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23.黒髪の英雄と白い灰

 ドーンという音と共に地面がぐらりと揺れた。

 驚いて周りを見ると、遠くで煙が上がっている。


「な、なに?」

「訓練場の方ですね」


 いつのまにかトーマ王子を背中に隠すように立っていた護衛騎士が言った。

 訓練場?

 ってことは訓練の一環なのかしら?

 こんなに派手なことするの?


 のん気にそんなことを思っていたけれど、どうやらそんなことはなかったらしい。

 落ち着いた声色だったけれど、護衛騎士の目は真剣そのものだった。

 なにか緊急事態が起こったことは明白だ。


「王子、戻りましょう」

「……うん」


 突然のお開きにがっかりした様子だったけれど、騎士に促されたトーマ王子は素直に返事をした。何があったのかと気になってしまう私よりも大人だ。


「クレアちゃん、もう帰っちゃう?」

「え……」

「一緒にお部屋に戻ってくれる?」


 不安そうにこちらを見る王子に、私はにこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。つづきの絵を描きましょうね」


 そう話した瞬間だった。

 今度はものすごい地響きとともに大きな魔物が中庭へ飛び込んできた。


 私たちがいるパーゴラよりも一回り大きな魔物は、鋭い爪を地面に食い込ませて立つ恐ろしい竜のような姿をしていた。

 紫の毒々しい色をした岩のような鱗で全身がおおわれている。


 そばにいた騎士たちが対応に向かうのが見えたけれど、その魔物が鞭のようなしっぽを一振りするだけで、盾を構えた騎士が吹っ飛んでいく。

 何とか近づけた騎士が剣をふるうも、キンッと甲高い金属音と火花が散るだけでまったく剣が通らないようだった。



「……あ……」


 惨状を目にした王子が青い顔でぎゅっと私の腕に抱き着いてくる。


「急ぎましょう!早く非難を!!」


 護衛騎士の言葉で、私たちはその場を離れる。

 とりあえず城内へ!

 入口まで近づいた時だった。


「あ!」


 突然王子が叫んで、元来た道へと走り出してしまった。


「トーマ王子!!」


 王子は護衛騎士の手をするりと抜けて、先ほどのパーゴラへと走ってゆく。

 私もその場を飛び出して、王子を追いかける。


「姉さまの絵。よかった」


 パーゴラに戻った王子はテーブルの上の絵を大事そうに抱きかかえる。

 その時だった。

 山のように大きな巨躯の影が、小さな彼を覆った。

 赤く光る眼が王子を見下ろし、裂けたように大きな口から滴り落ちる唾液と幾重にも並んだ鋭い牙が彼に近づく。

 恐怖で動けなくなってしまった王子は、その魔物をじっと見つめることしかできずにいた。



「王子!!」


 トーマ王子の前に飛び出すと、私は彼の手を引いて無我夢中で走り出す。

 魔物のうなり声が低く響いて来たと思ったら、ものすごい風と共にバキバキっとすごい音が後ろから聞こえてきた。

 風圧に押され、私達はその場に倒れてしまった。


 はっと後ろを見ると、しっぽで薙ぎ払ったらしいパーゴラが無残な姿に変わっていた。テーブルもお茶もなにもかもあちこちに飛び散っている。


 魔物は地響きとともに、こちらに向かって来た。

「王子!!」


 王子は気絶してしまったらしく、目をつむったまま動かない。

 抱き上げようとしたけれど、足に力が入らずうまく立つことすらできなかった。


 駆けつけてきた護衛騎士や他の騎士たちが間に入ったけれど、盾ごと吹き飛ばされてゆく。


 近づいてきた魔物は私たちを見下ろし、グルルルル……と低くうなったかと思うと、黒い喉の奥まで見えるような大きな口をガバリと開いた。


 もうだめだ


 私はトーマ王子を庇うようにぎゅっと抱きかかえて目をつむった。



 その時だ。

 ざざざっという音とともに、一陣の風が吹いた。

 そっと目を開けると、魔物と私達の間に黒髪の騎士がいる。

 彼はためらいなく右手を突き出し、無造作にその魔物に触れた。


 そして、彼の触れたところから毒々しい紫の鱗がサァァっと白くなってゆく。あっという間に全身が白くなったかと思うと、次の瞬間、まるで焼けて白い灰になった紙が崩れるように、音もなくさらりと形を失い崩れていった。


 大きな白い灰の山の前で立ち尽くす騎士。

 白い灰がちらちらと舞う中でゆっくりとこちらを振り向いた。


「……巻き込まれ体質もいい加減にしてくれる?」


 ため息をつきつつも、ほっとしたような顔で言うルカに私は言葉がでなかった。


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