後編
「お久しぶりですわ。いいえ、暫くわたくしの周りを嗅ぎまわっていたのですもの、久しぶりというのは違うのかしら」
まるでサルタを待っていたのかのように、サニアは王宮の庭園の奥に佇んでいた。幼い頃、王子たちと遊んだ秘密の花園に第三者が来る心配はない。王子たちが夜会の招待客の相手でいっぱいいっぱいなのは確認済みだ。
言葉を交わすのはいつぶりだろうか。サニアが将来の王妃と決まった瞬間から、幼馴染であり王子を支える同志でもあった。気付けばいつも、隣で笑いあい、同じ未来を見つめていたのに。こんなにも離れてしまったのは初めてで、なんと話し始めたらよいのか戸惑ってしまう。
月光に照らされたサニアは、いつも以上に青白く儚い美しさがある。それでいて、扇で口元を隠す仕草は相変わらず艶やかだ。
「サルタのことですもの、全てご存知なのでしょう?」
「やはり、サニア、君は……」
サルタが言葉を続けようとしたところで、サニアは指先でそれを遮る。
「サルタ、不用意ですわ。ここがわたくしたちだけの秘密の場所だとしても、王宮なのです。いつだれが迷い込んでもおかしくありません」
ですから、言葉にしてはならないのです。
そういわれてしまえば、サルタは口をつぐむほかにない。
「………君の、望みは?」
ようやく出てきた言葉は、たったの一言だった。
分かっている。サニアはいつでも王子を深く愛している。
知っている。サニアはいつだって、王子を支えてきた。
サニアはこの国の膿を自分の手元に集めている。まるで庇護するように囲い込んで、腐敗した人間たちの反旗の象徴となり、彼らを飼い馴らしている。
信じている。だから、証拠はなくとも自然と結論はでていた。
サニアは目を細めて笑った。隠れた扇の裏で、口元も笑っているのだろう。
「フライ様が学院を巣立つその時に、その威光を輝かせる舞台を」
「そのためなら、サニアは悪役を演じると?」
「ええ、わたくしの代わりになれる者はもういますもの。むしろ、代役のほうがこの戯曲は良いものとなりますわ」
「君がどうなるか、僕にもわからないよ」
「存じておりますわ」
――――それでも、愛しているんですもの。
言葉にしなくとも、やさしく揺れるサニアの瞳がすべてを語っていた。
深い愛も、絶対の忠誠も、揺るがぬ覚悟も。
サルタは、学院に入学した日のことを思い出す。
王子の身を守ること、王子の理想を叶えること。そのためなら、なんでもすると。
だから、サルタは決断する。たとえそれが、一人の幼馴染の人生を狂わせることになるとしても。
「舞台の監督は、任せましたわ」
サルタの覚悟を受け取ったサニアは、それだけを告げると闇に消えていった。
独り花園に残されたサルタは、月の下で思案する。時間はあまりない。戯曲はできているのだから、あとは舞台をどうセッティングするかだ。そして、悪役を演じ終えたサニアのことも考えなければ。
サルタが思っていたより、順調に舞台は整った。
悪役もうまく立ち回ったのだろう。主役の悪役への愛情は、容易に憎しみと怒りに変貌した。そして監督は、まるですり替わるように、主役の愛が代役へ向かうように仕向けていった。悪役からの仕打ちで憔悴していた代役もまた、容易に代役となることを受け入れた。
そしてもう一つ。舞台を終えた後の悪役のために。
彼が悪役を恋慕していたのは知っていたから、舞台の後なら手に入ると唆した。彼が王子の右腕になるべき存在だと分かっていたが、悪役は文字通り全てを投げ捨てるのだ。幼馴染の一人くらい彼女の側にいてもいいじゃないか。
王子も学院で多くを学び、頭脳が絶対に必要というわけではない。時折意見を求めるくらいなら離れてしまってもできる。
身勝手にもそう考え、彼を道化へと仕立てあげた。
場面は学院の卒業祝賀パーティー。観客は学院の生徒たち。配役を揃えて、開幕のベルは鳴る。
