瞳孔検査と涙
細男がたまにキーボードに何かを入力する、カタカタという音が響く。デカ男は要領よく、黒島の体の様々なところから採血してはそれらを試験管の中に移し、ラベルを貼っていった。黒島はそれを見てるとまるで自分が細分化され、標本になっていく気分になってきた。
しばらくすると、測定が終わったのか電極パッドが無造作に剥がされ、デカ男はメジャーを取り出して黒島の様々なところを測っていった。腰に、脚に、顔にまでメジャーが当てられ、デカ男が数値を読み上げていく。
「膝下長、52cm。」
「手長、19cm。」
「頭長、23cm」
それらの読み上げが、永遠かと思われるほどの長い時間続いた。彼らが黒島の全身の様々な長さを測って、一体何をするつもりなのか、彼にはさっぱり見当もつかなかった。
それが済むと、デカ男は再び黒島の視界から消えた。何かを箱から取っているのか、ものを漁る音がする。
再び足音が近づいてきた。そして突然、黒島の右目の瞼がデカ男によって無理矢理大きく開かれた。ゴム手袋越しに、人差し指と親指で強く抑えられ、伸ばされる。痛い。眼球が急速に乾くのがわかる。それに加え、ゴム手袋の匂いや、何をされるのかもわからない恐怖が、彼の胸を満たした。
「たのむ、、止めてくれ、、、」
と黒島は気づいたら掠れた声で懇願していた。恐怖で、彼の瞳孔も大きく開かれている。だがその願いは聞き入れられず、かちり、とボタンを押すような音がしたかと思うと眩しい光が真上から黒島の右目を直に照らした。
視界が白一面になった。何かで焼かれたような痛みが目に走る。頭の中まで真っ白になってしまい、何も映し出せない。直射日光でも当てられたのかもしれない、と黒島は本気で思った。その強い光は彼の眼球を貫き、目の奥に鋭い痛みをもたらした。
「収縮反応、確認」
遠くからそんな声が聞こえてきた。またしてもあのデカ男だ。
収縮どころか失明しそうだ、と黒島は白と痛みに支配された世界の中で考えた。
光は消えること無く、左目にも容赦なく突き刺さってきた。白一面。痛み。今度は黒島は、少し呻き声をあげた。両目から涙が湧水の如く上がってくる。大量の涙は彼のこめかみをつたって落ちていった。目の奥を抉られるような、焼かれるような痛みが全てだった。
「光が、、、消せ、、消してくれ、、、!」
黒島は自分がそう言っているのを聞いていた。
やがて光が消えた。彼の目を押さえていた指も離れた。だが視界は依然として真っ白なままだった。黒島は目をギュッと瞑った。それでも白はまだ彼の視界を覆い尽くしている。
本当に、失明したんだ。そうに違いない、、、
黒島は瞼をもう一度ゆっくり開けた。目がじんじんと痛む。心なしか、白い光がだんだん薄れている気もする。
「被験体N、両目ともに、僅かな遅れはあるが収縮反応は正常。」
デカ男が淡々とそう言っているのを聞いた黒島は、段々麻酔も弱まってきたのもあって、怒りがぐつぐつと込み上げてきた。
「…..おい、お前ら、、、俺をなんだと思ってるんだ?こんなところに縛って、散々いじって、目を潰して、なんのつもりだよ、、、!」
「被験体N、質問は先程、十分すぎるほど答えたはずだ。」
黒島はその呼び方を聞いてカッとなった。彼は腕を動かせない代わりに、手術台の端を手で強く掴んだ。手術台に被せられている薄い布が千切られる。
「そもそも、被験体Nって呼び方はなんだ?俺は黒島だ!こんな目に遭わせといて、名前を知らないとかないよな?それとももう人権剥奪か?」
黒島は歯を食いしばって、デカ男を睨め上げた。デカ男は黒島と目が合うと、すぐに手元のタブレットに目線を落とし、
「被験体N、脳波が不安定。警戒必要段階に入っている。」
と機械のような声で言った。
「答えろよっ、、、!」
黒島は手に持っていた布のかけらをデカ男に向かって、手首だけで投げつけたが、当然それは当たらない。黒島は手探りでさらに布を手繰り寄せては思いっきり引っ張り、千切り、投げた。
床には千切られた布がヒラヒラと、まるで桜の花びらのように舞い、落ちていった。
デカ男がどこかへ行ってしまう足音が遠ざかると、細男のよく響く声がガラスケースの外から聞こえた。
「次。まだあるぞ。」
その声を聞いた時、身体の奥底、本能のようなものが叫んだのを黒島は聞いた。このままだとさらに酷い目に遭わされる、、!逃げろ、逃げるんだ、、、
黒島は腕の拘束を外そうと、身体の全ての力をかき集めて右腕に注いだ。手首を上に上に押し上げる。バレないように、呼吸すら控えめにして、拘束具に肉まで食い込んでいる右手首をじっと見つめた。こんなので拘束具が取れるとは、冷静に考えてみたらありえないはずだが、彼はとにかく必死だったのだ。腕の筋肉がだんだん膨れ上がってくる。そこまで筋肉は多い方では無かったはずだが、黒島は気にする余裕も無かった。
手ごたえは全くなかった。それでも彼は無我夢中になって、バレないよう、息を殺しながら力を込め続けた。早くしないとデカ男が帰ってくる、と思っていたその時だった。
彼の右手の手の平から、またしても黒い粒が無数に浮かび上がっていた。それをみた時、黒島は本当に心臓が縮み上がるかと思った。また黒い粒だ。黒い粒がいるから、そもそも全ては起きたんだ。だが黒島は一旦それを無視することにした。今は脱出が最優先だ。拘束具に意識を向けろ、、、
だが腕に力を込めれば込めるほど、黒い粒もなぜか多く湧いてくる。それらは全部おしなべて拘束具にくっいていく。
とりあえず一旦消えてくれ、、、!
黒島は本気でそう祈った。それでも歯を食いしばって力を込めるのは辞めない。もうヤケクソだった。拘束具を自分の力だけで壊すのは不可能だとわかっている。わかっているはずだった。でも、、、それでも。
それは突然過ぎた。ガギンッ!という金属の悲鳴が入り混じった破壊音がした。黒島は呆然と右手を見つめ、ゆっくりと頭上に翳して見た。あれが壊れた、、、。自分がやったのか?そんな力が俺に?
黒島はしばらく呆然としていた。




