れんなよ」
チャイムの鳴る数分前。そそくさと教室を後にする春くんに、春くんが片手を上げて答える。僕の声は届いたか分からないけど、僕も小さく「じゃあね」って言ってみた。
春くんが溜息と共に立ち上がって、自分の席に戻っていく。授業は面倒だけど、放課後、2人との予定があるなら頑張れそうだ。席についてからこっちを見た春くんに、ちょっとだけ手を振ってみる。すると春くんは無愛想のまま、でもさっき春くんにしたみたいに、片手を上げて応えてくれた。
*
夜。商店街のすぐ側に住む僕は、お父さんから貰ったお小遣いを大事に持って、外に出た。まだ集合時間には少し早いけど、とにかく家でじっとしてることができなかった。
浴衣を着て歩く女子の集団。ビールを持って豪快に笑うおじさん達。中心で踊り踊る地域の子どもやお年寄り。どこからか横笛の音も軽快に響いていた。鼻をくすぐる焼きそばの良い匂いにお腹を鳴らしたけど、何かを買うのは2人と合流してからだ。我慢しなきゃ。
そうして祭りの風景に見とれていたら、いつの間にか時刻は18時半を過ぎていた。スマホを見ると、2人からメッセージが数件来ていて、僕は慌てて2人のいる場所に向かう。
「おっせーぞ春! まさか、先に買い食いでもしてたんじゃないだろーな?」
「ま、まさか。そんなことしないよ……!」
「時間はあるんだから争ってないで。2人とも早く行くよ」
春くんはいつも通り、シンプルな普段着。でも、先頭をずんずん進んでいく春くんは、かっこいい甚平を着ていて羨ましい。それで僕の顔が何か言いたそうに見えたのか、春くんが先行く春くんを呼び止めた。
「春、歩くの早いよ。もっと俺らに気遣ってくれる?」
「えー、だってよー、早く飯食いたいじゃんかよー」
「は、春くん。僕は大丈夫だから、このままのペースで良いよ」
「ほらー、春もこう言ってるぜー?」
「時間はあるんだから、ゆっくりでも良いだろ」
春くんの言葉に、どこか不満そうに返事をした春くんが、僕の左側に来る。僕が歩くの遅いせいで、春くんに気を遣わせて、怒らせちゃったかな。
僕にイライラしてたらどうしよう。なんてびくびくしていたけど、すぐに春くんは表情を輝かせて、焼きそばの屋台に走り出した。
「だから俺らに気を遣えって……もう、春のやつ」
「お祭りは楽しいから、しょうがない、よね」
頭を抱える春くんをフォローする。いつも突っ走る春くんのブレーキ係は、いつでも大変そうだ。とりあえず、2人とも僕に怒ってる様子が今は見えなくて安心した。焼きそばの屋台に着くなり、大声で焼きそばを注文している春くん。僕と春くんは、ゆっくり歩いて後を追いかけた。
*
すっかり辺りは暗くなって、ちらほら帰る人の姿も見える。お酒を飲みすぎて、友人におんぶされている、なんて人も見かけた。もう、そんな時間だ。
焼きそばの屋台の後、春くんに引っ張られてイカ焼きを買ったり、みんなでそれぞれくじを引いたり、いつの間にかりんご飴を買っていた春くんから、一口貰ったりなんてことをした。お腹もいっぱいになったし、たくさん話もできた。いよいよ解散の時間かな。全員がそう思いだした時のこと。
「ねぇ、あそこにいる女の子。迷子じゃない?」
未だにりんご飴の棒を片手に持っている春くんが、道路を挟んだ向かい側、電柱のすぐ側を指さした。人通りはまだまだあったので、最初は女の子の姿なんて一切見えなかったけど、よく見たら確かに女の子がいた。
一見、側に大人の姿はない。泣いてはないみたいだけど、小学生中学年くらいに背が低くて、2人で黙々と綿あめを食べていた。
「独りぼっちだね……。あんなに小さいのに、大丈夫かな……」
「でも泣いてねぇし綿あめ食ってるし、親が買いに行ってる間待ってるだけなんじゃねぇ?」