「王位第一継承者、フライがここに宣言する! ディル公爵家サニアとの婚約を破棄し、マンス子爵家ウェンディを婚約者とする!」
結論から言えば、サニアの戯曲通りに舞台は進んでいった。
そして、最後に道化と監督が悪役を退場させる。
監督が罪に気付いたのは、その時だった。
「結構ですわ。自分の足で歩けます。ですからわたくしに触れないでくださいまし」
よろめく悪役の手を取ろうとするが、そう言われてしまえば隣を歩くしかない。
久しぶりに近くで見る悪役は、なんだか痩せたような気がする。シャンデリアで明るく照らされているのに、月光の下で会ったあの日のように肌は青白い。
ホールを出て緊張が少し緩んだのか、悪役の足取りは明らかにゆっくりとしたものとなる。エントランスを抜けて馬車に乗り込むのもひどく億劫そうだった。手を貸そうとしても、肝心のサニアがそれを良しとしない。
サニアが乗り込んだ馬車を見送りながら、ムーランが呟く。
「なあ、サルタ。いくらなんでもおかしくないか」
何が、と口にしなくとも、ムーランが言いたいことはサルタにもわかった。
多少の体調不良で、あんなに痩せるものなのか。扇で隠した頬はこけてしまうものなのか。肌から血の気が引いてしまうものなのか。動くことさえままならなくなるのか。
「いつからあんなに具合悪そうだったの?」
「……知らん。もう随分、近づくこともできなかったからな」
この嫌な予感が、当たらなければよいと思った。
けれど、十中八九、当たっているのだろうとも思った。
舞台の閉幕後、サルタは大至急で、サニアの身辺調査を行った。
一方でサニアは邸宅で謹慎を言い渡され、ウェンディは婚約に関わる雑事にかかりきりになることとなった。
フライ王子とムーランは、サニアが糾弾されたことで第一王子廃嫡を企てた貴族たちの存在も明るみになり、その捕縛、処分に追われていた。処刑されるくらいなら、と王子を暗殺しようと考える者もおり、王子の身辺警護の強化のためにチューズとザースも睡眠時間を削って警護に当たっている。
頼れる同志もなく、サルタは孤独に真実を求めた。調べられるところは全て調べた。ディル公爵家も、サニア自身も。邸宅には間者を送り込んでいて、サニアは特に体調不良を訴えることはないと報告が上がっている。医師や薬師が出入りすることもなければ、特別な医薬品を購入している形跡もない。
けれど、あの様子で何もないなどあるはずがない。
忙しい合間を縫ってフライ王子に相談しようとしたが、サニアの名前を出すだけで嫌悪する様子にとても相談できないことを悟った。おそらく王子も、サニアの身体の変化に気づいていないのだろう。
「と、いうわけで、今僕が頼れるのは君だけってことさ。ムーラン」
王宮にある執務室を訪れて、黙々と決裁を行うムーランにサルタは一方的な報告と相談をする。ムーランは忙しさも相まって機嫌が最高潮に悪く、眉間には深い皴が刻まれている。
「それで? 八方塞がりだと白旗をあげつつあるお前はどんな言葉が欲しいんだ?」
「ムーランてば冷たいなあ……。なんかさ、君の視点から見えてくるものはないかなって思ってさ」
「調べられるところは調べつくしたんだろう? それで何も出てこなかったならこちらの杞憂だったと結論するしか――いや、まてよ」
「なに、思い当たることとかあるの?」
「サルタ、王家のサロンは調べたか?」
王家のサロン――王宮内にある、王族とその縁者である公爵家の直系だけが利用できる特別なサロンのことだ。
「いや、調べてないけど……。あそこは警備が厳しすぎてさすがの僕でも骨が折れるんだよ。まあ、第一王子廃嫡派の貴族たちには縁も所縁もない場所だから調べる必要もなかったんだけどさ」
「そうか、だが俺が思いつくのはもうそのサロンのほかにはないな。サルタが容易には調べられなくてサニアが簡単に利用できるところは、もうここくらいだろう」
「とはいえ、サニアがサロンに出入りしている気配はないはずだけど」
「そんなこと俺は知らん。だが、他の可能性は全て潰したんだろ? なら、最後の可能性を確かめるべきだ」
ムーランは決裁の済んだ書類を次々と積み上げていく。きりの良いところで、書類から顔をあげてサルタと視線を合わせる。
「時間はもうあまりないぞ。三日後、サニアに領地本邸での軟禁が言い渡される。もしサニアに何か秘密があるというのなら、それにまでに見つけ出さなければ手遅れだ」
「随分、急な話だね」
「フライがな……。相当、憤慨しているらしい。感情的になったあいつの暴走は制御できん。サルタ、俺がサロンの使用許可を申請しておいてやる。それがおそらく最短でサロンに入る方法だ」
俺はこの通り執務が多すぎて調べる時間などないからな。
そういうと、ムーランは再び書類の山と向き合い始めた。
「明日また来い。そして今日はもう休め」
「じゃあ、お言葉に甘えるとするよ。助かる、ありがとう」
翌日、再びムーランの元を尋ねると、許可が下りたとのことで許可証と鍵が渡される。
真実を見つけるため、サルタは足早にサロンへと向かう。
警備兵に許可証を見せ、奥へと進む。サロンに入るには、扉の鍵を開けなければならない。
(この中に、サニアに関する何かがあるかもしれない……)
そう思うと、鍵を回す手が汗ばんでくる。
なにも、なければいい。そうしたら、ごめんね、ありがとうと言って、笑顔でサニアを送り出せるから。彼女を慕う、あの不愛想な幼馴染も一緒に。しばらくしたら、サニアの体調も良くなるだろう。
そして、時の流れが人々の記憶からあの茶番劇を押し流してくれたら、また七人全員で茶会をするのもいい。結局、茶会の話題は政治的な話題ばかりになってしまう気がするけれど、それが自分たちらしくていいのかもしれない。
そして扉は、軋む音を静かに立てて、真実へと開かれる。
サロンは、暖かな陽に満ちていた。
「ようやく辿り着いたか。愚息よ」
背後からの突然の声に、サルタは勢いよく振り返った。
声の主はあまりに聞きなれていて、そして意外な人物のものだった。
「父上、ですか……? なぜ……」
サルタの父である伯爵家当主は、息子の問いに答えることなく、サロンの中へ入ってくる。
当主は柔らかなサロンの雰囲気には似合わぬ険しい表情を浮かべ、おもむろに息子へと向き直る。
「ぎりぎりで及第点といったところだろうか」
伯爵家当主は小さくつぶやくが、そのつぶやきをサルタは聞き逃さなかった。
「及第点? 一体どういうことなのですか?」
しかし、やはり当主はサルタの問いに答えない。
「ほら、これだろう? お前が知りたがっていたものは」
「父上、はぐらかさないで答えてください!」
当主はとある帳面を、傍らのテーブルに置く。サルタは、父が答える気がないと分かるとその帳面を手に取った。一見、日誌のようなそれは中身を見れば何なのかすぐにわかった。
「これは、サニアの診察録……」
最初の日付は、最終学年に進級したばかりのころだった。パラパラとめくっていくが、専門用語が多すぎて内容はいまいち掴めない。けれど、頻繁に診察を受けていたことは日誌の日付からわかった。
「愚か者のお前にその診察録の内容を教えてやろう。『サニア様のご病気は、様々な手を尽くしたが治らない。症状を緩和するだけで精一杯だ』」
「なっ……!」
サルタは衝撃に言葉が出ない。
それでも尚、当主は続ける。
「『すぐに学院を退学して静養されれば、あるいは数年生きられるかもしれないと進言したが、サニア様は納得されなかった。薬で激しい痛みを押さえながら、ご立派に学院を卒業された。しかしその分身体への負担も大きく、おそらくもって半年から一年くらいだろう』というのが、陛下の侍医の所見だ」
初めて聞く、衝撃的な事実に理解が追い付かない。
――サニアの病気は治らない? 余命が半年か一年? なんだよ、それ……!