「その可能性も否定できないけど……ちょっと様子見てみよう」
春くんの言葉に僕は頷いた。同じように少し気になるのか、春くんもその後は何も言わないで、僕たちの側にある電柱にもたれかかった。
そうしてしばらくその女の子の様子を見ていたけど、保護者らしい人影は一度も側に現れなかった。綿あめを食べ終わって、満足げに1人で歩き出した女の子に、春くんがいち早く反応した。眠いのか、目を擦っている春くんと、後に続く。
「ねえ君。お母さんとか、お父さんは?」
「……は、お前だれ」
「俺は佐藤春。突然ごめんね、ずっと1人でいたから心配で」
「ふーん」
可愛らしい、ツインテールで白いワンピースの女の子。近くで見ると、より小柄に思える女の子は、訝し気に僕たち3人の顔を見る。その態度に少々驚かされながら、僕と春くんも続けて自己紹介をした。
「佐藤春と、佐藤春と、佐藤春ね。覚えた」
「ねえ、君の名前は?」
「私は……佐藤春。お父さんとかお母さんはいない。1人で来た」
「1人で!? ……ねぇ春たち、後30分くらい時間ある?」
振り向いた春くんに合わせて、まだ眠そうな春くんに目を合わせる。僕は家から近いし、2人が大丈夫なら大丈夫だ。頭をぽりぽり掻いて、難しそうな顔をする春くんだったけど、春くんの視線に負けたのか、「親に電話してくる」とその場を離れた。
「1人じゃ危ないし、俺らと一緒に回らない?」
「え、遊んでくれるの?」
「うーん、遊ぶというより……。そうだね、俺らと遊ぼう」
「やったぁ! 1人じゃ売ってくれない屋台もあったから困ってたんだ!」
「その代わり、30分だけね。もう夜遅いから、そしたら帰るんだよ」
女の子の態度が随分変わった。年相応になったというか、無邪気に返事をした。そこに、電話を終えた春くんが戻ってきて、くしゃっとした笑顔で、手で丸を作った。
僕たちは十分に屋台を巡ったので、残り30分ほどは女の子が主導だった。りんご飴とかお好み焼きとか、いろいろ食べる女の子に、春くんが思わず笑い出す。
「お前、よく食うなぁー!」
「む、良いでしょ。お腹空いてたの!」
「別に悪いなんて言ってねーよ。見た目に反してよく食うなって思っただけだよ!」
「春。女の子相手に、そんなこと言ったらダメだよ」
ほっぺを膨らませても尚、食べることは止めない女の子。春くんは制してたけど、僕も確かに、よく食べるなぁって思う。というより、心からお祭りを楽しんでいる気がする。
「春ちゃんは、お祭りが好き……なの?」
「ほう! おあうり、んい!」
「ちゃんと口の中のもん、食い終わってから喋れ」
「……お祭り! だーいすき!」
春くんに指摘されても、嬉しそうに答えてくれた。驚くくらいに満面の笑みだ。
「そっか。じゃ、じゃあ1人でお祭り来ちゃっても仕方ないね……?」
「とはいえ、こんな時間に1人は危ないよ」
さっきは答えてくれたのに、次の僕と春くんの言葉は聞こえていないみたい。僕たちに目を向ける素振りすらせずに、また口いっぱいに食べ物を頬張っていた。
*
「春ちゃん、そろそろ約束の時間だよ」
「そーだそーだ。お子ちゃまは寝る時間だよー!」
春ちゃんと大分仲良くなった僕たち。春くんが伝えた制限時間の、30分は間もなく迎えようとしていた。馬鹿にした春くんのお腹を、口をとんがらせて殴ってから、春ちゃんは元気よく返事をした。
「ねー、帰り送ってよー!」
このまま解散になると思ったけど、春ちゃんが春くんにすり寄るようにおねだりをした。僕と春くんには甘えないけど、春くんには子供らしく甘える。すると春くんが、珍しく困ったような表情で僕たちを見てきた。
「2人とも、時間やばいでしょ。俺が送るから、2人は先帰ってて良いよ」