「おや、なにを驚いている?」
混乱するサルタの頭に、冷徹な父の声が聞こえてくる。
「驚かないわけないでしょう……!」
サルタは激昂した。
しかし、嘲笑するように、当主は愚息を見下ろして告げる。
「お前は見ていただろう? 痩せていくサニア様を。青白い顔で夜会にご出席されろサニア様を」
――――なのになぜ、そんなに驚くことがあるんだ?
頭を、殴られたような気がした。
目の前の父は、自分を射抜くように見ている。返す言葉など、何もなかった。
「あれほどサニア様の周囲を調べていたんだ、見ていないはずがないだろう? けれど”気づかないフリ”をしたんだ。気づいたら、自分の目的が遠回りになるからな」
そうだ、確かに気づいていた。月に照らされたサニアが、あまりに青白いと。
心臓が早鐘を打つように、うるさくてたまらない。
「だからサニア様の筋書きに異を唱えることなく協力したんだよ。そうすれば、自分は労せずして目的を達成できるからな」
少しもおかしいと思わなかったのか? いいや、違う。本当は気づいていた。サニア一人が悪役にならずとも、全てを正す道だってあったはずだ。それを、サニアの愛情や忠誠、覚悟を言い訳にしなかったと、本当に言えるのか?
「お前は、サニア様の『言葉にしてはいけない』というのを言い訳にして、都合のいい自己解釈をしたんだよ。同じ目標を持った同志なら、幼馴染なら、言葉がなくとも分かり合えるとでも思ったのか? 大馬鹿者が」
あの夜会の日、サニアが全て知っているかと尋ねてきたのを思い出す。サニアの言う「全て」は、どこからどこまでを指していたのだろうか。あのやさしく揺れた瞳は、どんな思いを表していたのだろうか……。今思い返しても、何もわからない。
「結局、肝心なことを全て怠ったんだよ、お前は。サニア様自身に目を向けること、サニア様の提案に疑問を持つこと、サニア様と言葉を交わすこと……。その怠慢の結果が、今だ」
足元から、全てが崩れるような気がする。
なんということをしたのだろうか。死にゆく彼女にすべて背負わせただけではないか。罪も、罰も、汚名も、何もかも。
「そしてもう一つ。お前は部下の報告を疑うこともせず、この王家のサロンを調査対象から外したな。残念だが、お前がディル公爵家に入れた間諜には全て私の息がかかっている。あえてサニア様に関する報告を変えさせてもらった」
「なっ、なぜそんなことを……!」
はあ、と呆れたように当主はため息をつく。
「ふん、愚か者が。王子の側近となるべく者は、すべからく我ら伯爵家の振るいにかけられている。それは当然、お前とて例外ではない」
「だからといって、よりによってなぜそれが大切な幼馴染に関することなのですか!」
珍しく感情的になる愚息に、当主は何度目かわからない嘆息をもらす。
「馬鹿者が。そうでなければ意味などないだろう」
「く……!!」
サルタは父に言い返す言葉もなく唇をかみしめる。
だが、今は父と言い争いをしている場合ではない。今まで怠けていた分を打腰でも取り戻さなければならない。父を一度睨みつけた後、診療録を握りしめて、一目散にサロンを駆けだしていった。
当主は愚息の背中を見送ると、少しだけ表情を和らげた。
サルタは人生の中で、もしかしたら一番速く走っているかもしれない。
王宮は小さな頃から出入りしている。構造は理解しているし、近道も熟知している。
早く、早く、あいつの所へ行かなければ。逸る気持ちのまま、賑やかな王宮を駆け抜ける。
その勢いのまま、サルタは思いっきり執務室の扉を開ける。
「ムーラン!! フライ王子!!!」
相変わらず決裁に追われる二人を無視して、机越しに詰め寄る。
「サニアのこと、わかったんだ! これを見てくれ!!」
ムーランとフライ王子はその勢いに戸惑いながらも、押し付けられた診療録に目を通す。フライ王子は、その筆跡からすぐに王の侍医が記したものだと気付く。二人は診療録を読み進めるにつれて唖然とした顔になる。
「サニアは、病気、だった……?」
静寂に包まれたなかで、言葉をこぼしたのはフライ王子だった。
「この診療録が真実なら、サニアはもう、長くないってことか」
誰に答えを求めるわけでもなく、ムーランはポツリとつぶやいた。
三人が三人とも、己の愚かさを突き付けられていた。
怠慢から、大切なものと向き合おうとしなかったこと。
怒りから、大事なものが見えていなかったこと。
欲深さから、本当に大切なものだけを掴もうとしなかったこと。
だからこそ、最後まで間違え続けるわけにはいかないと、ムーランの決断は早かった。
「フライ、すまないが俺はサニアについていく」
「……。ムーラン、サニアを、頼む」
自分にはもう、彼女と向き合う資格などありはしないから。
王子は絞り出すような声で、元婚約者のことを幼馴染に託す。
託されたムーランは強く頷くと、書類を机において執務室を出ていった。
残された二人を、思い静寂が包む。
口火を切ったのはサルタだった。
「他のみんなにも伝えなくてはなりませんね」
「ああ。チューズとザースはまだいいとして、ウェンディはサニアのことが大好きだったからな……」
「サニアが領地へ行ってしまうのは、明後日でしたね。三人には、明後日、僕から伝えます」
今、皆が真実を知ったところで、できることは何もない。すべては遅すぎたのだから。それならば、せめて悪役を演じきった彼女が静かに退場できるように花道を整えるのが、僕の役目だろう。
「だが……」
「王子にはまだやるべきことがたくさんあります。それにこの件は、全て僕に落ち度があります。せめて、最期まで責任を果たさせてください」
サルタは真剣なまなざしで王子に訴える。
王子は小さく息を漏らすと、サルタに応える。
「お前に、嫌な役回りばかり押し付けてしまって、本当にすまない」
サニアが旅立つ日は、あっと言う間に来てしまった。
後悔と罪の意識に苛まれた二日間であったが、大切な幼馴染との今生の別れを覚悟するにはあまりに短い時間だった。
――チューズとザースは、きっとおんなじ顔で茫然としそうだなあ。……ウェンディは、泣くかな。
真実を知った幼馴染たちの反応を想像しながら、彼らがいる王宮への道を進んでいく。
彼らの反応は、サルタのおおむね予想通りであった。
サニアが不治の病にかかっていたこと、今日、領地軟禁という名目の静養に向かうことを告げると、チューズとザースは口を半開きにして茫然としていた。その後の苦しげな表情を見届けた後、サルタはウェンディの元を訪れる。
「……そんな、うそ……」
サルタが危惧した通り、ウェンディは可哀想なほど青褪め、震え始めてしまった。
しかし、それでもサルタは残酷な真実を伝えなければならない。
「ほんとさ。ムーランに頼まれて、あいつの実家のパイプまで使って調べたんだ」
「そんな、ご病気、だったなんて……」
見る見るうちに瞳に涙を溜めていく幼馴染を見て、サルタはまた一つ、己の罪を思い知らされる。
「フライ王子もご存知だ。すでに、サニアに領地本邸での軟禁を命じたよ。まあ、実質的には領地での静養だね。ムーランもそれに同行している」
最後にそれだけ告げると、静かに退室した。きっと自分がいては、ウェンディは泣くこともできないだろうから。
サルタはそのまま、サニアの旅立ちを陰から見送りに行こうと足を向ける。
けれど、数歩進んだところで足が止まる。
(今更、僕が行ったところで何になるのだろう。そんな資格もないくせに……)
もう、舞台は閉幕した。そして、アンコールは二度とない。
彼女の側には、きっと強引にでも彼がいるのだろう。
サルタは、晴れ渡る空を見上げ、静かに目を閉じた。
思い起こすのは、己の怠惰な罪ばかり。
こうして振り返れば、幼い頃から目先のことにとらわれて本質を見抜けてはいなかった。その短所を直すことを怠ったから、最悪の結末を迎えたのだろう。
大切なものを失ってでしか気づけないなど、愚の骨頂だ。
けれど、今やっと気づくことができた。ここで変わらなければ、彼女が汚名を被った意味がない。
もう謝罪することも、贖罪することも許されない幼馴染を想って、サルタは歩き始める。
(せめて、舞台を降りた君が……)