「やーだー! みんなで送ってよー!」
「そうは言っても、春も春も、春ちゃんとおんなじで帰らなきゃいけない時間なんだ。だから、ね?」
「やだやーだー! 歩いてすぐそこだから、ねぇ、お願いー!」
いつもはあまり表情の変わらない春くんだけど、これには流石に困惑していた。どうしよう、と春くんに視線を向けると、春くんも同じ目で僕を見ていた。時間がやばいのは、僕と春くんだけじゃなくて、春くんも同じ筈だ。自分が送るって言ってるけど、そしたらどう考えても春くんの帰りだけ遅くなってしまう。
「ね、ねぇ……。僕は大丈夫だから、一緒に送るよ……!」
「俺も。別にちょっとくらいなら大丈夫だろ!」
「そっか、わかった。ごめん、ありがとう」
やったーと大喜びの春ちゃん。反対に、ほっとしたような顔をしている春くんは、僕と春くんに申し訳なさそうに会釈をしてきた。それに返すように、に、って笑って親指を立てる春くん。僕も真似して、親指を立てて笑ってみた。
春ちゃんと手を繋ぐ春くん、その2人を前にして、僕と春くんが歩く。「春って、子どもの扱いうめーよな」なんて小声で話しかけられたりして、前は前で、後ろは後ろでそれぞれ会話をしていた。
家は近くらしいのだけど、あまり人通りのない道を進んでいく。街灯がゆらゆら夜道を照らしている、不気味な道ばかりだ。どんどん民家の数も減ってきて、何度か春ちゃんに家の場所を訪ねたけど、確かにこっちで合っているらしい。
そして徒歩約10分。春ちゃんが立ち止まって見上げたのは、大木に隠れるようにひっそりとした、中くらいの神社だった。
「どうしたの? 神社に何か用があった?」
「うん。ここ私の家!」
神社を真っすぐ見つめている春ちゃん。僕たちはみんなぽかんとした表情で、次の春ちゃんの言葉を待った。
「あのね、隠しててごめんなさい。私、ここの神社に住んでる……えっと、みんなから言うと、神様です」
「はぁ!? 神ぃ!?」
「お祭りの日だけね、こうして人間の姿で過ごしてるの。でもいつも1人だったから、一緒に遊んでくれて嬉しかった。ありがとう!」
まさに信じられない、という表情の春くんと、こんな時でも思ったより表情の変わってなかった春くん。今、僕はどんな顔をしてるのか分からないけど、頭が追い付いていない僕はきっと、間抜けな顔をしているに違いない。
「じゃあ、私はもう帰るね! 今日は本当にありがとう!」
えっ、と反応する瞬間に、春ちゃんの右手首についていた何の変哲もないブレスレットが、眩く光りだす。僕たちがいるところだけ、静かに風が吹いて、春ちゃんのワンピースが涼し気に揺れた。
心なしか、風向きは神社に吸い込まれるように思える。きっとまた会えるような気がするし、なんだか会えないような気もして、少しだけ寂しくなった。
「俺らも楽しかったぞー! また来年な!」
「こちらこそありがとう。来年も会えたら、また声かけるね」
「ぼ、僕も楽しかったよ……ありがとう!」
春くんを筆頭に、順番に声をかけていく。もう目を開けていることが苦しくなってきたとき、右手を神社のほうへ伸ばした春ちゃんは、もう何も言ってはくれなかった。
だけど最後に、心底幸せそうな笑顔を見せてくれた。
1話目にして頭がおかしくなるかと思いました。第1話「登場人物が全員『佐藤 春』の件について」をお読みくださり、ありがとうございます。
ここの『佐藤春』はどの『佐藤春』なのか、ということにつきましては、次の話に進んでいただけると答え合わせができます。そちらで答え合わせをした上で、分かりにくかった箇所や分かった箇所など、感想を頂けると励みになります。
改めて、第1話をお読みくださり、ありがとうございました。




